本報告書の目的は、モニタリング・モデルを採用する会社における監査委員会・監査等委員会の監査について整理することにより、監査委員・監査等委員に就任した取締役の方がモニタリング・モデルにおいて期待される自らの役割を考える際の参考にする手がかりを提供することにある。
周知のとおり、モニタリング・モデルは、アメリカで発展した取締役会についての考え方である。アメリカのモニタリング・モデルでは、経営の評価の基本となる会計の信頼性を確保するため、会計監査の実効性を確保することが監査委員会の役割として期待されるもっとも基本的なものである。そして、アメリカのモニタリング・モデルの考え方に強い影響を受けつつ、日本の監査役制度との整合性も取りつつ設計されて2002年商法改正(1)で導入されたのが、現在の指名委員会等設置会社である。その結果、指名委員会等設置会社の制度は、アメリカを参考にしてはいるものの、監査役制度との連続性もかなり意識した日本独自の制度として立法された。すなわち、監査役制度においては、会計監査のみならず業務全般にわたって適正性の監査(業務監査)を監査役が行うこととなっており、その制度のかなりの部分が指名委員会等設置会社の監査委員会についても会社法で規定されている。他方で、監査委員会は、その構成員に常勤者がいないことが許容されているなど、監査役制度との違いがある。
それでは、取締役である監査委員としては、具体的に何をどこまでやることが求められているのか。本報告書は、この点について可能な限りでの具体的な整理を試みる。
IIでは基本的な概念の整理を行う。IIIでは指名委員会等設置会社における監査の現状と課題について検討する。IVでは監査委員会の組織監査のあり方と今後の展望について検討する。Vでは以上の検討をまとめる。IIIは佐貫葉子弁護士が、IVは太子堂厚子弁護士がそれぞれ担当し、そこでは実務的な視点からの議論を展開する。I、II、Vは研究者の飯田が担当する。
以下では、指名委員会等設置会社の場合を念頭に置くこととする。監査等委員会設置会社においても、モニタリング・モデルを採用する場合には、指名委員会等設置会社と同様の役割が監査等委員会に求められることとなるものの、記述の簡単化のため、モニタリング・モデルと最も親和性の高い指名委員会等設置会社にのみ言及する。
■Ⅲ以降は日本取締役協会ホームページにてご覧ください。
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⑴ はじめに
指名委員会等設置会社の監査委員会は、監査がその職務である(会社法第404条第2項、第405条~第407条)。会社法に「監査」の定義規定はないので、その意味は解釈にゆだねられている。そこで、以下では、監査役の監査として説かれてきた概念を参照しつつ、監査委員会の監査の概念の整理を試みる。なぜならば、上記のとおり、指名委員会等設置会社の監査委員会の制度は、監査役制度との連続性がかなり意識されて設計されているからである。
⑵ 監査役の監査と適法性監査・妥当性監査
まず、比較対象の監査役設置会社における監査役の職務について確認する。
監査役の職務は、取締役の職務の執行の監査である(会社法第381条第1項)。監査役の監査とは、取締役の職務の執行の法令・定款違反又は著しい不当性の有無をチェックし、指摘することであると一般に理解されている。(2)監査役は、取締役会の構成員ではなく、業務執行機関の外部から取締役の職務執行を監査する。
監査役の監査は、業務監査と会計監査に分類されて理解されてきた。会計監査とは、会計に関する監査をいう。業務監査とは、会計監査を含む会社業務の全般を監査することをいう。
監査役の業務監査は、適法性の監査に限られると解されてきており、法令・定款違反がないかどうかの監査が中心となる。これを適法性監査と呼ぶ。取締役の法令・定款違反行為については、それをやめるように監査役が請求できる(会社法第385条)。また、会社と取締役との間の訴えにおいては監査役が会社を代表する(会社法第386条)。
