コーポレートガバナンスで
企業と経済の成長に向けた
ムーブメントを起こす
日本取締役協会 会長 冨山和彦
Message
コーポレートガバナンスで
企業と経済の成長に向けた
ムーブメントを起こす
日本取締役協会 会長 冨山和彦
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会長就任2年目の振り返りとして、JACDの会員数は順調に増加し、委員会、セミナーなどの活動は、開催数も参加者も大きく増やすことができた。
これは世の中全体の流れとして、コーポレートガバナンスを学び考える重要性について、会社レベル、個人レベルの両方で意識が高まっていることを反映しているものと考えている。 重点項目として掲げていたトレーニングプログラムの充実については、大きくアップデートした新プログラムを23年6月から開始し、受講者から高い満足と評価を頂いている。
また、活動のスコープを広げるという観点では、グローバル指向のスタートアップにとって重要な、ガバナンス体制、投資契約書などのストラクチャー、SOなどのインセンティヴスキームのグローバル標準化を目指した提言もまとめ、省庁・政府にも提出、普及に向けた公開セミナーも開催した。結果、かなりの議論をよびおこすことができた。
同様に、「未成年者に対する性加害問題と企業のコンプライアンス姿勢に関する緊急声明」を発出、関連して標準ガバナンスコードを10月に作成して公表、多くの企業経営者に対して課題の再提起を図ることも出来たと認識している。
3年目の活動テーマについてだが、おかげ様でコーポレートガバナンスは今や人口に膾炙する概念となり、現在、その実質化を巡る方法論についての論争はあるものの、ガバナンスの強化が不要であるかのような議論はほとんど聞こえなくなった。各企業でのコーポレートガバナンス向上への努力が、日本市場全体への信頼・評価の向上へとつながり、海外機関投資家からの資金流入、底堅い株価の上昇を呼び起こしており、まさに良好な正のスパイラルが形成されつつあると認識している。そこで委員会活動、セミナー等の活動を引き続き活発に行っていくことに加え、3点の課題についてさらなる重点強化を企図している。
第一に、JACDとしては、コーポレートガバナンス実質化の鍵は、何より「担い手」、すなわち社外取締役、経営執行部のレベルアップ、そして機関投資家によるエンゲージメントの質の向上であると考えており、それを後押しする活動を、2024年度も更に強化していく所存である。
ガバナンスに関わる社内外の取締役及び取締役会事務局の能力強化に関しては、新しくスタートした3階建て構造のトレーニングプログラムを継続実施し、これが一つの標準的なロールモデルプログラムとなることを目指したい。近い将来、全ての上場企業の取締役会関係者がこれと同レベルのトレーニングを定期的に受けるようになることを期待している。また通常の委員会では、独立取締役委員会の取り組み課題を見直し、特に今後ますます増加する独立取締役のあり方や要件にフォーカスした、学びの機会を増やしていく。
エンゲージメントについては、東証が23年3月末に提示した上場企業へのPBR向上要請などを踏まえ、企業が配当増・自社株買いや有休資産の売却などによる近視眼的、一過性の財務的マニピュレーションに終始するのではなく、より長期持続的な「稼ぐ力」の向上、成長に向けて的確な経営努力を行うことをエンカレッジする、本来的な意味でのエンゲージメントの充実が行われるためにどうすればいいか、を今年の重要活動課題の一つにしていきたい。投資の大きな流れとしてインデックスなどのパッシブ運用が主流となるなか、企業収益の長期持続的な成長と言うガバナンスの真の目的にコミットするエンゲージメントの担い手が空洞化するリスクはむしろ拡大しており、ここに大きな危機感を持つべきである。エンゲージメントの担い手である機関投資家のJACD加盟も勧奨していき、解決策を一緒になって検討していきたい。
二番目に、株式会社の機関設計の改定に対してJACDは本格的に取り組んでいく意向である。我が国の会社法では3種類の機関設計が認められており、最大でも2種類の海外諸国と比較すると非常にまれな状態となっており、関係する誰もが決して現状で良いとは考えていないであろう。もし見直しが何ら入らないならば、03年商法特例改正から既に20年余りが経過して、制度疲労をおこしつつあると言わざるを得ない。独立社外取締役が過半数を占めることも珍しくない足下の現状に鑑み、指名委員会の権能が、本来はガバナンス上の最重要機関である取締役会を独立社外取締役の比率に関係なく上回る設計になっている現在の指名委員会等設置会社制度は、大きな問題を抱えている。そこから起因する使い勝手の悪さが、同制度の採用数の伸び悩みと、本来は指名委員会等設置会社へ移行する中間的経過措置的な機関設計と位置付けられている監査等委員会設置会社に滞留する企業数の増加を生んでいる。
JACDとしては、現行制度の問題点と改善案を提示し、その上であるべき機関設計の全体議論を呼び起こし、近い将来の会社法改正も視野に入れて関係各位への働きかけを強めていく。 関連して、監査委員会による監査のあり方、取締役監査委員の役割と能力要件に関しても再度問題提起を行う。これは、監査委員は本分として取締役であることから、当JACDが本来的に扱うべき問題領域と認識している。監査委員会制度が有効に機能するための監査体制の明確化とそこでの監査委員の業務についてのマニュアル作成も目指したい。 最後に、日本企業のほとんどが非公開企業、中堅中小企業であり、そうした企業群がGDP及び雇用の7割以上を生み出している。こうした企業が持続的に生産性を上げ、収益力を上げ、賃金を上げていくうえで、コーポレートガバナンスの問題は重要な意味を持っている。創業オーナー家との関係や事業継承など、上場企業とは違った特性や課題を抱えている非公開企業のガバナンスについての委員会を立ち上げて、研究・議論を進める。会員の中には上場を予定していない非公開企業及びその関係者も多数おり、JACDとしてそうした皆さんの期待にも応えるような提言書を25年度末までに完成させ発表していく。ACDの体制面においては、24年5月会員総会にて、新たな理事に高倉透・三井住友トラスト・ホールディングス取締役執行役社長、及び多くの新たな幹事をお迎えして、さらに充実した布陣とすることができた。
本年度も、様々な立場からガバナンスを担われている会員の皆様との議論を通じて、協会活動をより活性化させていきたい。
(2024年5月13日 会員総会にて 日本取締役協会協会 会長 冨山和彦)