気候変動への取組みは待ったなし~世界の最新動向

2023年6月15日

銭谷美幸(三菱UFJフィナンシャルグループ グループ・チーフ・サステナビリティ・オフィサー兼三菱UFJ銀行 チーフ・サステナビリティ・オフィサー)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.12 - 2023年4月号 掲載 ]

自然と共に生活してきた日本人にとっても、近年国内外で発生している自然災害の規模や頻度が、従来認識していた状況とはどうも違うと実感し始めている。「数十年に一回の大雨や台風」とニュースでいわれていたものが実際は発生場所も拡大、頻度も上がっている。その結果、保険会社に留まらず、企業においても気候変動による物理的リスクを把握し、一方ではビジネス機会として捉えTCFD(1)開示を充実する企業が増えてきている。

さて、私は、昨年2022年11月にエジプト開催の気候変動枠組条約を議論するCOP27と同12月にカナダ開催の生物多様性条約(CBD)を議論するCOP15第2部に参加してきた。ニュースを通じて概要はご存知と思うが、実際に参加し印象に残った点を幾つかご紹介したい。

COP27(エジプト)

2021年秋、英国開催のCOP26において、「世界の平均気温上昇を産業革命前に比べ1.5度以内に抑える努力をする合意」がされた。また金融機関がネットゼロに取り組むGlasgow Financial Alliance for Net Zero(GFANZ)も正式に発足し、世界が連帯する機運が高まった。しかし2022年2月からのウクライナ侵攻の影響で、サプライチェーン上の課題や地政学的リスクから、エネルギー価格の急上昇や生活物資の高騰、また米国内の政治的影響もあり一部の機関投資家のGFANZ脱退の動きなど、ネットゼロに向けた取組にブレーキがかかった印象があった。しかしCOP27に参加してみると、更に持続可能(サステナブル)な社会に向けた取組を加速し、それに関わる投融資資金の更なる拡大を進める姿勢を目の当たりにした。同時にアフリカ大陸のエジプトでの初開催ということもあり、同大陸のみならず、南米等からの参加国による工夫を凝らした大規模パビリオンでは、数多くのプログラムが企画され、欧米諸国がこの地域の成長を取り込むべく対話を進めている様子が窺われた。

国内報道ではあまり取り上げられなかったパビリオンとして、Child & Youth館がある。規模は日本館より大きく、日本を含め世界各地から地球環境問題に取り組む若者が多数集まり連日セッションを開催し賑わっていた。若い世代にとって、2030年・2050年目標は、自分自身の日常生活に直結することから地球環境危機に対する逼迫感が各段に違うのを実感した。

また、Just Transition(公正な移行)や Climate Justice(気候正義)をテーマにしたパビリオンも多く集客していた。ここで使われているJustは、ESGにおける社会課題(S)で「公正・公平」であることを意味している。Just Transition館では、化石燃料産業による事業構造転換で、そこに従事する労働者の雇用リスクを防止するリスキリングやグリーンジョブの創出に向けた取組を紹介する場が数多く見られた。Climate Justice館では、気候変動の影響での途上国における干ばつ被害や再エネ設備新設のための土地獲得におけるコミュニティへの人権配慮等に関するパネルが関心を集めていたが、最終合意に時間がかかった「損失と被害」補填基金の創設にも連なるテーマである。

コロナ前との違いとして、社会全体のサステナビリティ向上に向け、企業に対して環境対応と社会視点を同時考慮し議論・対応することへの期待の高まりを実感した。

COP15(カナダ)

次に、カナダ・モントリオールで開催されたCOP15であるが、経団連自然保護協議会デリゲーションの一員として参加した。生物多様性COPとして初の「ファイナンス・デー」が設けられ、今年秋に最終化される予定のTNFDに関するセミナーや生物多様性関連ファンドの紹介等、金融機関にとって関心の高いサイドイベントが多数あった。地球規模課題におけるグローバル金融機関に対する役割期待の高まりや、GFANZを参考に金融機関による社会的インパクトを生物多様性の領域においても活かしたいとの姿勢が強く意識されていた。

COP27参加時も、COP27とCOP15は兄弟姉妹の関係、と表現する登壇者が多くいた事や、ファイナンス・デーに、前イングランド銀行総裁のマーク・カーニー氏とISSB会長で元ダノン会長のエマニュエル・ファベール氏両氏が並んで登壇したことも象徴的である。カーニー氏は、生物多様性喪失と気候変動が密接に関係していることから気候変動対応の重要性を、またファベール氏は「息を止める」たとえを使ったスピーチで、見えないが人間が生きてゆく上で欠かせないものとして生物多様性の重要性を強調した。

COP15の成果としては、2030年までに陸と海のそれぞれ30%以上を保護・保全(30 by 30)、自然を活用した解決策等を通じた気候変動の生物多様性への影響の最小化、ビジネスによる影響評価・情報公開の促進等があり、TNFD(2)開示フレームワーク構築に繋がる。現地では、世界での食糧問題や感染症拡大の状況を踏まえ、生物多様性喪失への緊急対応の必要性から、強制開示を求める声が多かった。日本では次期生物多様性国家戦略が3月に策定される。

気候変動対応に加え2023年3月期から有価証券報告書におけるサステナビリティ開示の拡充が確定しているが、今後は、生物多様性に関しても、事業運営にとって、どのようなリスクと機会となるのかについて、取締役会で議論することが求められると推測している。

また、気候変動対応が日本のエネルギー自給率問題と関連しているように、生物多様性喪失が食料自給率や健康問題と密接に関連している事を実感する場となった。

NOTE

  1. TCFD Task force on Climate-related Financial Disclosures)気候関連財務情報開示タスクフォース。
  2.  
  3. TNFD Task force on Nature-related Financial Disclosures)自然関連財務情報開示タスクフォース。TCFDの生物多様性版。
銭谷美幸氏

銭谷美幸Miyuki Zeniya
三菱UFJフィナンシャルグループ グループ・チーフ・サステナビリティ・オフィサー兼三菱UFJ銀行 チーフ・サステナビリティ・オフィサー
野村総合研究所、外資系投資顧問、JASDAQ上場企業財務・経営戦略担当役員、女性初の地方銀行副頭取、再エネ上場企業の社外取締役などを務める。第一生命ホールディングスでは経営戦略部門にてグローバルサステナビリティ推進と事業戦略の統合などに従事。2022年10月より現職。2021年3月 Global Top 50 women in Investment Management by Institutional Investorの一人に選出。外務省「ビジネスと人権に関する行動計画推進作業部会」委員、経団連「金融・資本市場委員会建設的対話促進ワーキング」座長など要職多数。

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