2017年5月22日
ゲスト:日本銀行 金融機構局 金融高度化センター 企画役 碓井茂樹氏
欧米に比べると、まだ道半ばとも言える日本のコーポレートガバナンス改革。
第12回は、日本銀行 金融機構局 金融高度化センターの碓井茂樹氏に、未来を担う学生達の考えるコーポレートガバナンスについて語っていただきました。
この5年ほど、本業の傍ら、複数の大学で教鞭をとっている。折角の機会なので、ガバナンスについて次世代を担う学生たちがどのように考えているのかを知るため、アンケート調査を行った。ほぼ同時期に調査を行ったが、大学による顕著な差はなく、共通の傾向が浮かび上がった。興味深い結果なのでご紹介したい。
大学生に対して「次期社長の選び方」を尋ねると、全体の85%が「次期社長は指名委員会の業績評価等にもとづいて決める」のが良いと回答した。「現社長が次期社長を指名する」のが良いとの回答は15%に過ぎなかった。現社長が独断で次期社長を決めることに対して「正統性を感じられない」「危うさを感じる」「好き嫌いで決まることはないか」など、私が予想した以上に否定的な意見が多かった。次世代は「現社長による指名方式」を自分たちのリーダーを選出するプロセスとしてふさわしくないと感じているようだ。次世代から「正統性を感じられない」と評価された社長はリーダーシップを発揮することはできないだろう。
「社長になるキャリアとしてふさわしいのは」との問いには「営業部門を経験した後、リスク管理部門長になる」との回答が40%と最も多かった。「営業部門一筋」との回答は10%に過ぎない。また、最も優秀な人材をどこに起用するかとの問いには「リスク管理部門長」が35%、「監査部門長」が34%と多く、「財務部門長」は21%、「営業部門長」は10%と意外に少ない。リスクが多様化、複雑化している時代を反映している。
大学生には難しいのではないかと思ったが、「監査部門を直接指揮するのは誰が良いか」とも尋ねてみた。驚いたことに「独立社外取締役」との回答が講義前で47%、講義後は96%にも達した。「社長」との回答は講義前15%、講義後4%に過ぎない。
国際社会では、独立社外取締役を監査委員長に選び、監査委員長が監査部門を直接指揮するのが一般的だ。これに対して、日本企業では、ほとんどの場合、監査部門は社長直属である。東芝では、社長直属の監査部門が不正会計の事実を知りながら報告書に何も記載せず、隠ぺいに加担していた。講義で、そのことを教える前から、多くの次世代は、社長直属の監査部門が社長に不都合な事実を報告書に記載するはずがないことを理解していた。
監査役、監査委員に関して「常勤」が良いか、「非常勤」が良いかも尋ねてみた。常勤者は、社内情報を取りやすいが、「独立性」と「客観性」を欠く。講義前は意見が二分されたが「非常勤」が良いとの回答がやや上回った。講義後は「非常勤」が良いとの回答が70%に達した。
日本企業では、社長が元部下の中から自分を監査する監査役、監査委員の候補を指名すると説明すると、教室中が笑いで包まれる。山一証券、オリンパス、東芝など、不正会計に関与した「常勤」の監査役、監査委員がその隠ぺいを図る深刻な不祥事が繰り返し起きていることを話すと、一転して教室は沈鬱な雰囲気になる。次世代がどれほど暗く険しい表情をするか、経営者や株主は知るべきである。社長の元部下が監査役、監査委員を務めるのは、日本だけの「悪しき慣行」だ。次世代は、国際社会と同じように社内監査役、社内監査委員に対してブラックな印象を持っている。
また、監査法人が他社で不正会計を見抜けずに適正意見を出していた場合、「別の監査法人」に依頼すべきとの回答は、講義前77%、講義後98%に達する。重大な問題を起こしていなくても10年以上にわたり同じ監査法人に会計監査を依頼している場合、「別の監査法人」に依頼すべきとの回答も講義前71%、講義後89%に達する。次世代は、監査法人と経営者の癒着を絶対に許すべきでないとの健全な感覚を持っている。次世代からみると、監査法人を交替させることに伴うコスト負担などは些末な問題に過ぎない。
しかし、日本企業の実情は次世代を大いに失望させるものだ。会社法が改正されて監査役が監査法人を選任することになったが、社内監査役は経営者の顔色をうかがい、社外監査役も異を唱えないため、監査法人を変更しなかった先が多い。欧州では監査法人の強制ローテーションの動きが広がっているが、日本の監査法人、経営者では、いまだに消極的な意見が聞かれる。
次世代はガバナンス改革に消極的な企業を信頼していない。先日、地銀の役員がショックを受けていた。優秀な大学生に内定を出したが、断ってきたので理由をきくと「ガバナンス改革に意欲的に取り組んでいる企業に勤めることにした。不祥事を起こさず、将来の成長が期待できるから」と答えた。そして「いまだに監査役会設置会社を採用している国際感覚のない御社には自分の将来を託すことはできない」とはっきり言われたという。
次世代は溢れる情報に流されているように思われがちだが、決してそうではない。自分なりに考えを整理し、正しい答えを見つける優秀な若者がしっかりと育っていると思う。むしろ問題なのはブラック・ガバナンスから脱却できずにいる我々の世代だ。
※詳細は日本銀行金融高度化セミナー・Aセッション参考資料を参照
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2017/rel170224b.htm/
碓井茂樹(うすいしげき)日本銀行 金融機構局 金融高度化センター 企画役
1983年 日本銀行入行。2006年 金融機構局金融高度化センター企画役(現職)。金融機構局にて、金融機関の実地考査、モニタリングに従事した後、現職。コーポレート・ガバナンス、リスク管理、内部監査の実務について国内外のベスト・プラクティスを調査研究するとともに、金融機関に対する経営指導・サポート、研修セミナー活動を展開。2008年~ FFR+「金融工学とリスクマネジメント高度化」研究会を主宰(兼職)。2011年~ 日本金融監査協会を設立。同協会リスクガバナンス研究会の有力メンバーとして情報発信、セミナー活動を展開(兼職)。京都大、一橋大、埼玉大、慶應義塾大学、東京経済大学、大阪経済大、千葉商科大で客員教授・講師を務める(兼職)。公認内部監査人(CIA)、公認金融監査人(CFSA)、内部統制評価指導士(CCSA)