2020年5月10日
上田亮子(Director, Strategic Decision Support, Mizuho International plc)
直近のコーポレートガバナンス改訂のメインテーマとなっているのが、「政策保有株式」「報酬」「資本効率」である。本稿では、政策保有株や上場子会社について何が問題なのかを、投資家の視点を中心に長年の研究をもとに考察する。
政策保有株式については、金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」(以下、フォローアップ会議)において、もっとも多くの議論が行われた分野の一つである。
政策保有株式は、日本に特有のコーポレートガバナンスの実務慣行であり、相互保有株式(Cross-Shareholdings)や安定株主の問題とも関連づけることができる。政策保有株式は、国際的には例を見ない存在であり、筆者の経験では、海外当局やグローバル投資家に対して説明をしようとしても、これに相当する用語すら存在せず、戦略的保有株主(Strategic Shareholders)等の用語を創作して、その実態を説明しなければならなかった。スチュワードシップ・コードの策定によって企業と投資家との対話が進展するなかで、政策保有株主の存在により、対話の実効性に影響を与えているとの懸念ももたれている。日本のコーポレートガバナンスにおいて解決するべき課題の一つと認識されている。
本シリーズ「政策保有株式に関する規律強化」では、日本の政策保有株式、および関連して最近議論が進められている上場子会社について、コーポレートガバナンスの観点からの課題と実態、制度改正の方向性について考察を行う。
これまで、世界のコーポレートガバナンス改革の潮流が市場や株主からの規律に基づく経営の効率性の向上を目指すものであるのに対して、日本では伝統的にステークホルダーの位置づけが高く独自の展開を遂げていた(1)。なかでも、海外から日本のコーポレートガバナンスの特徴とされていたものが、取締役会の構成(社外取締役の不在)、株主との対話(メインバンク等のステークホルダーの存在と株主軽視)、政策保有株式(相互保有株式も含む)の3点であり、いずれも市場や株主による統治機能を失わせるものであるとして問題視されてきた。
取締役会の構成については、2014年会社法改正や2015年コーポレートガバナンス・コード策定による制度整備を経て、東証一部上場会社の取締役会における社外取締役の比率は30%を超え、すでに半数以上の会社において社外取締役が3名以上選任されている(日本投資環境研究所調べ)(2)。独立性や資質等の改善すべき課題も残されているが、取締役会の形式的なあり方については一定の改革の成果が見られたといえる。株主との対話については、2014年にスチュワードシップ・コードが策定され、機関投資家を中心とする株主との対話やエンゲージメントの土壌が整備され、企業もIR活動やSR活動に力を入れている。このように、取締役会の構成と株主との対話については、コードの策定および定着を経て、ベストプラクティスが共有されつつある。
これに対して、政策保有株式については、引き続き課題が残されているとして、国内外の投資家や政策当局も注視している。
上場会社の株式を活用した会社間の関係性の構築(3)という手法は、先進国市場においてはあまり見られず、日本に独特の実務慣行である。機関投資家等の少数株主や市場からの規律づけを阻害する要因ともなり、透明性と客観性に基づく長期的な価値向上を目指すコーポレートガバナンスの観点からも、国際的に批判が強まっている。日本市場の信頼性や国際的な競争力にも関わる問題であることから、コーポレートガバナンス・コードや情報開示の強化を通じて、市場全体での改善が進められている。政策当局としては、金融機関に対しては資本規制等の観点から政策保有株式の保有についての監督を行う余地もあるが、事業会社間の政策保有株式の保有については、コードと情報開示に基づく市場規律を通じた改善を促している。
政策保有株式は、日本市場の競争力という観点からも、将来の制度の見直しを含めて、政府の会議において議論が進められている。金融庁のフォローアップ会議では、企業、投資家それぞれの立場から多くの議論が行われ、その成果は2018年のコーポレートガバナンス・コード改訂として取りまとめられた。さらに、2019年4月にフォローアップ会議が公表した意見書(4)においても、2018年改訂コードを踏まえた企業の取組みを引き続き検証すると述べられている。
政策保有株式は、必ずしも相互に持ち合うだけではなく、一方が他方の株式を保有する場合や、複数の企業間で相互にあるいは循環的に保有し合う場合等、さまざまな保有の形態がある。
政策保有株主は、株主総会やM&等の重要な局面において、会社経営者に賛成の意思決定と株主権の行使を行うため、会社にとっては安定株主として期待されている。他方では、このような政策保有株主の存在は、場合によっては会社経営者のモラルハザードをもたらし、機関投資家などの少数株主と会社との対話の実効性を阻害するおそれもあるとされる。
