TOP RUNNER:企業経営の改革者に聞く vol.10 河合利樹×大向尚子

TOP RUNNER:企業経営の改革者に聞く vol.10 河合利樹×大向尚子

2022年9月15日

河合利樹(東京エレクトロン株式会社 代表取締役社長・CEO)
大向尚子(西村あさひ法律事務所 弁護士 パートナー)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.10 - 2022年8月号 掲載 ]

「攻めと攻めのガバナンス」を実践

大向 最初に日本取締役協会主催の「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー」2021年の大賞受賞おめでとうございます。

河合 どうもありがとうございます。

大向 とりわけ、表彰式で社長がおっしゃっていた「攻めと攻めのガバナンス」という言葉が大変印象的でした。御社は、時価総額、PBR、ROEなどいずれも卓越した実績を誇り、以前から高い利益を稼ぎ出す企業というイメージがありますが、高い成長に対する挑戦をなぜ続けることができたのでしょうか。

河合氏

会社の成長は
「社員の能力」×「やる気」

河合 いくつかのポイントがありますが、ここでは5つご紹介いたします。

まず1つ目ですが、半導体技術の高度化が求められるなか、当社は最先端の技術ニーズに対応できる世界でも数少ない企業の1社であるということです。超VUCAといわれる時代でも、半導体の市場は成長ポテンシャルがあるため、近視眼的にならず、メガトレンドをしっかり捉えることが重要です。どのような状況でも経済活動が止まらない、強くしなやかな社会の構築に向けて、世界はICT(情報通信技術)を強力に実装していくとともに、地球環境の保全に向けた脱炭素化など、さまざまな取り組みが進められています。かつてないスピードでデータ社会への移行が進むなか、デジタル技術の活用が一段と広がっており、その根幹を支える半導体の技術革新への期待は留まるところを知りません。

続いて2つ目に、当社は6年前に米国アプライド・マテリアルズ社と合意していた経営統合を解消しましたが、その経験を通じ、米国企業の利益へのこだわりに刺激を受けたことです。解消後、改めて将来お客さまが必要とする、当社だからできる付加価値の高い差別化製品の開発計画とともに、世界ナンバーワン/ワールドクラスの利益率を目指していくための中期経営計画を掲げました。新生東京エレクトロンとして、改めて成長していこうと取り組みました。

3つ目は、東京エレクトロンの原動力が機能したことです。我々の原動力は、業界のリーディングカンパニーとして育んだ豊かな技術力、確かな技術サービスに基づくお客さまからの絶対的な信頼、そして環境の変化に柔軟かつ迅速に対応できる社員とそのチャレンジ精神です。コロナ禍における様々な課題に対しても、柔軟かつ適切に対応することができました。

4つ目に、やる気重視経営の展開です。会社の成長は、社員の「能力」×「やる気」だと思います。会社の将来に期待が持てることが社員のやる気につながります。オンリーワン、ナンバーワンを目指していくためには、失敗を一つの経験として、次の挑戦につなげていくことが重要で、当社には失敗を恐れずチャレンジできる風土があります。また、成果に対する競争力のある報酬、フェアな人事、そして風通しも欠かせません。

そして5つ目が、ガバナンスです。当社では、取締役会で必ずCEO報告として、ビジネス環境や状況について私自身が発表します。また、中期経営計画の達成と企業価値の向上に向けた方針を自分のミッションとして取締役会で説明しています。その内容を各事業部などの責任者と共有するとともに、各事業部は、それに基づく目標を定め、事業活動に取り組んでいます。これらの取り組みに対する進捗は四半期ごとにレビューし、国内外のグループ会社の社長や執行役員などが参加するCSS(コーポレートシニアスタッフ)会議で、中期目標達成に必要な追加施策を確認することで、グループ全体が迅速かつ機動的に対応できる体制を敷いています。その他、半期に1回、取締役会で、代表取締役評価としてのCEOのクローズドセッションを行っています。私のいないところで私を評価してもらって、フィードバックを受ける。このシステムも、現在の業績目標につながってきたかと思います。他にも、社員集会を開催し、直接会社の方針を社員に伝えるとともに、座談会では社員の声をもらって、良い意見は経営にも反映できるよう努めています。

大向氏

取締役会でCEOを
客観的に評価

大向 ありがとうございます。目標をきちんと定めること、定めた内容を取締役会と会社全体で共有すること、それらが原動力となり、環境変化へのチャレンジもできる、結果、高い成長力を生み出すことが御社の強みだとお聞きしました。

ガバナンスに関連するところをさらにお尋ねしたいと思います。具体的に代表取締役評価としてのCEOのクローズドレビューセッションのお話もありました。御社においては、どういったかたちでガバナンスが成長に寄与しているのか、特に社長としてお感じのところがあればお聞かせください。