経営の妥当性を監査すること(これを妥当性監査という。)は、監査役の本来的な権限ではないと考えられてきた。なぜならば、妥当性をめぐる意見の対立は、最終的には人事(誰を代表取締役にするか)で決着をつけざるを得ないからである。代表取締役の選定・解職の権限は取締役会にあり、監査役にはない。(3)監査役が作成する監査報告についても、取締役の職務の執行の妥当性は記載事項とはされていない(会社法施行規則第129条第1項)。
しかし、取締役の業務執行の不当性が著しい場合には、取締役の行為は、善管注意義務違反として違法になる。だから、善管注意義務違反の有無を調査することは、適法性監査に含まれる。すると、結局のところ、監査役は、経営の著しい不当性の有無をチェックすることになる。そのため、適法性監査と妥当性監査には、連続している側面がある。
また、監査役による業務・財産状況の調査(会社法第381条)に対して、取締役・使用人は妥当性の問題しかないとの理由で拒絶することはできないと解されている。(4)そして、監査役が取締役会で意見を述べる(会社法第382条)際に、妥当性の問題として制約を受けるべきではないと解されている。(5)つまり、適法性監査と妥当性監査の区別という概念整理は、妥当性の事項だとの理由で監査役の権限の制約を認めるようなものではない。
むしろ、現在の会社法では、監査役は、次のように、一定の場面では、妥当性について意見を述べたり、妥当性を考慮して行動したりすることが求められる場面がある。第1に、監査報告において買収防衛策について意見を述べなければならない(会社法施行規則第129条第1項第6号)。これは適法性のみならず妥当性に立ち入って意見を述べることが義務付けられていると解されている。(6)第2に、監査役は、内部統制システム(そのなかには、当該株式会社の取締役の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制(会社法施行規則第100条第1項第3号)が含まれる。)の整備についての取締役会決議の内容および当該体制の運用状況が相当でないと認めるときは、監査報告にその旨及びその理由を記載する(会社法施行規則第129条第1項第5号、第130条第2項第2号)。第3に、監査役には、会社・取締役の間の訴訟等における会社を代表する権限が与えられている。このように、会社法では、監査役に個別具体的な権限において妥当性監査を認めたり、訴訟の代表権のように監査役が業務執行そのものを担うことが認められるようになっている。(7)
以上のように、適法性監査と妥当性監査の区別は相対的である。このことを踏まえて、近時の会社法学説では、監査役監査は適法性監査に限られるのか、それとも妥当性監査にも及ぶのかという問題設定自体が不適切であり、監査役の個々の権限行使ごとに監査の範囲を判断すればよいとする見解が有力である。(8)
⑶ 監査委員会の監査
指名委員会等設置会社の監査委員会は、執行役および取締役の職務執行を監査する(会社法第404条第2項第1号)。
この監査権限には、違法性監査のみならず、妥当性監査の権限も含まれると解されてきた。(9)すなわち、監査委員は、執行役の職務執行に妥当性に欠ける事柄を発見したときは、取締役会に報告して、その解任権等の監督権限の発動を促すべきものである、と平成14年改正の立案担当者は解説していた。(10)そのため、監査役監査は適法性監査に限られるのに対し、監査委員会監査は適法性監査のみならず妥当性監査にも及ぶ、と一般化した対比がなされてきた。
もっとも、近時の会社法学説では、このような一般化した対比を疑問視する見解も有力である。(11)なぜならば、第1に、上述のとおり、監査役監査において適法性監査と妥当性監査の区別は、少なくとも今日の会社法においては、相対化しているからである。第2に、監査委員会の監査報告の記載事項においても、やはり、執行役・取締役の職務の執行の妥当性は記載事項とはされていないからである(会社法施行規則第131条第1項)。したがって、実質的には監査役と監査委員会とでその監査の対象に大きな違いはない、といった理解が学説では有力になってきている。(12)このような視点からすると、2002年改正の立案担当者の説明については、次のように整理することも可能である。