デジタル化と規制改革

2021年7月14日

大田弘子(政策研究大学院大学 特別教授)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.6 - 2021年4月号 掲載 ]

デジタルは供給優位・縦割りを改革する大きなチャンス

デジタル化を軸に規制構造の変革を

規制改革の課題はいくつもあるが、いま最優先すべきは、デジタル化に関連した規制改革にこの数年で集中的に取り組むことだろう。

これは、デジタル変革が経済成長に不可欠だからというだけではない。わが国の規制をめぐる構造が、現在のデジタル化にきわめて不適合であるがゆえに、集中的に改革することで、この構造を転換させる効果が期待できるのである。

デジタル化を阻害する規制の構造として、第一には、業種間の高い壁がある。規制の根拠となる業法は、業種別の細かい縦割りになっている。運輸業を例にとると、旅客、軽貨物、一般貨物などに細かく分かれ、すみ分けがなされている。

コロナ禍で、タクシーで飲食店の食事を運ぶことが解禁されたが、旅客運送業であるタクシーは一般には小口貨物を運ぶことはできない。「救援事業」という非常に限定された範囲でのみ荷物を運ぶことが認められており、その要件は、①本来業務の遂行を妨げない範囲内で、②役務の提供に連動して生ずる非定型的な物品輸送で、③社会通念上、貨物運送行為とみなされないもの、となっている。

国土交通省が説明に用いた例によれば、ペットをタクシーに乗せて動物病院に連れて行ってもらい、診察を受けさせて連れ戻してもらうケースは、「役務」の提供を伴うから救援事業に該当する。しかし、動物病院に連れて行ってもらうだけであれば、「貨物運送行為」とみなされるからダメだという。前者がよくて後者がダメな理由を、すんなり理解できる人がいるだろうか。そもそも、利用者の立場からみると、タクシーで小さな荷物を運ぶことができない理由は見当たらない。単に、業者間のすみわけを守るためとしか思えない。

現在のデジタル化は、業種の境界を崩し、デジタルプラットフォーマーなどの新業態を登場させ、産業構造を大きく変えながら進んでいる。業種間のすみ分けを優先し、利害調整に長い時間をかけていては、シェアリングサービスなどデジタル化がもたらす新サービスを国民は享受できない。

利用者の立場を最優先したデジタル化を

デジタル化を阻む規制構造の第二は、供給側優位の壁である。規制の担当官庁は、既存事業者とは密に意思疎通を行う。業界団体を通して既存事業者と政治との結びつきも強い。この結びつきに、イノベーターや異業種からの参入者は容易にはいれない。利用者・消費者の立場も軽視される。したがって、規制をめぐっては「現状のまま変えないでくれ」という意見が圧倒的に優位に立つ。 現在のデジタル革新は、消費者利便を原動力とし、供給者と消費者とが相互作用しながら進化するものが多いから、このことは致命的である。

現状維持の力が優位に働く例として、コロナ禍で話題となったオンライン診療がある。オンライン診療は、2018年から診療報酬の対象になったが、対象となる疾患はきわめて限定的で、対面診療と同等の効果が得られると実証された疾患のみが対象となっている。つまり、「オンラインは対面に劣る」という前提に立っているのである。

対面診療はもちろん重要だが、オンライン診療によって、日常の移動が困難な患者は大きな恩恵を受けるし、経過観察やデータ蓄積が行われることで医療の質も向上する。ここで重要なのは、対面とオンラインのどちらが優れているかではなく、患者の立場に立って、対面とオンラインとを最適に組み合わせることである。しかし、現状維持の力が強いために、診療にオンラインの利点を本気で生かそうという方向には行かない。

オンライン診療は、コロナ禍のための特例措置として時限的に規制緩和が行われ、現在その恒久化が議論されている。特例をどこまで残すかといった弥縫的な措置ではなく、ここで本格的にオンライン診療の利点を生かす制度改正を行うべきである。コロナ禍での特例措置で明らかになった成果や問題点を検証し、患者の立場に立って問題点解決の工夫を行い、併せてオンライン診療に合った診療報酬体系をつくるべきである。

さて、縦割り・供給者優位の構造を崩すべきは、電子政府でも同じである。政府のIT戦略を20年も議論しながらいまだに実現しないのは、各省の事情だけが優先され、国民の利便が二の次にされてきたからだ。行政サービスを利用する側に立って、各省に強力に「横串」を刺せるかどうかが、デジタル庁成否のカギをにぎる。

縦割り・供給者優位の構造を崩せるのは、首相のトップダウンしかない。「国民からみて当たり前のこと」をやると宣言した菅首相だからこそ、デジタル化を軸とする規制改革を強力に推し進めてほしいと思う。

労働市場の変革が急務

最後に、デジタル化に合わせて労働市場の改革が急務であることを付け加えておきたい。

デジタル化によって、働き方や雇用は大きく変わる。企業の収益源がソフトウェアやサービスへとシフトし、破壊的イノベーションが重要性を増すにつれて、多様な人材が求められるようになり、転職が今まで以上に増えるだろう。

働く側にとっても、シェアリングエコノミーの広がりなどで、多様な働き方が増える。ギグワーカーとよばれる単発の仕事を請け負う人もさらに増えるだろう。また、デジタル技術は変化が速いから、生涯にわたる能力開発の機会が必要である。

このような変化に合わせて、職業訓練の仕組みやセーフティネットのあり方を根本から見直さなくてはならない。これまで労働市場に関する規制改革を議論するたびに、「クビにしやすい社会にするのか」と強い反発があり、なかなか進まずにきた。しかし、このままでは、スキル習得の機会もセーフティネットも不十分なまま、なし崩し的に労働市場の流動化が加速する可能性がある。

労働市場の変革には、規制改革だけではなく、職業訓練やリカレント教育、職業紹介の仕組みなど、包括的な取り組みが必要である。豊富な能力開発の機会を提供すること、多様な働き方を支えるセーフティネットを構築すること、そして、転職の受け皿をつくるための規制改革、これがデジタル変革を成功させるための三位一体ではないだろうか。

大田弘子氏

大田弘子
政策研究大学院大学 特別教授
1976年一橋大学卒。97年政策研究大学院大学助教授,2001年同教授。2002〜2005年内閣府出向。2006〜2008年安倍・福田両内閣で経済財政政策担当大臣。2019年4月より現職。前規制改革推進会議議長。パナソニック、ENEOSホールディングス、日本共創プラットフォームの社外取締役。

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