河合 当社のガバナンスは、「攻めと攻めのガバナンス」と呼んでいます。

1つ目の「攻め」は、高い経営目標に対する取り組みを指しています。今年6月に発表した中期経営計画では、2027年3月期に向けて、売上高3兆円以上の規模で、営業利益率35%以上、ROE30%以上を目指す財務目標を定めました。中期経営計画の達成に向けては、当社の強みを最大限に生かした戦略をとっていきます。その強みを一部ご紹介すると、最先端の半導体を作るには、EUVという技術を使ったリソグラフィーが必要になりますが、そこで用いられるコータ/デベロッパという装置では、おかげさまで東京エレクトロンがシェア100%を占めています。つまり、最先端の半導体は、東京エレクトロンの装置がないとつくることが難しいと認識しています。また、装置の出荷実績につきましても累積で82000台を超え、この数字は世界最大です。これらのことより、世界中で使われている半導体で、東京エレクトロンの装置を通らない半導体はほぼ無いといっても過言ではございません。

そしてもう一つの「攻め」というのは、「安全」「品質」「法令順守」「エンゲージメント」「リスクマネジメント&セキュリティ」といった、一般的に「守り」の役割を果たすESGの項目を指しています。当社では「守り」を強みにしていくという意味で、「攻め」と呼んでいます。Safety, Quality and Compliance. Our top priority. It's our pride.というフレーズを大切にし、すべての活動の根幹に添えています。コンプライアンスおよびリスクマネジメントのより一層の強化を図るべく、バリューチェーン全体における13項目の事業等のリスクを定め、常にPDCAサイクルを回せる体制強化に努めています。

例えば、法務部門のなかにチーフ・コンプライアンス・オフィサーを設け、世界18か国で展開する現地法人の中にリージョナル・コンプライアンス・コントローラーを設置し、ガバナンス体制を強化しています。

河合氏と大向氏


大向 取締役会はどのような雰囲気でおこなわれていますか。

河合 かなり自由闊達な取締役会ではないかと感じます。動脈硬化はなく、フレキシブルです。だから代表取締役のクローズドセッションをやったほうが良いのでは、といったことが普通に会話として出てきます。

当社では、外部機関に手伝ってもらって取締役会の実効性評価を2016年から実施していますが、今年度においても、取締役会の役割や責務、加えて指名委員会・報酬委員会の活動について、取締役会メンバー一人ひとりが、取締役会の評価を行ったところ、総じて有効に機能しているという結果でした。そしてこれらの結果をまとめ、個々の取締役にインタビューした外部機関の総評も高評価な意見を頂けました。

取締役会の開催に向けては、執行取締役と社内監査役が参加する業務執行会議を毎月一回、議案検討を行う事前会議を都度3回行い議案と報告/Discussion事項を精査していますが、これらの準備も、事業の成長戦略やリスク分析を行ううえで

非常に良い機会になっています。今日も実はこのあとに、取締役会の事前会議がありますが、私自身の頭の整理と、議論すべきことを網羅するうえで役立っています。そしてこれらの準備が当社の取締役会における活発で前向きな議論につながっているとも思っています。

大向 その事前会議のメンバーはどのような方たちですか。

河合 前述のとおり、社内の取締役と監査役、事務局としての幹部社員たちです。

大向氏

業界一の特許保有件数が
業績と相乗効果

大向 ということは社内の監査役の皆さまが検証する機会があるということですね。

河合 はい。そう思います。監査役はこれらの会議への出席とともに、そこで議論された内容が工場や現地法人に浸透しているかなどの確認もしてくれています。また、四半期ごとにおこなう代表取締役と社内外の監査役における定例会議でもその状況はレビューしています。

大向 よくいわれている取締役会の多様性や、社外役員と社内役員のメンバーの役割に関しまして、特に社外役員に関する役割や期待といった点についてお聞かせください。

河合 スキルマトリックスを活用し、取締役の監督機能の強化や審議のさらなる充実に必要な人材構成にしております。私自身も1986年に東京エレクトロンに入社して30年以上になりますが、そのなかでさまざまな国や地域、また市場シェアが高く規模が大きいビジネスユニットや、逆に、これから成長させていかなければならない発展途上のビジネスユニットを担当するなど、様々な経験をさせてもらいました。しかし、スキルマトリックスにあるようなすべての専門性を網羅しているわけではありません。自分の能力の限界を会社の成長の限界にはしたくないので、すべての英知を会社の成長につなげていくことが大事です。社外取締役の専門的な知識に基づく指摘や確認事項は、会社の成長を考えていくなかで、とても貴重であり、私自身の気づきにもつながっています。

大向 社長が今おっしゃいました、「自分の能力の限界を会社の成長の限界にしない」という言葉がとても響きました。今日この言葉をお聞きして、東京エレクトロンさんの素晴らしさが表れていると感じましたし、社外からの知見とともに、随所で社内での意見交換やモチベーションアップにも言及されており、会社の皆さまも大変幸せではないかと思います。

さて、2021年6月の改訂コーポレート・ガバナンスコードで、知的財産権に関わる項目や自社のサステナビリティについての取り組みに関する開示等が盛り込まれました。経営戦略の開示にあたっても、人的資本や知的財産への投資等について、自社の経営戦略や経営課題との整合性を意識しつつわかりやすく具体的に情報を開示提供することが求められています。