すなわち、たしかに、2002年改正の立案担当者が言うところの「監査委員の妥当性監査」は、監査の職務に由来するということも可能だが、取締役会の構成員としての職務に由来するものということも可能である。監査の概念は、監査役のそれと監査委員のそれとで基本的な性質は同じであると考えることにも合理性があることからすると、むしろ、監査委員の妥当性監査の権限は、監督機能を担う取締役会の構成員としての職務に由来するものと位置付ける方がよいとの考え方にも説得力がある。(13)もとより、監査役と監査委員とでは、会社法によって与えられる権限などに違いはあるので、その違いに基づいて両者の監査の内容に違いがあるのは当然ではある。しかし、監査役監査には妥当性監査は含まないが、監査委員監査には妥当性監査は含まれる、というように、監査の基本的性格に違いがあると解する必要性は、少なくとも現行法の下ではないとの考え方も、十分にあり得る。
なお、監査委員会にも、買収防衛策についての意見、内部統制システムの整備についての取締役会決議の内容および当該体制の運用状況の相当性についての監査報告(以上につき会社法施行規則第131条第1項第2号参照)、および、会社・取締役の間の訴訟等における会社を代表する権限(会社法第408条)が与えられている。これらは、妥当性に関する事項についての権限が明確に監査委員会に与えられている例である。そして、このことは監査役の場合と同じである。つまり、監査委員会の監査が適法性監査に限定されるのか、それとも妥当性監査にも及ぶのかという問題設定をするとしても、それは個別の権限ごとに判断するしかないことは、監査役の場合と同様である。
そして、監査委員である取締役は、取締役会で議決権を行使できる点で監査役と異なっており、適法性監査と妥当性監査についてどのように概念整理するかに関係なく、執行役・取締役の職務の執行の妥当性を考慮する必要がある。たとえば、経営計画のKPIの途中経過の実績値からすると目的が未達になりそうである場合とか、ROEが長年3%程度なので8%以上にすることを目標としているのに従来の惰性的な経営が継続してしまっていて本来とるべきリスクがとられていないような場合があったとする。このような場合の対応は、基本的には取締役会による経営者の監督の問題である。だから、監査委員である取締役は、監査委員である取締役以外の取締役と同様、取締役会の構成員として取締役会において適切に対応することが必要である。
監査役の監査権限については、複数の監査役がそれぞれその権限を行使することができる。このことを独任制という。監査役会が設置される場合でも、独任制の性質は変わらない。たとえば、監査役は、いつでも会社の業務・財産の状況の調査をする権限があり(会社法第381条第2項)、監査役会は、その調査の方法に関する事項の決定はできるものの、監査役の権限の行使を妨げることはできない(会社法第390条第2項但書)。
これに対して、指名委員会等設置会社の監査委員会の場合は、監査委員会が選定する監査委員が調査権限を行使することができるものの(会社法第405条第1項)、調査に関する事項についての監査委員会の決議があるときは、これに従わなければならない(会社法第405条第4項)。つまり、監査委員会の監査委員の権限については、独任制の設計はとられていない。
このように、独任制がとられているかどうかに違いがある理由は、監査委員会の監査の方法は、次のようなものとなることが想定されているからである。すなわち、一般に、監査委員会における監査は、「取締役会が設ける内部統制部門を通じて監査を行う」(14)ものであり、「内部統制システムが適切に構成・運営されているかを監視し、必要に応じて内部統制部門に対し具体的指示をなすことが、監査委員会の任務である。」(15)と解されている。そのため、もしもこの指示を出す権限が複数の監査委員に与えられていると組織が混乱するから、監査委員会では独任制の仕組みは取られていないと説明されている。(16)
