1989年に日本で初めての株主アクティビズムが起きた。米国アクティビストのブーン・ピケンズが小糸製作所の株式を買い占め、激しい攻防戦を繰り広げたのち否決されて撤退したのだ。
06年から08年には、日本企業を標的とした海外アクティビストによる活動の本格的な第一波が起きた。ブルドッグソース、サッポロ、アデランス、Jパワーなどがその代表例だ。しかし当時は、アクティビストの多くが撤退に追い込まれた。
14年に始まった第二波以降、アクティビストによるキャンペーン数は急速な増加を続けており、18年・19年に日本はキャンペーン数ベースで米国に続き世界第二位のアクティビスト標的国となった。撤退に追い込まれた第一波と違い、第二波の株主アクティビズムは日本に定着し、日本企業ひいては日本経済全体に大きな影響を及ぼしている。
コロナ危機により、日本経済は再び景気後退に入る可能性が高く、非中核事業の売却・廃止などビジネスモデルの転換を日本企業に求めるアクティビストの動きはより活発になるだろう。
このような大規模な変化は痛みを伴うが、組織や業界の抜本的な再編に繋がるなど、結果としてプラスの影響をもたらすと考えられる。
次の二つの要素が、コロナ危機以前から日本のあらゆる業界・企業に当てはまり、アクティズムはこれまで以上に重要なテーマになる。
第一に、日本がアクティビストにとって最有力の標的マーケットになった点が挙げられる。安倍政権が推し進めてきたコーポレート・ガバナンス・コードおよびスチュワードシップ・コードの導入・改定により、日本企業の経営改革や国際競争力の強化が進み、アクティビストにとっての追い風となった。
二つ目は「物言わない株主」時代の終焉だ。90年代に50%だった上場企業の株式持ち合い比率は、今や15%以下に下がった。さらに、従来「物言わず」だった機関投資家も変化してきている。近年、国内外の機関投資家も長期的な企業価値向上を求め、企業に要求をし、時にアクティビストに賛同する姿勢を示すようになってきた。
日本企業はアクティビストの標的として大変魅力的だ。日本には世界最高水準の技術力など確かな強みを有する上場企業が多く、非常に高い国際競争力を秘めている。しかし、世界の競合他社と比べるとかなり過小評価されているため、アクティビストにとっては格好のターゲットだ。
外国人投資家が日本株数の30%を保有し、取引高の70%を占める現在では、活発化するアクティビストの動向はなおさら重要となる。こうした株主はアクティビストの合理的な要求に耳を傾け、それに従い、行動するように変化してきている。
状況がこのように変わる中で、アクティビストのタイプにも変化がみられる。これまでアクティビストといえばネガティブなイメージが強かったが、敵対的な投資家ばかりではなく、投資先企業と友好的な関係を築き建設的な対話を求める「建設的なアクティビスト」の存在感も増してきている。
企業側も、従来は主に敵対的なアクティビストから自社を防衛することにフォーカスしてきたが、建設的なアクティビストと積極的な対話を行う企業も増えてきている。
では、どのようにアクティビストと向き合い、有益な関係を築いていけば良いのか。
企業が心得ておくべきアクティビストのタイプや手法は国ごとに異なるが、世界共通の対応策もある。まず、企業が自社のアクティビストになること。つまり自らアクティビスト視点を持ち、自社を同業他社と比べて事業ポートフォリオ、資本配分、ガバナンス体制などを見直す。株主視点から自社の脆弱性を洗い出し、長期の企業価値創造に資する経営戦略を練り、積極的に発信するのだ。これはまさに、13年にサードポイント(米国アクティビスト)に攻撃された際に、ソニーが実行したことだ。
次に、企業IR(投資家向け広報)を強化すること。平時からステークホルダーとコミュニケーションを積極的かつ戦略的に重ね、企業の方向性や経営戦略を十分に説明し、理解を得ておく必要がある。 最後に、アクティビストの攻撃や脅威をすぐには受けないような場合でも、アクティビストの行動を想定した様々なシナリオに沿った対応プランを準備しておくべきだ。 事前準備には、大量保有報告書やメディアへのリークでアクティビストによる株式取得が公になった場合に、企業側のスタンスを迅速に発表するための声明の草稿などが含まれる。加えて、改善を求める株主提案への具体的な対応プランの策定や、委任状争奪戦や訴訟問題など、事態がエスカレートした場合も想定して準備をしておくのが理想的だ。 大々的なキャンペーンは、外国人投資家の多くが読むブルームバーグやフィナンシャル・タイムズなどの国際メディアを舞台に繰り広げられるため、日本経済新聞だけ押さえておけば良いというわけにはいかない。
オリンパスは日本企業では初めて、自社の大量保有株主であるアクティビスト(バリューアクト・キャピタル)から取締役を迎え入れた。19年6月以来、バリューアクトはオリンパスのグローバル規模の企業変革に積極的に参画しており、結果として過去最高の株価を達成した。
このような建設的なアクティビストが勢いを増す一方で、アクティビストによっては、コロナ危機に伴う業績低下などを理由に、強硬な姿勢で日本企業に圧力を強めてくるだろう。
現在の厳しいビジネス環境下において、日本企業がアクティビストと向き合い、建設的な対話ができるように備えておくことは、さらに重要になる。専門的かつ積極的な広報活動と、株主およびその他ステークホルダーとの戦略的なコミュニケーションが、企業の危機下における存続と、危機後の成長および繁栄の鍵を握っている。
ヨッヘン・レゲヴィーDr. Jochen Legewie
Kekst CNC日本最高責任者
一橋大学で学び、96年独ケルン大経済学博士課程修了。ドイツ日本研究所副所長、三菱自動車コミュニケーション本部長を経て、04年から世界規模で戦略的コミュニケーションのアドバイザリーを提供する米独PRコンサルティング会社Kekst CNCの日本最高責任者とアジア地域代表を兼務。経済同友会の幹事も務める。