東京証券取引所が株式市場の再編に踏み切った。東証1部、2部、マザーズ、ジャスダックの4つに分かれていた市場区分を「プライム」「スタンダード」「グロース」の3市場に再編し、それぞれの市場の役割を明確化した。長年にわたって大手企業の代名詞となっていた東証1部を廃止したのは、最上位のプライム市場をグローバルな優良企業が上場する市場と位置付け、海外の機関投資家から投資資金を呼び込むためだ。
従来の東証1部に上場していた企業は約2200社に及び、日本の上場企業全体の6割が集中していた。海外のニューヨークやロンドンなど他の国際株式市場と比べて上場企業数が多かったが、この中には時価総額や株式の流動性などに課題を抱える企業も多く含まれていた。そこにはなぜ、株式を上場しているのか判然としない企業もあった。今回のプライム市場の創設を契機にして、株式上場や企業統治の意義を考えたい。
新たに創設されたプライム市場には、東証1部に上場していた企業の約85%に相当する1841社が移行した。プライム市場に上場するには、時価総額や株式売買代金などの数値基準が決められているが、1800社あまりのプライム市場に移行した企業のうち、約300社は基準を満たしてはいない。それでも経営改善に向けた計画を東証に提出し、その達成までの経過措置としてプライム市場に残ることが認められた。
また、プライム市場にはグローバルな優良企業が上場する市場にするという明確な目標があり、コーポレートガバナンス(企業統治)でも高い基準を設定した。だが、数値基準を満たすための経過措置の期限は定められておらず、その達成までの期限を設ける必要がある。さらにガバナンス・コード(統治指針)についても英語での情報開示が求められているが、英語版への対応計画がない企業も目につく。これでは「国際優良企業を育成する株式市場」というには、あまりにも物足りない状況だ。時価総額だけみても、数十兆円規模にのぼるような大手企業と数十億円に過ぎない中小企業が同居する株式市場が合理的とは思えない。
一方で従来は東証1部に上場していたが、市場再編を機に格下のスタンダード市場に移る企業も300社以上あった。特定の地方を中心に業務を展開する地方銀行などは、プライム市場での上場を今後も継続することで、非財務情報の開示の義務化などの事務負担が増えることを懸念し、スタンダード市場への移行を選択した。大手機関投資家の担当者は「プライム市場に上場しているからといって、すべてが優良企業ではない。その一方でスタンダード市場に上場していても、将来の成長に向けた設備投資などを続けている企業には、これからも投資資金が向かうだろう」と強調する。企業の成長戦略に応じて上場する株式市場を選択する仕組みを広げていきたい。
その意味で問題なのは、プライム市場での上場だけを目的とする企業だろう。東証1部に上場していた企業には、「東証1部」というブランドを保持することが企業の最終目的となり、念願かなって上場を果たした後は、企業価値を高めるような明確な成長ビジョンが描けず、余剰資金ばかりを貯め込んでいる企業も目に付く。そうした企業はこれまでと同じようにプライム市場に移行することが企業の目的になっていないか。
将来に向けた成長を果たすためには、設備投資などに充てるリスクマネーを集めるという株式市場の役割を有効に活用しなければならない。だが、上場や上場維持だけが目的の企業は、市場からの資本を調達したこともなく、株式を上場している意味が分からない。「1部上場していれば知名度が上がり、求人を募集しやすい」という説明を良く聞くが、そうした理由で上場している企業の株主は納得しないだろう。それらの企業の経営者には、「資本コスト経営」をどのように位置付けているのか聞いてみたい。
企業統治指針との関係も気になる。プライム市場に残るためには「独立社外取締役を全体の3分の1以上にする」との企業統治指針の順守が求められた。この基準を満たしてプライム市場にとどまるため、独立取締役の数を増やした企業も多い。ガバナンス経営の実効性を高めるために社外取締役の機能強化が求められているが、そうした中で上場基準を満たすために社外取締役の数だけを増やした企業では、社外取締役が取締役会に対するモニタリング機能を本当に発揮できるかは不透明といえる。
東証の市場再編が中途半端な改革に終わってしまえば、海外の機関投資家から日本市場に投資資金を呼び込むという本来の目的も達成することはできない。海外の株式市場と比べた場合、プライム市場は上場企業数でニューヨーク市場やナスダック(グローバルセレクト)市場とほぼ同程度まで絞り込むことになったが、1社当たりの時価総額では依然として大差が付いている。プライム市場に上場する企業の時価総額の中央値は、約600億円と東証1部時代の445億円よりも上がったが、それでもニューヨークでは3270億円、ナスダックでも約2000億円あり、大きな差がある。ロンドンのプレミアム市場でも時価総額の中央値は約1950億円あり、プライム市場に上場する企業の時価総額の低さは鮮明だ。
さらに代表的な銘柄でみると、その差はもっと大きい。プライム市場に上場する時価総額が最も大きい企業はトヨタ自動車だが、それでも37兆円あまりにとどまる。一方、米国ではアップルの約340兆円を筆頭にマイクロソフトやグーグル(アルファベット)など巨大なIT企業は軒並み100兆円を超える時価総額を誇る。これは日本企業の「稼ぐ力」が低下し、株価が国際的な評価を得られていない証左だ。時価総額を増やすのは本来の経営目標ではないが、株主から高い評価を得れば、結果として株価や時価総額に反映される。日本の株式市場を活性化するには、上場企業の株価を高める必要があり、そのためにも産業界の新陳代謝が不可欠だ。
井伊重之Shigeyuki Ii
産経新聞論説委員
コーポレートガバナンスに関する論考多数。政府の審議会委員なども歴任。