味の素グループ 企業価値向上の処方箋

2025年2月 6日

藤江太郎(味の素株式会社 取締役 代表執行役社長 最高経営責任者)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.17 - 2024年12月号 掲載 ]

実行力を磨き込む経営に変革

2023年、味の素グループは、3カ年中期経営計画(中計)の策定をやめました。それは、計画中心の経営から実行力を磨き込む経営に進化させ企業価値を持続的に向上させるためです。

味の素グループでは長きにわたって3カ年中計を策定していました。しかし、PDCA(Plan-Do-Check-Action)ではなくPPPP(Plan-Plan-Plan-Plan)病に陥り、2019年頃、企業業績と株価が低迷、社内外からの批判にさらされ、苦難の日々が続いていました。このような状況を打破するべく、前CEOの西井が覚悟を決め、2020年に強い危機意識をもって変革の取り組みをスタートしました。企業風土が一部で3U(内向き・上向き・後ろ向き)になっていたことが本質的課題であることを見出し、それらを乗り越え再び成長路線に戻すための各種変革に取り組み、業績も底を打つことができました。

2022年4月、私はCEOのバトンを受け継ぎました。就任前から前CEOといかに変革路線を推進するか議論を重ね、受け継ぐものは「ASV経営」と「志×熱×磨」、変えるべきものを「スピードアップ×スケールアップ」と決めた上でスタートを切りました。そして、まずはスタートダッシュが肝心であると考え、100日プランに取り組みました。原燃料価格高騰の中での適時適切な値上げ、課題の徹底的洗い出し等、クイックウィンを実現できたことがその後の施策への一定の理解につながったと思います。

※Ajinomoto Group Creating Shared Value 事業を通じた社会価値と経済価値の共創。

挑戦を善とする六つの処方箋

当社では企業発展の原動力は四つの無形資産(人財資産・技術資産・顧客資産・組織資産)とし、それらを豊かにする企業文化の進化が重要と考えています。企業の「文化」とは何か。文化とは意図的に自らの手で作り上げていく考え方や行動パターンであり、無意識のうちに自然にできあがっている風土とは異なるもの、と位置づけました。主体的で挑戦を善とする企業文化に向けた六つの処方箋を紹介いたします。

一つ目は、「志」(パーパス)=「アミノサイエンス®で、人・社会・地球のWell-beingに貢献する」の進化です。「志」に対し、やらされではなく一人ひとりの心に自然と灯がつくにはどうするか、その答えは「志の重なり探し」ではないでしょうか。「一人ひとりが持っている人生の「志」と味の素グループの「志」の重なりを見つけよう!」という考えのもとで、「マイパーパスワークショップ」を進めています。2023年秋、まずは全執行役25名からスタートし、現在グループ・グローバルに展開中です。

二つ目は、ADVマネジメントサイクルです。「志」を実現するため、我々はASV経営を推進しています。まずは対話で、CEOのみならず執行役やリーダーが従業員との対話を強化しています。次に個人目標発表会で、一般的に個人目標の共有は上司・部下間で行いますが、当社は職場全員(20~30名が多い)の前で発表することで自分の目標が組織目標やASVにどう貢献しているか理解が深まり、当事者意識が高まります。そして、優れた取り組みを表彰するASVアワードは2016年度から継続して実施しておりASVの理解や推進につながっています。さらに、エンゲージメントサーベイで毎年、部門や職場ごとに課題点をモニターし、解決していくことで、高いレベルでエンゲージメントを維持・向上できています。

三つ目は、コーポレートガバナンスの進化です。2030年の「ありたい姿」を描き、そこから遡ってロードマップを策定(2030ロードマップ)、実行力を磨き続ける中期ASV経営に進化させようとしています。そのためのガバナンス強化の一つとして、取締役会の実効性評価を「①経営の大きな方向性を示す、②執行の監査・監督、③執行のリスクテイクを支える」と定めています。以前の取締役会は上記②執行の監督・監査が中心で、社外取締役が質問・意見し社内取締役が返答するという形が主でした。現在は、①と③を強化しています。郊外の宿泊施設に集まり意見交換会を開催し、本質的議論を行うことで取締役会の実効性が大きく向上しています。

四つ目は、「手挙げ文化」の推進です。人は、やらされるよりも、主体的に自分自身の意思や判断に基づいて決定し行動した方が、やりがいも、面白さも感じられるものだと思います。社内公募制度を強化しており、2021年度まで年間20件前後だった公募への応募件数が2022年度、2023年度ともに約140件となりました。異動希望の実現も強化しており、今年4~7月では41%の従業員が公募または本人のキャリアプランに沿った異動をしました。

五つ目がサステナビリティの推進です。サステナビリティ推進をASV経営の根幹とし2021年4月に「サステナビリティ諮問会議」を取締役会の下部組織として設置しました。メンバーは、社内外取締役と各分野を代表する社外有識者で構成されています。マルチステークホルダーから見た味の素グループが期待される重要課題をサステナビリティの視点も含めて議論し、取締役会に答申するものです。特に、社会からの期待に応えていくということが、従業員一人ひとりにとってもやりがいや誇りにつながります。社会からの期待を集め、それに応えるための計画やロードマップをつくり、「熱意」をもって実行していく。「期待⇒計画⇒実行」のサイクルでASV経営がさらに強く推進されています。

六つ目は、タテ型組織がサイロ化することによる弊害の除去です。タテ型組織はそれ自体が悪いわけではなく、特に高度成長期では一糸乱れぬ統制力が競争力の源泉でした。それがサイロ化すると社内の利害対立、リーダーへの過度な忖度や指示待ち等の弊害で企業価値が低迷しがちになります。当社は、タテ型のよさは活かしつつDX推進などヨコ軸機能を強化しました。タテとヨコのリーダーがうまくコミュニケーションし全体最適の判断と行動ができるかが最も重要だと考えます。私も含めた経営トップがハンズオンで全体最適に取り組んでいます。

まだ途上ではありますが、3Uを乗り越え、企業文化が主体的で挑戦を善とするものに着実に進化してきていると感じています。その結果として売上・事業利益の最高値の連続更新、また2019年度比時価総額2.7倍(2023年度末時点)等の企業価値向上にもつながっています。2030ロードマップへの挑戦を通じて、更に実行力を磨き込み、持続的な企業価値向上を目指してまいります。

藤江太郎氏

藤江太郎Taro Fujie
味の素株式会社 取締役 代表執行役社長 最高経営責任者株式会社
1985年入社。人事、営業、労働組合を経験し、2008年中国食品事業部長、2011年フィリピン味の素社社長、2015年ブラジル味の素社社長、2017年味の素社常務執行役員としてグローバル人事、情報企画、グループ調達、スマートコーポレート、先進的働き方、健康増進責任者を担当。2021年食品事業本部長を経て2022年より現職。

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