知的財産権という観点で御社が意識されている取り組みなどがありましたらお聞かせください。

河合氏

「自分の能力を
会社の成長の限界にしない」

河合 今年5月の段階で19277件というのが我々の特許保有件数で、これは業界でナンバーワンです。今も年間1000件以上出しています。特許は研究開発投資から来ます。2022年3月期においては、1582億円の研究開発投資を行いましたから、1・5億円で1件ぐらいのペースで特許を出願する計算となります。

現在、IoT、AI、5Gの普及で、データ社会への移行が急速に進んでいますが、今後もインダストリアルIoTに向けたポスト5Gや6Gなど、さらに通信速度が高速になっていきます。また、自動車の自動運転や最近、話題になっているメタバースなど、新たなアプリケーションも生まれてきています。結果、データ通信量は2020年から2030年に向けて年率約26%で伸びていく見込みです(出典:Omdia)。それにともなって半導体の市場も、昨年約5500億ドルの規模であったものが、2030年には約1兆3500億ドルになるといわれています(出典:WSTS, IBS)。1947年にトランジスタが誕生し、約75年で今の市場規模になりましたが、次の8年で倍以上になると見込まれています。

また、地球環境のことを考えると、もっと低消費電力でなければならないし、膨大なデータを遅滞なく伝えるためにもっと高速でなければなりません。即ち半導体のさらなる高性能化が必要になっています。つまり、半導体の技術革新に貢献することが、社会の共有価値であるデジタル化と脱炭素化の実現につながり、継続的な利益の拡大と企業価値向上にも寄与します。社員においても自分の会社や仕事が社会に役立っていると実感することが先ほどのモチベーションにつながると思います。

大向 そうですね。研究開発投資の重要性、それに裏づけられる新しい技術の特許取得による権利化が事業を支えていく資産になると思います。

大向氏


今回のコーポレートガバナンス・コードの改訂で、そういう取り組みが外部への説明としてより有効なものとして位置づけられています。コーポレートガバナンス・コードにおいても、事業成長を支える知的財産権の重要性が高まっていることが意識されることは、企業法務の中でも知的財産法分野にも関わる者としては特に思うところがあります。

河合 業界一の特許保有数であることを誇りに思い、業績との相乗効果にもなっているとも感じます。大切にしていきたいです。

大向 おっしゃるとおりと存じます。取締役会の役割としても、人的資本や知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらを費用ではなく資産として捉えた経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が企業の持続的な成長に資するように、実効的に監督を行うべきとされています。企業の成長を支えるものとしての位置付けは重要になるものと思います。

最後に、ロシアによるウクライナ侵攻などいろいろな地政学的課題もあるなかで、半導体市場は元々ボラティリティが高く先を読むのが難しいといわれます。そういったなかで、経営の拠り所としてのガバナンスを機能させるには、何が必要・有効だとお考えでしょうか。

河合 先ほどもお伝えしましたが、メガトレンド(世界の潮流)をしっかり捉えることが重要だと思っています。世界の潮流は、どのような状況でも経済活動が止まらない、強くしなやかな社会の構築に向け、世界はICT(情報通信技術)を強力に実装するとともに脱炭素社会の構築を目指していきます。それを支える半導体の技術革新への期待が高まるなか、当社が世界をリードする技術革新力を持ち続けることが重要です。 これをベースに「攻めと攻め」のガバナンスを徹底し、中長期的な利益の拡大と継続的な企業価値の向上に努めていきます。

大向 本日はお忙しいなか、貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

河合利樹氏

河合利樹 東京エレクトロン株式会社 代表取締役社長・CEO
1986年 東京エレクトロン株式会社(TEL)入社。Tokyo Electron Europe Ltd、サーマルプロセスシステム(TPS)事業企画部長を経て、2010年 執行役員兼 ジェネラルマネージャー TPSビジネスユニット、枚葉成膜(SD)ビジネスユニット、2012年 執行役員 兼 ジェネラルマネージャー、サーフェスプレパレーションシステム(SPS)ビジネスユニット、2015年 代表取締役副社長 兼 COO。2016年1月より現職。日本半導体製造装置協会副会長も務める。

大向尚子氏

大向尚子 西村あさひ法律事務所 弁護士 パートナー
2000年 大阪大学法学部(LL.B.)、2007年 New York University School of Law (LL.M.) 、2002年 弁護士登録、あさひ狛法律事務所(現 西村あさひ法律事務所)入所。ニューヨーク州弁護士(2008年登録)。知的財産権(IP)案件(訴訟・契約全般)、IT、放送/通信等メディア関連法務を主な業務分野として、特に企業・ 商品に関するブランドやデザイン法務についての高い専門性を有し、企業法務一般を担当。上場企業の社外取締役を務めた他、経済産業省産業構造審議会などの官公庁委員も務める。

撮影:淺野豊親