2017年11月 6日
ゲスト:ジャーナリスト 森一夫氏
形式上の整備が進んだ日本のコーポレートガバナンス。しかし、企業が成長する経営という意味では、まだまだ課題が多いのが現状です。
第14回は、日本経済新聞社の元・特別編集委員で、現在もフリーのジャーナリストとして活躍されている森一夫氏に、企業活動をとりまく問題点と今後の課題について語っていただきました。
コーポレートガバナンスの整備が経済界でどの程度進んだのかを、社外取締役の導入に代表させて測れば、現状はかなりの水準になっていると思います。ただし、それは形だけで、企業活動が際立って活発になったのかといえば、大いに疑問です。
本来、コーポレートガバナンスの目的は、企業価値の向上を持続的に図ることにあります。仕組み作りは、そのための手段なのですが、それがあたかもゴールのような様相を呈しています。
法令などの新たなルールづくりに合わせて、企業はコーポレートガバナンスの体裁を逐次整えてきました。ところが形作って魂入れずで、ガバナンスの体制は見た目にはよくなったものの、企業が成長するうえで肝心な「企業家精神」はどこに行ったのか?という気がしてなりません。もちろん個々の企業で違いがあるのは承知していますが、俯瞰すればやはり気掛かりな状況です。
一例を挙げれば、品質検査での不正が表面化した神戸製鋼所が象徴的です。報道されているように、あれだけ広範囲にかつ長期に、検査データを改ざんしていたのは、単にコンプライアンス体制の不備によるものではないでしょう。経済同友会の小林喜光代表幹事は記者会見で、原因について「基本的にはガバナンスの問題、トップ以下の企業の緊張感(の問題)である」(「発言要旨」)と述べています。
神戸製鋼の取締役16人のうち5人は社外取締役です。取締役会に社外取締役が加わると、内部者だけでやるより緊張感が増すと、経営者はよく言います。形だけは神戸製鋼も及第点を取っていたはずです。しかし日本の製造業の信頼性を揺るがす問題が起きていたのです。同友会の小林代表幹事は「いわゆる日本の経営の劣化であり、経済人が集まる団体として極めて重く受け止めている」と、厳しい見方をしています。
神戸製鋼は業績の長期低迷という問題を抱えていました。リーマンショック前の2008年3月期の連結業績は売上高2兆1324億円、純利益889億円でしたが、17年3月期は売上高1兆6959億円、純損失230億円です。経営陣は何をしていたのでしょうか。経営の劣化によるものなのか、コーポレートガバナンスの仕組みづくりと企業業績が必ずしも直結しないことを示す1つのケースといえます。
マクロ的に見ますと、日本における企業家精神の衰退が浮かび上がります。その反映と思われるのが、安倍晋三首相が来春の労使交渉に向けて、経済界に「3%の賃上げ」を要請したことです。政治による経営への干渉ですが、首相の賃上げ要請は恒例になっています。
なぜこうした異常な事態が繰り返されるのか。企業が労働者への分配に過度に消極的になったからです。名目賃金は金融危機を経て2000年前後から下がり出し、最近、回復基調になりましたが、まだとても十分とはいえません。デフレ経済に慣らされて、生産性を高めて利益を上げたら賃上げするという常識が忘れられたようです。
戦後、日本の企業家を代表する1人である松下幸之助氏は違いました。同氏は松下電器産業(現パナソニック)の創業者であり、家電ブームをけん引して、1960年代に「週5日制の実施」や「欧州を抜いて米国並みの賃金に」などの目標を掲げて、率先して実現しました。(『松下幸之助 成功の金言365』)
吉川洋立正大学教授は10月に開かれた連合総研フォーラムで講演して「企業が家計を抜いて最大の貯蓄主体になっています。これで資本主義ですか」と疑問を投げかけています。現在、企業業績は概ね好調です。しかし富を生んでも、ため込むばかりでは、確かに資本主義のダイナミズムはどこに行ったのかと言いたくなります。おまけに長時間労働では、社員の士気やモラルは落ち、職場の倫理を保てるのか不安を覚えます。
先の総選挙で希望の党が内部留保への課税を公約に掲げました。思い付きのレベルでお粗末でしたが、近年の内部留保の増え方は異様です。法人企業統計によって利益剰余金(内部留保)の推移を見ると、2012年度の304兆円から16年度には406兆円とたった4年で100兆円も増えています。過ぎたるは及ばざるが如しです。
経済学者のシュムペーターは「資本主義社会での経済進歩は動乱を意味する」といっています。そして「『創造的破壊』の過程こそ資本主義についての本質的事実である」と指摘します(『資本主義・社会主義・民主主義』中山伊知郎、東畑精一訳)。イノベーションを担う企業家が何より重要なわけです。
今こそ企業家精神を再び活性化するにはどうすべきか、コーポレートガバナンスの議論をそちらに向けるときではないでしょうか。
森一夫(もりかずお)ジャーナリスト
1950年東京生まれ。72年早稲田大学政治経済学部卒、日本経済新聞社に入社し東京編集局産業部記者。80年日経ビジネス編集記者。同副編集長を経て、90年産業部編集委員、95年論説委員兼務。99年から2000年コロンビア大学東アジア研究所・日本経済経営研究所客員研究員。03年から10年早稲田大学公共経営研究科客員教授。03年論説副主幹兼産業部編集委員。07年特別編集委員兼論説委員。10年特別編集委員。13年3月日本経済新聞社を退職し現在に至る。日本政策金融公庫評価・審査委員なども務める。著書は『日本の経営』(日本経済新聞社)、『中村邦夫「幸之助神話」を壊した男』(同)、『経営にカリスマいらない』(同)など。