2019年3月19日
ゲスト:早稲田大学 商学学術院 教授 広田真一氏
コーポレートガバナンスという用語が浸透してきた一方で、今後は「形式から実質へ」の転換が求められています。
第18回は、企業のファイナンスとガバナンスを経済学的に分析されている、早稲田大学商学学術院の広田真一教授に、先進国にふさわしいコーポレートガバナンスの本質について語っていただきました。
ここ10年余り、「コーポレートガバナンス」という言葉が、産業界・金融界・政府・メディア等で頻繁に聞かれます。この言葉は、実は様々な意味で使われています。例えば、「企業トップに対する経営の規律付け」「企業の不正を防止する仕組み」「経営の透明性・公正性を確保するための法律・会計」「企業価値の向上を実現するための方策」など、これら全てにコーポレートガバナンスという言葉が使われます。それでは、これら全てを含んだコーポレートガバナンスの一般的な定義は何でしょうか。それは「企業がよりよい経営を行うための仕組み・方策・制度」ということになるでしょう。
それでは、どんな経営が「よりよい」のでしょうか。利益をあげる経営でしょうか。高い成長を実現する経営でしょうか。イノベーションを起こす経営でしょうか。人にやさしい経営でしょうか。地球環境に配慮する経営でしょうか。実は、どのような経営を「よりよい」と考えるかは、それぞれの社会の価値観によって変わってきます。
イギリス・アメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドなどのアングロサクソン系の国々では、株主の利益を高めることがよりよい経営だとみなされる傾向があります。なので、これらの国では、経営のパフォーマンスは株価で測られることが多く、企業は毎年の利益をあげることが重視されます。
しかし、広く世界を見渡してみると、必ずしもそのように考えない国が多いことにも気がつきます。ドイツ・フランス・オランダ・ベルギーなどのヨーロッパ大陸の国々、スウェーデン・ノルウェー・フィンランド・デンマークの北欧の国々では、株主のみならず従業員・顧客・取引先・地域社会などのステークホルダー間のバランスをとった経営がよりよい経営だとみなされる傾向があります。またこれらの国々では、アングロサクソン系の国々と比べて、従業員の雇用を守ることは企業の社会的責任だという意識があります。そして、日本や韓国などの多くのアジア諸国もこれらの国と同じグループに入ると考えていいでしょう。
国によって「よりよい経営」が違う以上、「それを行うための仕組み・方策・制度」すなわちコーポレートガバナンスも変わってきます。例えば、各国の法制度を見ても、アングロサクソン系の国々では、株主の権利がより強く保護される法律がみられます。その一方で、ヨーロッパ諸国では、労働者や消費者の権利が様々な規制によってより強く保護されています。また、国によって取締役会に期待される役割も違います。アングロサクソン系の国々では、取締役には株主の利益に沿った経営を行うこと(あるいはそうなるように監視すること)が第一に求められます。それに対して、ヨーロッパ諸国では、取締役には様々なステークホルダーに配慮した経営を行うことが求められます。事実、ドイツ、フランス、オランダ、デンマーク、フィンランドなどでは、取締役会のメンバーに従業員の代表を含めることが義務付けられています。
国によって「よりよい経営」が違い、コーポレートガバナンスが違うことを反映して、経営のパフォーマンスも違ってきます。下の表は、1994年〜2015年にFortune Global 500にランクインした世界の大企業(製造業)を対象にして、その期間の利益率と雇用をイギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、日本の5か国の企業で比較したものです。
〔表〕Fortune Global 500 の企業(製造業)の経営パフォーマンス(1994年〜2015年)
利益率 | 雇用 | |||
---|---|---|---|---|
ROA (%) | ROE (%) | 従業員数の年増加率(%) | 大規模な雇用削減が行われる確率 | |
イギリス | 6.03 | 21.01 | -1.69 | 13.7% |
アメリカ | 6.20 | 18.74 | 0.00 | 9.1% |
フランス | 3.03 | 10.34 | 0.54 | 4.9% |
ドイツ | 3.27 | 11.34 | 0.97 | 7.1% |
日本 | 1.50 | 4.96 | 0.92 | 3.8% |
ただし、「ROA」、「ROE」、「従業員数の年増加率」の値は、各国ごとのサンプル中間値。「大規模な雇用削減が行われる確率」は、ある年に10%を超える雇用削減が行われる確率。
まず、表の左側の利益率を見ると、アングロサクソン系のイギリス・アメリカの企業が利益率(ROA, ROE)が高いことがわかります。これはまさに、この両国では株主の利益を高めることが「よりよい経営」であり、企業に高い利益をあげることが期待されていることを表しています。しかし、表の右側の雇用をみると、ヨーロッパのフランス・ドイツ、そして日本の方が従業員数の年増加率が高く、また大規模な雇用削減が行われる確率も低いです。これは、これらの国では、単に利益をあげるだけでなく様々なステークホルダー(従業員など)に配慮した経営が「よりよい経営」だとみなされている結果だと言えるでしょう。
以上のように、それぞれの国にはそれぞれの社会の価値観を反映した「よりよい経営」に対する考え方があります。それによって「それを行うための仕組み・方策・制度」すなわちコーポレートガバナンスも変わってくるのです。
ここ数年、日本においても、コーポレートガバナンスの改革が提唱されています。その中で、望ましいガバナンスを考えるためには、まずはこれからの日本社会にとっての「よりよい経営」とはどのようなものかを考える必要があります。「株主にリターンを生み出す経営か」、「働く人のやりがいを高める経営か」、「顧客満足を重視した経営か」、「社会的責任を果たす経営か」、あるいはこれらの組み合わせか?
これらを考えることなくコーポレートガバナンスの形を作っていくのは、行き先を決めずに航海に出るようなものです。そして、行き先を決めるにあたって、航海に出るにあたっては、「世界各国にはいろんな経営スタイルがあり、いろんなコーポレートガバナンスの形がある」ことを知っておくのは有益なことだと思われます。
広田真一(ひろた しんいち)早稲田大学商学学術院教授
同志社大学経済学部卒業、同志社大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。イエール大学ビジネススクール客員研究員などを経て2008年4月より現職。 主な著書に『株主主権を超えて:ステークホルダー型企業の理論と実証』(東洋経済新報社)、Corporate Finance and Governance in Stakeholder Society: Beyond shareholder capitalism (Routledge) など。