図表1は、このような観点から、2010年以降の政策保有株主と機関投資家の保有比率を示している。政策保有株主には、政府等、金融機関(純投資以外)、その他法人、外国法人等(機関投資家以外)が含まれる。
図表1 政策保有株主比率、機関投資家比率の推移
出所:日本投資環境研究所
注:対象は日経225企業、自己株式調整後の比率
調査期間を通じて、政策保有株主比率の減少、機関投資家比率の増加が顕著である。2010年には、機関投資家比率39・1%、政策保有株主比率38・0%であり、同程度の保有比率であった。その後は、政策保有株主の保有は緩やかに減少し、機関投資家の保有はとくに2013年以降は大きく拡大する傾向にある。2018年3月末時点では、機関投資家比率51・3%、政策保有株主比率31・2%となり、両者の保有比率の差は年々拡大している。
政策保有株式のコーポレートガバナンス問題については、「保有する側」と「保有される側」の二面性がある。従来は、「保有する側」の資本効率性についての議論が多かった。ところが、近年では、政策保有株主が安定株主として存在する場合の「保有される側」の問題の重要性も指摘されている。
政策保有株式については、株主が拠出した資本の有効活用、すなわち資本効率性の観点からは、本来事業に投資される収益を生む源泉となるべき資本が、他社株式に投資されていることが問題とされる。また、相互に株式を保有し合っている場合には、相互保有分について資本が空洞化している。
このような観点から、政策保有株式については、その果実として事業上のリターンを生み出し、戦略上も必要な保有であることを明らかにすることが、株主の利益に合致すると考えられる。そのため、コーポレートガバナンス・コード原則1−4は、取締役会では毎年主要な政策保有についてそのリターンとリスクなどを踏まえた中長期的な経済合理性や将来の見通しを検証し、これを反映した保有のねらい・合理性について具体的な説明を行うべきであると定める。
政策保有株式を保有する場合には、被保有会社(株式を保有される会社)において安定株主として存在することが主な目的であり、議決権行使を含む株主権の行使では会社側に賛成することが期待されている。しかしながら、資本効率性の観点からは、政策保有株式に関する議決権行使も企業価値の観点から判断し、そのためには基準を策定・開示し、適切に判断していることを説明することが求められる。
上場会社が政策保有株式として上場株式を保有する場合には、政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など、政策保有に関する方針を開示すべきである。また、毎年、取締役会で、個別の政策保有株式について、保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証するとともに、そうした検証の内容について開示すべきである。
上場会社は、政策保有株式にかかる議決権の行使について、適切な対応を確保するための具体的な基準を策定・開示し、その基準に沿った対応を行うべきである。
1-4① 上場会社は、自社の株式を政策保有株式として保有している会社(政策保有株主)からその株式の売却等の意向が示された場合には、取引の縮減を示唆することなどにより、売却等を妨げるべきではない。
1-4② 上場会社は、政策保有株主との間で、取引の経済合理性を十分に検証しないまま取引を継続するなど、会社や株主共同の利益を害するような取引を行うべきではない。
2015年コーポレートガバナンス・コードが規律する対象は、会社が政策保有株式を保有する場合であった。会社株式が他社によって政策的に保有される場合の規律は、2018年のコード改訂で導入された。
日本企業の株主構成における機関投資家比率が高まり(図表1)、他方でスチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードの整備によって、機関投資家の議決権行使やエンゲージメント活動が活発化している。ところが、外部の株主からの経営陣に対するアプローチや積極的な議決権行使について、経営上のリスク要因や攪乱要因として過度に懸念する結果、経営の安定性を確保する方策を検討する動きもある。その一つが、政策保有株式を通じた株主構成上の安定株主の確保である。
政策保有株主の多くは法人であり、会社との間に商品、サービス、金融等のなんらかの取引関係を有することがほとんどである。そのため、政策保有株式の取得、保有、売却という一連の投資行動は、純粋な投資判断に基づかず、事業や取引関係等に依拠する政策的観点から行われる。このような政策保有株主の行動は、政策保有自身の独立した判断で行われるのではなく、株式を保有される側の意思が介入する余地もある(5)。とくに株主総会の議決権行使については、政策保有株主は賛成票を投じることが期待されている。
