企業不祥事には様々なタイプがある。縦割り組織のセクショナリズムと社内の風通しの悪さから、「タコツボ化」した現場の不正が、コロナウィルスのごとく三密と換気不全から全社に蔓延した例にことかかない。逆に、経営中枢が「タコツボ化」し、監査役や社外役員を疎外して勝手に経営を専横する関電やJDIのようなケースも多数見受けられる。
私が委員長を務める「第三者委員会報告書格付け委員会」は2014年5月から2020年5月までの間、合計23件の第三者委員会報告書を取り上げた。その評価は様々であったが、取り上げられた不祥事の大半を会計不正、データ偽装と隠蔽、名ばかり第三者委員会が占めている。それらはいずれも、単なる個人的不祥事ではない。不正や隠蔽が長期間にわたり当然のこととされてきたために、全体にはびこり、風土となり、その体質にまで至った事案である。東芝も三菱自動車も化血研も東洋ゴムも、神戸製鋼も日産・スバルも、KYBもその原因は皆同様である。最初から腐敗し、不正が是とされた企業や経営中枢があるはずがない。不祥事は現場のタコツボと経営層のタコツボが相呼応し、企業内部に澱のように長年沈殿し、自己増殖したのである。誤った企業文化や風土がもたらした結果として受けとめるべきだ。。
例えば、部門責任者の意欲や経営層の指示と、組織の客観的能力との間に乖離がありすぎる場合にデータは偽装される。この乖離が不正行為の「動機」となる。通常の業務ではあり得ないような増益の強要や無理な納期の厳守の号令などがこれに当たる。東芝では期末までわずか3日で目標売り上げ達成という無理難題に「チャレンジせよ」と叫ぶトップの姿勢が、不正行為の「動機付け」となった。現場が管理部門や共同すべき他部門から隔絶され、経営層からの評価が低く、「タコツボ化」している場合には、小規模集団に「見返してやる」という意識が充満している。そのため、利益や生産性を偽装して実態以上の水準に見せかける結果、その部署全体が一丸となって不正行為を行う動機となる。
データ偽装や検査データの書換、経理の不正は隔絶された小部隊や単独の行為により簡単に実行できる。他の部門や管理部門に発覚する可能性も低い。さらには、動機をその部隊全体が共有する結果、秘密は上司にも内部監査にも隠蔽されるから、重大で悲惨な事件が起きるまで露呈しない。JR北海道で脱線事故を引き起こした線路幅の偽装事件では、IT化により、現物・現場など実態は見えなくなり、記録データしか残らない。偽装が完了したデータから異常点を発見することは不可能である。そうなれば内部統制組織にも、内部監査部門にも発見困難である。こうして不正行為を可能にする「機会」が提供されることになる。。
横浜傾斜マンション事件では、数人の作業員が杭打ちし、その岩盤到達を隠蔽したことに起因した。もし定時間に杭打ちを遂行できなければ、当該チームの班長や班員の評価は低下し賃金も低下する。だから杭が岩盤に到達していないとしても、その班においては事実が隠蔽される。結果として後日、建設後のマンションが傾くまで、杭打ちのデータ偽装は判明しない。チームごとに「タコツボ」が形成されているからである。作業員にこうした「不正の機会」を与えてはならない。製品の検査データが少人数の品質保証セクションに独占される場合も、偽装や隠蔽の機会が提供されることになる。
そのくい打ちチームとしては、「杭が岩盤に一本くらい届かなくても、マンションが傾くことはあるまい。」と認識する。もし、杭の打ち直しをすれば、現場コストの上昇を招き、会社の損失を招く。しかし、杭打ちの失敗を隠し、打ち直しを避ければ、費用は節約でき、コストダウンに貢献する。あるいは「当社基準は過剰品質だから、基準値を下回っても安全性に問題はない。」こう考えることで杭打ちの不正行為は「タコツボ内で正当化」される。さらにはタコツボ内に止まらず、会社全体からコスト削減に役立つ業務行為として評価される。そうなれば、内部統制システムからも免責され、もはや誰からも指弾されることのない、正しい業務遂行方法として認知される。JR北海道の痛んだ線路幅の偽装も、豪雪の降りしきる酷寒の地で線路工事を行う苦労を避けるためとして正当化されてきた。こうした不正行為は堂々と「生活の知恵」「仕事のやり方」として全社的にも定着する。こうなれば、会社自体が「タコツボ化」して、楽な会社、儲かる会社として評価される。事件さえ発覚しなければ、怖いことはないから何十年でも隠され続ける。それがスバルや日産の完成車検査態勢の不備であり、検査終了代印押捺の慣行である。
本件は国民の税金を利用して「産業革新機構」(「INCJ」という)が投資し、日立製作所、ソニー、東芝のディスプレイ事業を統合した国策会社 JDIで発生した横領並びに会計不正不祥事である。。
本件不正会計の首謀者で会社の経理部門の最終的な決裁権限を有していたAは2014年から2018年11月までには総額5億8000万円近い金員を横領していた。2018年12月28日に懲戒解雇され、その事実は社内にも秘匿されたまま、2019年11月30日に自死している。JDIは累計100億円の在庫の過大計上の疑いで第三者委員会を設置したが、第三者委員会は「会計処理が意図的に行われたことまでは明かでない」として、「「会計処理は誤謬に該当する」(ケアレスミス)」と不正会計を否定した。しかし、巨費を投じたフォレンジック調査の結果は明らかにされなかった。本件で中枢的な役割を果たしたCFO、CEOなども実名は明かされず、真相は闇の中である。。
結局本件は①「現場タコツボ」としてのJDIの経理・管理部門、②「CFO、CEO、経営層タコツボ」、③経営中枢を輩出し続けた「産業革新機構」という「支配株主タコツボ」、④国民の負託を受けて横領事件・経営の失敗の真相を究明すべきであった「第三者委員会タコツボ」というタコツボの連鎖が引き起こした巨大不祥事である。。
2020年10月2日、ジャパンディスプレイ(JDI)の不正会計で損害を被ったとして、個人大株主と彼が代表取締役を務める「羽田タートルサービス」などがJDIと元取締役、現取締役計10人に計38億5870万円の損害賠償を支払うよう求める代表訴訟を東京地裁に提起した。果たして、司法により真相が暴き出されるのであろうか。或いは司法も重層的タコツボの闇の前には無力なのだろうか。
久保利英明Hideaki Kubori
日比谷パーク法律事務所代表弁護士、桐蔭法科大学院教授
1971年弁護士登録。2001年度第二東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長。
現在、日本取引所グループ社外取締役、ソースネクスト社外取締役、第三者委員会報告書格付け委員会委員長等を務める。『経営の技法』等、著作全78冊。