日本企業にとって、低成長から脱し、企業価値を底上げしていくことはこの四半世紀を通じて課題であり続けてきた。さらに足下では、感染症や地政学的な変化を契機として社会が非連続的に変化する中で、多くの企業がその存在意義を改めて見つめ直す必要性に直面している。
こうした中、慣性力の働きやすい日本企業が変革を実現するためには、コーポレートガバナンス改革を実質的なものへと進化させるとともに、企業の経営資源を成長分野・新規分野に円滑に移行させていく仕組みを作ることが鍵となる。 経済産業省では、このような認識の下、コーポレートガバナンスの中核となる社外取締役がパフォーマンスを高め、実質的な役割を果たせるように、「社外取締役の在り方に関する実務指針」を策定した。また、持続的な成長に向けた事業ポートフォリオの見直しと必要な事業再編の実行を促すため、「事業再編実務指針」を策定した。
社外取締役の在り方に関する実務指針は、会社法及びコーポレートガバナンス・コードの趣旨を踏まえつつ、社外取締役に期待される基本的役割や取組について実務的な視点から整理するとともに、ベストプラクティスを紹介するものである。
同指針で強調しているポイントの一つが、社外取締役の最も重要な役割は、経営の監督であるという点である。株主からの付託を受けて、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図る観点から経営を監督することが社外取締役には求められており、経営陣の評価を行い、時としてその交代を促す役割を担うこととなる。また、取締役会で十分に議論を尽くして決定した経営戦略や投資については、社外取締役は、当該意思決定を監督した取締役の1人として、経営陣と共に資本市場に対して説明責任を果たし、それによって経営陣のリスクテイクを支えることも重要な役割である。
社外取締役が企業の中長期的な経営戦略に関与すること、そしてその重責に足る資質を備えることも極めて重要である。指針の中では、社外取締役が社内のしがらみにとらわれない立場で、中長期的で幅広い視点から、市場や産業構造の変化を踏まえて持続的成長に向けた経営戦略を考えることの重要性を謳っている。雇用の流動性が低い日本企業では、独自の「社内の常識」が形成されやすいが、社外取締役が社内の常識にとらわれない視点から、会社の意思決定の妥当性をチェックしていくことが重要である。
加えて、社外取締役には、業務執行から独立した役割が期待されており、特に社長・CEOに対して遠慮せずに発言・行動できなければならない。このような役割を十分に果たすためにも、社外取締役には会社及び経営陣から精神的・経済的に独立していることが強く求められる。
本稿では詳細を省略するが、本指針の策定に当たっては、社外取締役を対象にアンケート調査やインタビュー調査を行い、ベストプラクティスを収集・整理した。社外取締役に期待される役割を果たすために求められる具体的な行動の在り方を、就任時や取締役会、投資家との対話やIR等への関与等、場面ごとに整理している。また、経営陣や取締役会事務局等を主な対象として、会社側が構築すべきサポート体制・環境について具体的に記載している。
事業ポートフォリオの見直しは、経営トップの選解任と並び、コーポレートガバナンスが真に実効的に機能しているのかが問われる場面である。
企業が経営環境の変化を乗り越え、持続的な成長を実現するためには、競争優位性を獲得し得る新規分野を見極めた上で、そこに戦略的な投資を行っていく必要があり、そのためには事業ポートフォリオを不断に見直しその最適化を図ることが不可欠である。しかしながら、社内のしがらみがあり、雇用の流動性も低い日本の大企業では、その実現は容易なものではない。事業再編実務指針は、多様な事業分野への展開を進めている大規模な多角化企業を念頭に、この難しい課題をいかにして実現していくのかという観点から、取組の方向性を示している。
事業ポートフォリオを不断に見直すためには、経営陣のマインドセットの変革や、コーポレート担当の経営陣の役割と責任の明確化、CFOの機能強化による財務的な規律を働かせること、といったことが不可欠である。事業再編実務指針では、これらの点に加え、定量的な事業評価を行うための仕組みとして、資本収益性及び成長性を軸とした「4象限フレームワーク」の活用などを提言している。
忘れてはならないのは、自社が「ベストオーナー」ではない事業を抱えていても、十分な成長投資が行われず、その事業の成長戦略の実現は難しく、長期的には従業員のメリットにもならないという点である。事業の切出しについては赤字になってから検討を始めるのでは遅く、従業員利益の確保という観点からも、黒字であってもその事業における資本収益性(ROIC等)が資本コストを下回り、回復が難しいと見込まれる段階で早期に切出しの決断を行うことが重要である。更には、一定以上の利益を上げ、資本収益性が資本コストを上回る場合であっても、自社が「ベストオーナー」であるといえなくなった場合には、その事業を売却した上で、得た資金を自社が競争優位性を有する分野への成長投資に振り向けていくという発想が望まれる。
事業再編実務指針では、このような考え方に立ち、コーポレートガバナンスに関わる三つの主体(経営陣、取締役会・社外取締役、投資家)が何をすべきかについて、その方向性を指し示している。
2013年以降のコーポレートガバナンスの改革は、意味のある変化をもたらした。しかしながら、それを凌駕するインパクトで、グローバルな競争環境は厳しさを増している。事業活動を通じた価値創造を担うあらゆる人がその点を心に刻み、現状に満足せずあくなき探求をしていくことこそが求められている。
安藤元太Genta Ando
経済産業省 経済産業政策局 産業組織課 課長
2004年から経済産業省に勤務し、経済産業政策局、製造産業局、大臣官房総務課、米・コロンビア大学留学を経て、2012年から資源エネルギー庁で電力システム改革を担当。2016年から産業組織課でコーポレートガバナンス改革や事業再編の円滑化を図る税制改正等を担当。大臣官房秘書課で人事を担当し、2020年から現職。