2019年の3月期決算企業の株主総会は、例年にない緊張感に包まれた。株主から議案の提案を受けた企業が過去最多となり、会社側が提案した議案が株主の反対に直面する事例が相次いだからだ。取締役の選任議案にも多くの反対票が投じられ、経営陣は株主の厳しい視線にさらされた。その意味では歴史的な総会シーズンだった。株主と企業の関係は大きな転換点を迎えている。
三菱UFJ信託銀行によると、2019年の6月総会で株主提案を受けた企業は54社にのぼった。これは1981年の法改正で株主に議案を提案する権利が付与されて以降では最多だ。その議案数も合計で175に達した。従来の株主提案は一部の個人株主によるものがほとんどだったが、2019年の総会では投資ファンドなどの「物言う株主」を中心とする機関投資家の提案が急増した。増配や自社株買いなどを求める提案がこの10年で3倍以上も増加した。
しかし、株主から提案された議案の9割以上は否決される結果となった。JR九州では米投資ファンドが資本コストを下げる観点で自社株買いを求め、これに反対する経営側と激しい論戦が交わされた。この株主提案も否決されたが、企業が貯め込んだ資金の活用は、資本コストを意識した経営には欠かせない課題だ。大手ファンド経営者は「たとえ総会で勝てなくても、経営陣が考える契機になるだけで株主提案には価値がある」と指摘する。株主と経営陣が真剣に向き合う様子は、本来のあるべき総会の姿といえる。
そして何より総会に緊張感をもたらしたのは、経営側が指名した取締役候補の選任議案をめぐり、株主から厳しい判断が下される事例が相次いだからだ。マスコミでも大きく報道されたLIXILグループの総会では、株主側が提案した取締役の選任案が可決され、そこで大手企業のトップ人事が決定するという異例の展開となった。
これまで日本の上場企業では、経営側が提出した取締役選任議案の賛成率は9割以上という高い水準を得てきた。だが、2019年の総会では不祥事を起こした企業だけでなく、業績が悪化した企業の賛成率も大きく低下した。元会長のカルロス・ゴーン被告による不正を招いた日産自動車では、西川広人社長の再任に賛成した株主の割合は78%にとどまった。株式議決権コンサルティングのアイ・アールジャパンの調査では、経営側の議案に反対する株主の割合が2割を超えた企業は332社にのぼり、全体に占める割合も15%に達した。いずれも過去最高だ。
こうした厳しい株主の目が注がれるようになった背景には、金融庁が2017年に機関投資家向けの行動指針「スチュワードシップ・コード」を改定した影響が大きい。総会における議決権の賛否を原則として議案ごとに自主公表するように求めたものだ。これによって機関投資家も経営側が提案した議案の賛否に関して説明責任を負うようになった。総会における機関投資家の投票行動が透明化され、これまでのような曖昧な態度は許されなくなっている。来年には議決権に対する賛否に加え、その理由まで開示を求められる見通しだ。経営に対する株主の視線は一段と厳しくなるのは確実だ。
また、議決権行使助言会社の存在感も増している。取締役の選任議案などについて賛成や反対を推奨する役割を担い、米国の「インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ」(ISS)と米グラス・ルイスの2社が大手として知られる。この両社で世界4万社以上の株主総会で提案される議案を審査している。ISSはJR九州の株主提案に賛成を推奨したほか、日産自動車の西川社長の再任には反対を表明するなど、株主の投票行動に大きな影響を与えている。
こうした助言会社は社外取締役の選任をめぐっても厳しい目を向ける。ISSは独立取締役が3分の1以上いない企業の代表取締役の選任には反対を推奨する。グラス・ルイスでは兼任が多い社外取締役の選任に反対するように呼びかけている。こうした動きを受けて三菱UFJ信託銀行は2019年、取締役が15人以上いる大手企業の場合、社外取締役が3人以上必要との基準を導入し、3人未満の場合には取締役の選任議案に反対すると表明した。こうした選任基準の明示は企業にも強い圧力となる。
ただ、最近では助言会社に対して会社側が自らの議案を説明し、賛成意見を表明してもらおうとする「助言会社詣で」も目立つ。社外取締役の選定などは助言会社が示す客観的な基準は一定の指標とはなるものの、株主還元など個別の議案をめぐる判断は分かれる。機関投資家は投資先企業が多いために助言会社の意見を参考にすることが多いが、助言会社の審査体制はまだ整備されていない面もある。株主の判断を大きく左右するだけに審査体制を早期に充実させる必要がある。機関投資家も助言会社にただ従うのではなく、自らの判断力を高めることも問われる。
金融庁と東京証券取引所が策定した企業投資指針「コーポレートガバナンス・コード」は、統治体制の整備を通じて企業の成長を促す仕組みだ。そこでは経営の監督と執行を分離し、社外取締役を中心に取締役会が経営の監督役を果たす。資本効率の向上や持ち合い株式の減少、最高経営責任者(CEO)の選解任プロセスの透明化などで企業価値を高めるのが狙いだ。
しかし、どんなにコーポレートガバナンスの仕組みを整備しても、株主である機関投資家が自らの役割を果たさなければ、その効果は減衰してしまう。総会は株主が経営陣に対して評価を下す場である。その総会で経営陣と株主との良い緊張関係が今後も続き、日本株式会社のガバナンスの実効性を高めることに期待したい。