2023年7月17日
小西範幸(青山学院大学副学長 国際会計研究学会会長)
サステナビリティ経営が21世紀の企業経営を標榜していると考えると、コーポレートガバナンスを企業の方向づけと統制を行うシステムと捉えた「企業統治」の訳語は適当とはいい難くなっている。なぜなら、サステナビリティ経営の目的はステークホルダーのための価値創造と結びつき、取締役会の機能は多面的になっているからである。そこで「サステナビリティ経営に資するコーポレートガバナンス」という視点で、コーポレートガバナンスの本質とサステナビリティ経営の強化について検討してみたい。
英国では、1990年代からコーポレートガバナンス改革を行ってきていて、「コーポレートガバナンス・コード」および「スチュワードシップ・コード」のソフトローと、会計・監査・内部統制等に関するハードローとの有機的な連携をもって、その制度の確立が図られている。そこでは、コーポレートガバナンスについて、取締役会の適切な行動、並びに取締役会と株主の間の良好なコミュニケーションを促進する手段として捉えていて、取締役会の機能を企業統治という側面だけでは捉えていない。
「コーポレートガバナンス・コード」では、取締役会のリーダーシップと企業の目的についての原則の第一に、「成功する企業は、効果的で企業家的な取締役会が主導して、企業の長期にわたっての持続可能な成功を促進し、株主に価値を生み出し、より広い社会に貢献することを役割とする」ことを掲げている。
つまり英国では、企業経営と経済社会のサステナビリティの実現に向けての連結環としてコーポレートガバナンスを位置づけ、その改革は、サステナビリティ情報に係わる会計、監査および内部統制の一体的な拡充をもって可能せしめていて、サステナビリティ経営は必然的なものであった(図参照)。サステナビリティ経営の目的は、さまざまなステークホルダーのために価値を創造することであり、そこではイノベーションが遂行できる企業家的な取締役会の機能が求められることになる。
図:コーポレートガバナンス
21世紀に入り、ヒト、カネ、モノが国民国家(nation-state)の枠組みを超えて活発に移動し、各国経済の開放と、世界の産業、文化、経済市場の統合が進む現象が加速しているため、マクロ経済動向が結びついて企業は絶えず変化する多様なグローバルリスクに直面している。
このような経済環境下では、企業の内外に潜む「将来の不完全性」と「情報の不完全性」という不均衡の中にこそビジネスチャンスがあるのであって、それを新たなビジネスモデルに組み込んで、不均衡という課題の解決を図っていくことにイノベーションの普遍的な意義を見出すことができる。
その課題解決力こそが、まさにビジネスにおける創造力の源であり、取締役会には企業家的な機能が求められる。例えば、ビジネスプラン発案機能、組織管理機能、リスク負担機能が挙げられ、これらの機能を高度に結びつけることができる取締役会をもつ企業こそがサステナビリティ経営の実現を可能とする。ビジネスプラン発案機能は市場における問題発見能力と問題解決能力であり、組織管理機能は人事能力やリーダーシップのことであり、そして、リスク負担機能はビジネスモデルの遂行のイニシアティブを生む原動力となるリスク負担の意志である。
サステナビリティに係わる企業のリスクと機会(サステナビリティリスク)が中長期的には財務諸表の数値や企業価値に影響を与えるため、サステナビリティ経営では、経営戦略上の最重要課題の一つとしてサステナビリティリスクを位置づけることが肝要となる。それには、長期的価値を生み出す企業の能力を持続発展させる企業活動の測定と管理・評価、そして報告までもが一貫した「統合リスクマネジメント」の推進が求められる。
サステナビリティ経営の目的はさまざまなステークホルダーのために価値を創造することと結びついているため、ステークホルダーを定義すると、企業の存続と成功に不可欠な存在(集団)となる。そのステークホルダーとの良好なコミュニケーションを促進する手段がコーポレートガバナンスであり、取締役会の単なる行動および対話より複雑で多面的であり、かかる行為は企業、株主およびその他ステークホルダーの間に存在する関係性と関連性を反映したものとなる。コーポレートガバナンスの効用は、企業価値の向上、企業内の可視化、情報価値の向上などを通した経営力の強化である。
国際連合が提唱している「持続可能な開発目標(SDGs)」を達成するには、経済成長、社会的包摂、環境保護という3つのサステナビリティに関する主要な要素を調和させることが不可欠であり、この国際社会のニーズに合致させるようにサステナビリティ経営の拡充が必要である。サステナビリティは、「将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく現代のニーズを満たす発展」を意味する用語である(1987年に国際連合に設置された「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」が発表した「地球の未来を守るために(Our Common Future)」の中で使われた定義)。
環境、社会、ガバナンス(ESG)に配慮している企業を選別して行うESG投資の進展によって、ESG評価の高い企業ほど事業活動の社会的意義やサステナビリティが優れていると判断されるようになっている。加えて、ESG情報を中心としたサステナビリティ情報の報告基準が国際的な機関、例えば、国際会計基準審議会(IASB)と並列する国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)などから公表されることも、サステナビリティ経営の拡充を後押しすることになる。
日本では、600社以上の上場企業が自発的に国際統合報告評議会(IIRC)の『国際統合報告フレームワーク』や『GRIスタンダード』等を参考にした統合レポートの公表を行っている。統合レポートでは、ガバナンス責任者の有効な関与が不可欠なものとなっていて、一方、サステナビリティ経営では、企業家的な取締役会の下、サステナビリティ情報の評価および報告プロセスの一体的な整備が不可欠となっている。その結果、コーポレートガバナンスの効用が高まってサステナビリティ経営が強化されることになる。
小西範幸Noriyuki Konishi
青山学院大学副学長 国際会計研究学会会長
ダブリン大学トリニティカレッジ経営大学院客員教授、岡山大学大学院教授などを経て、2009年より青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科教授。百十四銀行社外取締役(監査等委員)、WICIジャパン 統合リポート・アウォード審査委員など。近著:『サステナビリティ情報と会計・保証・ガバナンスの展開』(2022年)日本監査研究学会課題別研究部会・中間報告書。博士(経営学)。