2023年7月17日
藤本周(International Corporate Governance Network, Japan Adviser)
国際コーポレートガバナンス・ネットワーク(ICGN)は1995年、持続的な経済、社会、環境に貢献する長期的な企業価値向上を目的として、高いレベルのコーポレートガバナンスとスチュワードシップを推進する為にグローバルな機関投資家が中心となり英国で設立された団体です。日本のコーポレートガバナンスについては、20年以上前から関心を持ち、日本の政策当局、機関投資家、諸団体等と緊密に意見交換、提言等を行ってきました。
昨年10月、ICGNのCEOであるケリー・ワリングやICGN会員の機関投資家十数名が来日し、政策当局、関係諸団体と意見交換を行い、また、「日本のコーポレートガバナンスの優先課題」と題する意見書(1)を、東京証券取引所で開催したイベントにて発表しました。
本稿では、日本のコーポレートガバナンス改革は世界でどのような位置にあり、グローバルな機関投資家は、どのように評価しているのか、世界最大の機関投資家団体であるICGNの日本でのアドバイザーを務める視点より所感を述べさせて頂きます。
ICGNは、「日本のコーポレートガバナンスの優先課題」の中で、コーポレートガバナンスの基本中の基本である取締役会構成について、コーポレートガバナンス・コード2021年改訂版がプライム市場上場企業の独立社外取締役を2名から3分の1以上へと改訂した点について評価しつつ、過半数への早期の移行を促しています。ご承知の通り、欧米諸国では独立社外取締役過半数は長らく常識であり、その後塵を拝していたアジア諸国も、シンガポールは過半数以上、韓国も時価総額約2千億円以上の企業は過半数及び3名以上の独立取締役が義務づけられています。日本ではプライム市場上場企業の社外取締役3分の1以上への適合が上場規則上、2026年3月まで猶予されている状況からは、これらの国々と比較して劣後しているといわざるを得ません。
社外取締役を増やせない理由として日本では、社外取締役の人材が十分いないとの声がありますが、社外取締役の人材は実は潤沢にあるのではないでしょうか。日本の実業界において、経営全般、財務、人事、国際ビジネスなど多岐にわたる分野で20年、30年と経験された有能な人材が豊富におられる事を海外投資家は知っています。これらの方々は自ら勤めた企業又は企業グループ以外の企業で、自らの知見を活かし、助言、監督をし、長期的な企業価値向上、ひいては日本経済全体に貢献が出来ると確信しています。
また、社外取締役は数ではなく質が重要であるとの議論があります。もちろん、質は重要ですが質を確保する為にも一定の数が必要であるというのがグローバルな認識です。社外取締役は個人として経営陣と相対するのではなく、指名委員会、報酬委員会、監査委員会などにおいて他の分野の専門家である社外取締役と協働しチームとして助言、監督を行う事により有効に機能すると考えられています。1名か2名の社外取締役に何でも判断する役割を期待することは適切でないと考えられます。
日本のコーポレートガバナンス改革は2014年安倍内閣の日本再興戦略の一環として、日本企業の稼ぐ力を高め、その果実を国民(家計)に均てんさせる事を目的に開始されました。既に改革が始まって9年が経過したにもかかわらず、日本企業の収益力、成長性に大きな変化はなく、コーポレートガバナンス改革が果たして企業の収益力、成長性改善に効果があるか疑問を呈する声も耳にします。なぜ、日本企業がこのように長年取り組んでいるにもかかわらず成果が現れないのか、さまざまな意見が聴かれますが、大きな要因として日本の漸進主義があるのではないでしょうか。
改革を行う場合、施策は迅速に実行し効果を早く実現すべきというのがグローバルな投資家の認識ですが、日本の場合は、少数の後進企業にも配慮して護送船団方式で対処することが重視されています。取締役会構成については、アジアの諸国が比較的短期間に改革を実現したのに対し、日本は遅々として前進していないように思われます。この結果、日本企業の経営改革は遅れ、日本経済全体の成長力が損なわれているのではないでしょうか。
日本国内での心地良い調和の代わりに、世界における日本の経済力、成長力の低迷という大きな代償を払っているとの認識は余り聴かれず、海外投資家からは理解に苦しむとの声が聞かれます。現在、サステナビリティに関する企業の取組みが注目されていますが、堅牢なコーポレートガバナンスの土台なしに、多様な視点が求められるサステナビリティの取組みがグローバルに評価されるか疑問もあります。
日本に投資するグローバルな投資家としても、上記の状況は望ましい事ではなく、様々に日本のステークホルダーに改善を訴えていますが、最終的にその結果責任を負うのは日本国民、特に若い世代、または次の世代といえます。1990年にシンガポール国民の平均所得(一人当たりGDP)は、13千米ドルで、26千米ドルの日本国民の半分でしたが、2021年にはシンガポールは73千米ドルと、39千米ドルの日本の倍近くとなっています。
海外機関投資家がグローバルに株式投資をする場合に利用する指標にMSCIオール・カントリー・ワールド・インデックスがあります。これはグローバルな投資家が世界の企業に広く分散投資する場合に利用される指標です。この指標で1987年における日本への投資割合は39%でしたが、2022年現在5%と大きく減少しています。海外機関投資家もいつまでも日本が成長力を回復するまで気長に待てるわけではなく、投資家としての受託者責任において、より成長性の高い国の優良企業があれば、そちらに投資せざるを得ないのです。日本にとって猶予期間は残されておらず迅速に改革を進める事が必須ではないかと思われます。
NOTE
藤本周Amane Fujimoto
International Corporate Governance Network, Japan Advise
三井住友信託銀行にて上場企業へのガバナンス・コンサルティングを経て、2015~2019年金融庁企画市場局企業開示課の専門官としてガバナンス・コード、スチュワードシップ・コードの策定、改訂に従事。2020年より現職。