事業法人は公益法人と協働を

2022年6月13日

関孝哉(立正大学経営学部教授)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.9 - 2022年4月号 掲載 ]

ガバナンスが語られるようになり四半世紀が過ぎた。当初は、頻発する企業不祥事や発言力を増す国内外の機関投資家に対応する上場会社の話題であったが、今では学校、スポーツ団体、病院等の公益法人にもガバナンス強化に向けた取り組みがある。

公益活動を対象とする今日の社団・財団法人は、2008年に民法から分離されて施行された一般法人法で規制される。同時期に会社法も商法から独立し、公益法人と事業会社の違いは、社員への剰余金の分配可否に置かれた。いずれも、社会的存在を増した法人の活性化と適切な統制を考えてのことである。理事・取締役の善管注意義務や、組織に対する責任、適切な資産管理義務などの共有された考え方は、一般法人に加え、医療、福祉、学校などあらゆる法人に広がり、ここから、事業会社と公益法人等との間には「法人ガバナンス」という共通項を通じ、立場を超えた協働の可能性が見えてくる。

公益活動の源流と今日の仕組み

わが国では奈良時代から救貧活動が伝わり、その後の教育や医療活動の長い歴史は、社会の形成につながった。ただ、明治維新以降は、民法に法人制度を置くドイツを基とした海外からの制度導入により、日本の伝統が今日に十分、活かされていない感も否めない。

法人性を重視する大陸法とは異なり、今日の法人ガバナンスは、長い歴史を有する英国の「信託」および「勅許(charter)」に源流を持つ。信託とは、資産を有する委託者が、目的をもってその財産を受託者に移転させ、受託者は受益者のためこの財産を運用・分配することと理解される。また、国王がある活動に許可を与える勅許は、事実上の法人化として機能し、自由に法人が設立できるようになった今日も、定款にその慣用句としてのチャーターが残る。

17世紀初頭のエリザベス救貧法や、チャリティ・ユース法は公益活動と信託を結び付け、制定化したもので、伝統的な勅許をもとにする公益信託の基礎を確立した。また、同時期、英国では経営権と利益の独占をもくろみ、東インド会社が同じく勅許により設立され、その経営体制は、産業向けコーポレート・ガバナンスの原点とされた。その後、産業革命時に興った多くの事業は、信頼される商取引慣行や市場の確立を求め、投資を目的とする信託、およびこれにかかる受託者責任、それに準則主義による法人設立の自由化といった一連の法整備が19世紀に実施され、今日に至る。

チャリティにおいても、19世紀の公益信託法により自由な設定が認められるとともに、その活動は公的機関であるチャリティ委員会の監督下に置かれ、前述の受託者責任にかかる法の対象となる。英国では公益信託によるチャリティ活動が機能したため、アメリカのような財団法人は今世紀まで広がらなかった。

英国法を受け継ぐアメリカは、州ごとに異なる法制のもと、社員に対する剰余金の分配可否で、非営利・営利法人を区別し、分離された法制を置く州がある一方、ひとつの一般会社法で対応する州もある。また、理事・取締役はdirectorで統一され、注意義務を含む受託者責任は双方、共有される概念で説明される。

サーベンス・オクスリー法は、上場会社に向けた内部統制システムの整備・運用責任を求め、各州の非営利法人規制でも理事の内部統制にかかる責任が整備された。また、上場会社においてはSEC(米国証券取引委員会)および証券取引所がその実効性を担保する機能を担ったが、公益法人の場合は、連邦歳入庁に提出する報告書に求められたガバナンスに関する詳細な記述が実質的にこれを律している。報告書は公衆の閲覧に供され、これを分析する組織、および寄付者によるチェック機能の実効性を高める。公益活動の情報開示は募金活動に大きな影響を与え、ときには株主アクティビズムならぬ寄付者アクティビズムに晒されるということだが、株主によるチェック機能同様、寄付文化の定着に寄与していることは間違いなさそうだ。

公益活動との協働における諸問題

信託は、受益者と委託者を一体とすることも可能で、その典型が投資信託であり、会社型投資信託の発展形である株式会社も、出資者が株主として、その利益分配を受けることができる。これは、株主とは異なり受益者に理事の選任権が付与されない点とあわせ、共通するルーツを持ちながらも委託者と受託者が異なる公益法人と、事業法人の最も大きな違いとなって双方の協働に影を落とす。

委託者と受益者が分離される公益法人の役員は、受益者にはなれないから、業務執行の成果である剰余金からの分配が認められず、キャピタルゲイン以外のインセンティブの検討が必要である。この場合、効率的な経営実績に対する評価の他は、どうしても本人の尊厳欲求や自己実現欲求などの高いレベルの非金銭的「至高体験」 に依存せざるを得ない。

2009年にハーバード・ビジネス・スクールの学生によって出版された"The MBA OATH"は、大雪が降った翌日に雪かき用スコップの販売価格を吊り上げる行為が妥当であるか問いかけ、一般大衆でこれを妥当とする回答は18%のみである一方、MBAの75%はこれを適切と回答したというアンケート結果を引用、営利を追求する目的が原因でMBAと一般大衆の考え方がかけ離れている例を紹介、経営管理大学院で修士を修めた者が高潔性、利害関係者の利益保護、誠意などのモラルを宣言する活動を行った。受託者の社会的責任のあり方に一石を投ずる意見だが、それぞれには道理があり、事業会社の役員のみならず、公益法人も傾聴すべき内容であろう。

法人経営手法の共有と相乗効果の発揮

営利・非営利を問わず活動の法人化は、優れたリーダーと統制のとれた組織が不可欠である。法律では規律できないマネジメントの領域であるが、英国で始められた具体化策が上場会社向けのコーポレートガバナンス・コードである。そして、公益組織においても2005年にチャリティ・ガバナンス・コードが作成され、理事のリーダーシップ、監督機能の強化、透明性向上など企業向けコードと同じ趣旨が盛り込まれた。証券取引所や投資家からの規律が効かない公益団体の活動に対しては、歳入関税庁による税制適格要件を満たすため、Comply or Explainに類したApply or Explain原則による有効性強化も図られている。

上場会社向けコーポレートガバナンス・コードを採用したわが国でも、公益法人協会により独自の公益法人ガバナンス・コードが公表され、その有効性向上のため内閣府における議論が続けられている。法人組織の効率経営のため、監督機能や透明性向上など、攻めのガバナンスの共通点も見える。政府、公益法人および事業法人は、地球環境問題や労働分配率の改善など、喫緊の課題に立場を超えて協働すれば困難な道を開くことができよう。その役割を担う理事・取締役(directors)から高い資質、そして経験と実績を有する人材が一人でも多く輩出されることに期待する。

関孝哉氏

関孝哉
立正大学経営学部教授
英国インペリアル・カレッジ卒、東洋信託銀行、日本投資環境研究所等を経て現職。アンリツ株式会社社外取締役、ガバナンスに関する政府研究会委員等を歴任。コーポレート・プラクティス・パートナーズ株式会社取締役 日本取締役協会国際部委員 京都大学博士(経済学) 

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