2025年4月23日
熊谷五郎(公益社団法人 日本証券アナリスト協会 企業会計部長)
当コラムの過去2回で、PBR、ROICについて解説してきた。今回はWACCについて解説する。WACCとは、Weighted-Average Cost of Capital (加重平均資本コスト)の略称で「ワック」と読む。2023年3月の東証の要請、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の資本コストとは、WACC(または株主資本コスト)を意味している。
WACCとPBR、ROICとの関係は、
上記東証の要請とは、WACC、ROIC、PBRの関係をよく理解した上で、経営を実践して欲しいということを含意していると考えられる。
資本には株主資本(エクイティ)と負債(デット)がある。WACCの「加重平均」とは、株主資本コストと負債コストの「時価加重」を意味し、「簿価加重」でないことは、取締役の皆様には、ぜひ理解しておいて頂きたいポイントである。また、株主資本コストであれ、負債コストであれ、投資家の期待リターンを意味しており、配当利回りや約定金利を意味しているわけではないことも理解しておいて頂きたい。
さて、株式時価総額(E)と負債時価総額(D)(≒負債簿価合計)の和を「企業価値(V)」、株主資本コストをRe、負債コストをRd、法人所得税率をtとすると、
WACC=(E/V) x Re + (1-t) x (D/V) x Rd
と書ける。なぜ、負債に(1-t)をかけるかというと、利払いは損金算入対象であり、その分課税所得を小さくできるという、税務上のメリットがあるからである。
WACCは、設備投資や経営プロセスを見直す上でのベンチマークになる。例えば、新規の設備投資を検討する場合には、その設備投資から期待される将来キャッシュフローをWACCで割引いた現在価値が設備投資額を上回る場合に、設備投資を実行すべきである。また、ROICをその構成要素の分解した上で、自社の強み、弱みを把握し、ROICがWACCを上回るためには、どの要素を改善するのが、効果的かつ実行しやすいかを検討する。
株式資本コスト、負債コストの推定にあたっては、事業会社が自力で推定できればそれに越したことはない。しかし、取引先証券会社の投資銀行部門にアドバイスしてもらえば十分であろう。複数社と取引があるのであれば、各証券会社から得た資本コスト推定値を平均するなどして利用してもよい。その際、計算方法を必ず質問し、ブラックボックス化しないことが、極めて重要である。
このように自社のWACCを把握し、ROIC等との比較の上で、実行可能な施策を識別し推進することで、資本コストや株価を意識した経営を実践できる。その上で、投資家とのエンゲージメントに臨むなら、投資家との対話をより建設的なものにすることできるだろう。
熊谷五郎
公益社団法人 日本証券アナリスト協会 企業会計部長