このように、監査委員会の監査委員は、その監査の職務の全部を自分でやる必要はないことを当然の前提として制度が設計されている。そのため、監査委員会監査のことを、専門家や監査部門等のスタッフに監査させる監査と呼ぶことも可能である(以下「させる監査」という。)。また、監査委員会の監査は、内部統制にかかわる部門(会社によってさまざまな呼称はあるだろうが、内部監査、経理、財務、法務、コンプライアンスなどの各部門)と連携して行う「組織監査」が想定されているということができる。
監査委員会は、全員が社外取締役であっても構わない制度設計になっているし、現に日本の上場会社の一部にはそのような会社もある。社外取締役は、その定義上、その会社にフル・タイムを捧げることなどできない者であることが想定されているから、監査の職務の全部を監査委員が自分でやる必要はないということも制度上、当然に予定されているといえる。また、指名委員会等設置会社の内部統制システムの整備についての決定が義務づけられる(会社法第416条第1項第1号ホ)理由は、監査委員会には常勤監査役(会社法第390条第3項)に相当する常勤者を置かない場合もあることが想定されているからであると説明されている。(17)なお、以上のことは、監査役の場合には全部を自分でやる必要があることを意味するわけではない(18)ことに注意が必要であるものの、本報告書ではこの点には立ち入らない。
そして、「させる監査」を機能させるために重要なことは、実際に監査を行うスタッフの充実、連携、および、業務執行者からの独立性の確保である。内部監査部門との連携や、監査委員会事務局の設置と専任スタッフの配置など、実務上は様々な工夫があり得る。
もっとも、社外取締役は、その性質上、その会社の情報を十分に持たないことが想定される。そして、「させる監査」を中心に監査の職務を実行する場合、監査委員である社外取締役がますます会社の情報に疎くならないかという懸念があり得る。実務上、社内出身の監査委員が「常勤」監査委員として経営会議に出席するなどの工夫がされていることは、このような視点から見て合理的である。
他方で、監査委員会が社外取締役のみで構成されることのメリットとしては、監査委員会の独立性をより高くできることを指摘できる。そこで、社外取締役のみで監査委員会を構成する場合には、情報収集については監査委員会事務局スタッフに多くを委ね、そのスタッフの人事について監査委員会が同意権をもつなどしてそのスタッフの経営陣からの独立性を確保するといった工夫が必要となろう。
これらの実務上の工夫・留意点については、IIIとIVで詳しく論じられる。,
以上のように、させる監査を監査委員会の監査の基本として位置づけて理解する立場をとるとしても、監査委員会が業務執行の不正の端緒をつかんだ場合には、監査委員会が主体的に活動するべき場面もあり得る。たとえば、CEOが組織的に違法行為を行っていて、その隠ぺい工作も組織的にしているような場合などが考えられる。
現に、会社法第405条は、監査委員会が選定した監査委員には、広範な調査権および報告を徴収する権限を与えている。監査委員会にこのような調査権・報告徴収権が与えられていることは、監査委員会が詳細な調査を行うことが期待される場合があることを意味するといえる。(19)また、近時の実務では、不祥事の嫌疑の内容や程度によっては第三者委員会を設置することも多い。そのような第三者委員会の設置や、その委員の選定のプロセスなどにおいて、監査委員会は重要な役割を果たすことが期待されることもあるだろう。これらについては、IVで論じられる。
NOTE
飯田秀総
東京大学大学院 法学政治学研究科 准教授
東京大学法学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。Harvard Law School LL.M.(Master of Laws)。2003年司法修習(第56期)修了。2010年神戸大学大学院法学研究科准教授、2017年より現職。主な単著としては、『公開買付規制の基礎理論』(商事法務、2015年)、『株式買取請求権の構造と買取価格算定の考慮要素』(商事法務・2013年)、共著としては、『会社法判例の読み方-判例分析の第一歩』(有斐閣、2017年)、『M&A契約研究 理論・実証研究とモデル契約条項』(有斐閣、2018年)、『数字でわかる会社法 第2版』(有斐閣、2021年)など。