日本で最初の商用コンピューターが導入されて来年で70周年となる。この70年間の技術の進歩は目覚ましく、その中で、これまでに何度か「元年」と呼ばれる革新を経てきた。典型的なのは、「インターネット元年」、「スマホ元年」であろう。そのたびに企業はそれらの革新的技術を自社システムに取り込み、業務の近代化、効率化、さらにはビジネスモデルそのものの革新を図ってきた。
最近では、一昨年末に公開されたChat GPTに代表される生成AIの性能向上と普及の速さに驚かれている方も多かろう。AIの歴史をたどればこれまでに3度ほどブームがあったとされるが、いずれも一般に普及するには至らなかった。しかし今回の生成AIは様子が異なる。自然言語でのやり取りができることもあり、瞬く間に一般ユーザーに利用が広がった。分野によっては人の代わりができるようになると期待されている。すでに2023年が「AI元年」と呼ばれている。企業経営者にとって、AIの利活用は今や喫緊の課題となっている。
一方で、昨今の企業経営では人的資本への投資に大きな関心が向けられている。経営者にとって難しいのは、人的資本が企業の持ち物ではなく、個人に帰属するという点であろう。企業が個人に投資しても、必ずしもその企業に期待通りのリターンがあるとは限らない。機械設備とは異なり、個人の心の問題が潜む。
それならば、AIに投資して人的資本を代替させればいいのではないか、AIには心の問題がなく、投資効率が良いのではないか、という考えもあろう。しかしこれは「経営に魔が差す」以外の何物でもない。人をもっぱらコストとみなし、支出を絞ることで利益を上げようという短絡的な思考に陥りかねない。「人は資本」という原点を見失ってはならない。人をど真ん中に据え、AIはあくまでも脇役と心得たい。主従を違えずに人にもAIにも適切な投資を行っていけば、AIはかつてない名脇役となり、人が人らしい仕事をする手助けをしてくれるに違いない。
株式会社野村総合研究所 取締役副会長
深美泰男