2016年12月26日
TDK株式会社 相談役 澤部肇
日本のコーポレートガバナンスが世界で認められるために、企業文化の改革や社会的価値の創造が大変重要になっています。
第10回は、経営者と社外取締役のどちらも経験されている、TDK株式会社の澤部肇氏に、双方でのご経験を踏まえた日本のガバナンスの実態と今後の課題について語っていただきました。
実務家として、常日頃、思っていることを当ブログで述べたいと思います。私は、現在、3社の社外取締役をしています。企業というものは、そのトップの見識、姿勢が、見事に反映するもので、例えば、企業業績のみにフォーカスしようという意見が強い経営者がいる場合、実力以上に社内全体で業績を伸ばそうとすると、たいてい、おかしくなってきます。そのような例は、ご記憶があるでしょう。比較的ゆっくりしてきた企業文化を持つ会社が、成長のエネルギーを作るのは結構大変ということもあります。
ガバナンスについて、企業価値を拡大していくためのものと、コンプライアンスとして「守り」のものといった2面があることがよく言われていて、今は、この前者の方はすごく重要になっています。株主価値向上だけを目指すのではなく、社会的価値を増大することまでをガバナンスの議論の中で考えなければならないということです。
ここのところ資本主義が壁にぶち当たってきたということがあります。グローバリゼーションがややこしくなってきて、格差社会ということが問題になってきています。よって、社会性というのが、最近のガバナンスの中で強調されてきていると思うのです。コンプライアンスの方のガバナンスは、人間の弱さというものへの対応だと思っています。
私は、指名委員会の社外取締役としてある経験をしました。そこの社長が、次期社長候補を二人挙げたのですが、結局そのとき後継者を決められませんでした。そこで、1年間ミッションを与え、その結果をみて、判断しましょうということになったのですが、社外取締役の一人に外国人の方がおり、その人は、報酬委員会において、そのトップの評価に、厳しい判定をしたのです。私は、この企業は業績も上がっているし、社長もサクセッションプランも考えていたのだから、そんなに厳しい判定はないだろうと思ったのですが、その社外取締役は、トップの最大のミッションは後継者を育てることで、それをしてこなかったのだから、いくら業績が良くても厳しく判定すべきと主張したのです。私は、なるほど、と思いました。これこそが、取締役会が機能しているということなのです。
次に重要なのは、取締役の構成員の問題です。モニタリングと執行は分けたほうがいいと考えます。執行役員の上が取締役じゃなくて、取締役という機能であり、執行役員は、執行役員としての役割がある、成功者が取締役ということではないです。さらに、どのような人が、その企業の社外取締役にふさわしいかということも重要です。「てにをは」を直せという人や自分がいるということで存在感を示そうとする人もいます。そのような場合、時間がかかって議論が進みません。取締役会というのは、本当に中長期的視点で、定量的ではなく、定性的な経営方針について語れるかどうかです。定量的であると執行になってしまいます。執行が数値化すればいいのです。
先輩の社長から、「企業は道場」といわれたことがありました。いろいろな道場で修業する、つまり、外での経験を積むということで、器量が増し、その結果、いい経営者になれるということです。そのような点でいうと、IRも勉強になりました。やはり投資家も運用のプロとして、真剣に、商売としてやってくるので、いいところを突いてきます。投資家の期待や関心は、持続的に・安定的にどう企業を成長させていくかということで、考えてみると経営者としてのミッションと同じです。
取締役会評価も、たとえ、社外取締役が入っても、村の論理からどうやって脱皮するか、その中で自分たちが、この取締役会はどうなんだろうかと考える、そこを、第三者の立場のプロの目での取締役会について一緒に考えてもらいます。すると、やはり取締役会での議論がすごく向上しました。IRといい取締役会評価といい、企業価値の拡大に間違いなくつながります。
自分が社長になったときに思ったことは、「利益は美しくなくてはいけない」ということです。従業員の給料も研究開発投資も設備投資も、きっちりやって、いい品物を作って、上がった利益を投資家や社会から評価される、これがいい利益で、「美しい」といえるのではないでしょうか。結果的に、これが、今のESGだと思います。
価格競争ではなくて価値で勝負する、そのためには、どうしたらよいか、これもガバナンスではないかなと思うのです。企業が、持続的に社会的価値を出すというその背景には、企業としての理念があり、文化があり、それをキャッチアップするビジネスシナリオがあり、やっている人たちのモチベーションがあり、というふうになるからです。企業価値向上、社会的価値向上のため、また、企業自体の競争力を増すために、ガバナンスは相当重要であるということを日々認識しています。
澤部肇(さわべ はじめ)TDK株式会社 相談役
1942年、東京都生まれ。1964年早稲田大学政治経済学部を卒業後、東京電気化学工業(現TDK)入社。1991年記録メディア事業本部欧州事業部長、1996年取締役記録デバイス事業本部長を経て、1998年代表取締役社長、2006年代表取締役会長、2011年6月取締役取締役会議長、2012年より現職。