私は、株主価値向上に本気で取り組む企業の取締役会と経営者を支援するために、取締役会評価、社長後継者計画、経営陣の評価・育成などのコンサルティング業務に従事している。内外機関投資家と意見交換する機会も多い。「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」や「スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」のメンバーも務めさせて頂いている。フォローアップ会議や有識者検討会では、日本企業の実務実態や内外機関投資家の課題認識を踏まえた上で問題提起をさせて頂いているつもりだ。
スチュワードシップ・コードの改定では「議決権行使結果の個別開示」が最大の焦点だった。コーポレートガバナンス・コードの改定では「政策保有株式の縮減」「社長の選解任」「任意の仕組みの活用」などが注目を浴びた。
両コードの導入・改定プロセスを振り返ると、日本の企業統治改革が当局主導で進んできたことは明白だ。日本では長年にわたり株主総会と取締役会が形骸化し、企業経営者がフリーハンドで経営できる状況、つまり「経営者支配」が長く続いた。「攻めのガバナンス改革」と言えば、聞こえは良いが、フリーハンドの経営者が一向に企業価値の向上を実現できないので、やむなく当局主導で両コードを導入し「他律」の強化を図ってきたのが日本の企業統治改革である。企業経営者の本音としては、「他律」は極力避けたいであろう。
東証一部上場企業の株主資本利益率(ROE)は二桁前後までに改善した。独立社外取締役の選任も進み、機関投資家の議決権行使にも変化の兆しがみられる。両コードの導入・改定効果が徐々に表れているように見える。そのような状況を踏まえてか、日本の企業統治改革は「形式」から「実質」が重視される段階になったと言われる。しかし、日本企業における企業統治の「形式」は整ったのであろうか。表を見る限り、日本の企業統治における「形式」の充足状況は、富士登山に例えれば、まだ2、3合目あたりなのではないか。
独立社外取締役の取締役会に占める比率 | 26.8% | |
取締役会議長のうち社長の構成比率 | 75.5% | |
指名委員長の社内取締役比率 | 指名委員会等設置会社32.4% | 監査等委員会設置会社48.9% |
出所:株式会社東京証券取引所 東証上場会社 コーポレート・ガバナンス白書 2019
「形式」の更なる改善のため、今後も両コードの改定を重ねていくことが必要である。独立社外取締役に対する評価が概ね好意的である一方、独立社外取締役2名だけでは実効性の高いモニタリングに限界があるとの声も聞く。取締役会に占める独立社外取締役の比率は、速やかに3分の1以上とし、将来的には過半数とすることが望ましい。取締役会の重要な役割として業務執行者に対する監督があるのだから、利益相反回避の観点から取締役会議長職と社長職との分離は必須である。独立した指名委員会や報酬委員会についても、法定か任意かを問わず社長が委員長を務めることは、実質禁止とすべきだ。そして、今回のLIXILグループ(リクシル)のような事例では、機関投資家には議決権行使の「結果」だけでなく「理由」を公表することが求められる。政策保有株式の縮減も引き続きの課題だ。
以上の「形式」の更なる充足とあわせ、今後は企業統治改革の「実質」化が重要になる。企業統治改革の「実質」化とは、中長期的な企業価値の向上にほかならない。企業価値の向上を実現するためには、執行側の本質的な課題を解決するための経営改革が必要である。事業ポートフォリオの見直し、不採算事業からの撤退、新規事業への取組、本社を含むグローバル化対応など、やるべきことは山積している。組織文化の課題も含め問題の根は相当深い。
ある事業会社は、導入した投下資本利益率(ROIC)ベースの事業撤退基準を廃止すると発表した。メディアは、「経営の規律が緩みかねない」と報道し、アナリストの厳しいコメントを紹介した。流行りのROICを導入したものの、撤退基準に抵触する事業部門が複数となったため、経営陣としても頭を抱えてしまったのだろう。祖業が不振に陥り対応策に悩む日本企業は多い。経営陣による果断な経営判断は至難の業であり、経営改革のハードルは極めて高い。
経営改革を成功させ、企業統治の「実質」化を図るためには、社長、独立社外取締役、機関投資家がDo the right thingの姿勢(正しいことを貫く姿勢)を堅持しながらそれぞれの責任を果たしていくことが最も重要である。
社長はいかなるときにも正道を貫徹できる人材でなければならない。インテグリティは社長の必須条件だ。加えて、胆力、構想力、変革力も求められる。事業部門の売却や新規事業への積極投資など、胆力やストレス耐性が求められる局面は益々増えるだろう。胆力などの資質を備え、企業価値向上を実現できる次期社長の選任は、指名委員会と取締役会にとって最重要課題のひとつである。
独立社外取締役の役割は益々重要になる。リクシル騒動では、企業統治上の問題が生じた際に期待された役割を果たせなかった。強いコミットメントと「精神の独立性」が求められる。自分を招聘してくれた社長に忖度することなく、正しいことを追求する必要がある。難しい経営判断を逡巡する経営者の背中を押すだけでなく、状況次第では経営者に引導を渡すことも覚悟しておく必要がある。
機関投資家も変化し続けなければならない。リクシルの企業統治不全を質したのは海外の資産運用会社であった。国内資産運用会社にそのような役割を期待することは難しいのだろうが、少なくとも議決権行使において所属する金融グループの取引事情を理由に「正しい判断」が阻害されることがあってはならない。「建設的な対話」の質を高めるために、不断の実力涵養も求められる。
Do the right thingの姿勢は、社長や独立社外取締役や機関投資家だけでなく、議決権行使助言会社、弁護士事務所、取締役会評価の第三者機関、IRコンサルティング会社等、企業統治に直接・間接に関わる関係者全員に求められる。当然私も含めてだ。クライアントの利益や旧知の人間関係よりも、「正しいこと」を常に優先させなければならない。
関係者全員が知恵を出し合えば、必ずや企業価値の向上を実現できるはずだ。後から振り返れば、私たちは歴史的な転換点に立っていたということになるのではと考えている。企業統治改革を起点として、日本企業と日本の改革を進め、次世代に良い形でバトンタッチできるようにしたい。それができるかどうかは私たち次第である。
企業統治改革を起点とする経営改革はこれからが本番である。Do the right thingを肝に銘じつつ、関係者全員の力を合わせて、企業価値の向上を必ず実現したい。
佃 秀昭Hideaki Tsukuda
株式会社企業統治推進機構 代表取締役社長
三和銀行(現三菱UFJ銀行)、エゴンゼンダー日本法人代表取締役社長等を歴任。金融庁・東京証券取引所「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」メンバー。東京大学法学部卒業。MITスローン経営大学院修了。