政策保有株式を保有される会社は、政策保有株主よりも相対的に強い立場にあることが多く、取引関係を理由に政策保有株式の売却を阻害したり、政策保有株式に対する優遇的取引を行ったりする可能性もある(図表2)。ところが、政策保有株式を保有される側については、情報開示等の義務はなく、2018年コーポレートガバナンス・コード改訂において売却の阻害や優遇取引の排除について定められているだけである。
図表2 政策保有株式を保有する側と保有される側の問題
政策保有株式を保有する側(政策保有株主、安定株主) | 政策保有株式保有される側 | |
---|---|---|
取引関係における力関係 | 相対的に弱い立場(サプライヤー、金融機関等) | 相対的に強い立場 (顧客等) |
コーポレートガバナンス・コード | 原則1-4 縮減に関する方針の開示、毎年の個別の検証と結果の開示、議決権行使基準の策定と開示 | 補充原則1-4 売却の阻害、優遇取引の排除(2018年改訂) 原則1-7関連当事者取引 |
情報開示 | 有価証券報告書、 コーポレートガバナンス・コードにおける開示 | なし |
コーポレートガバナンス上の 問題点 | 資本効率性の低下、 企業価値との関連性 | 安定株主の存在による、経営者の規律低下、株主・投資家との対話の阻害 |
機関投資家等の株主の対応 | 議決権行使における考慮(資産に占める投資有価証券比率等)、エンゲージメントにおける議題 | エンゲージメントにおける議題 |
出所:筆者作成
そのため、機関投資家等の少数株主は、「政策保有される場合」には、「政策保有する場合」よりも重大なコーポレートガバナンス上の問題を引き起こすとの懸念が強い。
政策保有株主は、取引関係が終了するまでという超長期を前提に株式を保有する。企業サイドとしては、比較的短期に投資収益の獲得を目指すいわゆるアクティビスト投資家等を意識した、一種の買収防衛策として効果を期待する場合もあろう。
しかし、投資家の世界においては、このような短期志向の投資家は必ずしも尊敬を集めておらず、年金基金等のアセットオーナーの資産運用は長期運用が中心であり、メインストリームの投資家(6)は中長期の視点で企業価値向上を目指す場合が多い(7)。しかも、政策保有株主が存在する会社においては、経営者が立案遂行しようとする戦略、さらには経営者としての地位そのものについても保護されるため、モラルハザードが生じやすい。結果的に、長期的資金を背景とする投資家を排除してしまうことにもつながる。
対話の実効性が確保できないことになれば、上場会社の企業価値の向上を経済全体に敷衍して国富増大を目指そうというコーポレートガバナンス改革の目的にも影響を与えよう。
政策保有株主との依存関係は、会社法が規制する利益供与に抵触する可能性が否定できない等、会社にとっても法律上のリスクがある。
株主の権利行使に関する利益供与の禁止についての会社法の規定(会社法第120条第1項)は、株式会社は、株主の権利の行使に関し、会社または子会社の計算において財産上の利益を供与してはならないと定める。「総会屋」等の反社会的勢力に対する利益供与を防止することが立法の直接的な趣旨であるが、文言上は株主の権利行使に関して、幅広い株主に対する利益供与にも適用されると解釈もできよう(8)。
そのため、例えば、株主が議決権行使で会社に賛成することを前提に有利な条件で取引や契約を行い、会社にとっては通常よりも不利な条件であり損失を生じさせるおそれがあるような場合には、会社からの利益供与に該当する可能性も否定できない。
2018年のコーポレートガバナンス・コード改訂では、補充原則1−4①において、政策保有株主からの売却以降に対して、取引縮減の示唆等による売却の阻害をするべきではないとの規定が新設された。また、政策保有株主に対する取引が、会社が株主共同の利益を害するべきでないとして、経済合理性の検証も求めている。
また、原則1−7では、関連当事者取引について定める。会社の役員や主要株主等の関連当事者との間で取引を行う場合には、会社の利益や株主共同の利益を毀損することがないように、またそのような懸念を惹起することがないようにしなければならないとされる。具体的には、取締役会は、事前に手続きを定めて開示したうえで、取引の承認等の監視を行うことが求められる。コーポレートガバナンス・コードにおける関連当事者の定義は、「会社の役員や主要株主等」という曖昧な表現である。そのため、主要な取引先が政策保有株主であり、株式保有を基盤として取引関係が政策保有株主サイドに競争条件上有利に締結、維持されている場合には、コードの関連当事者取引規制に抵触する可能性も否定できない。
【原則1-7.関連当事者間の取引】
上場会社がその役員や主要株主等との取引(関連当事者間の取引)を行う場合には、そうした取引が会社や株主共同の利益を害することのないよう、また、そうした懸念を惹起することのないよう、取締役会は、あらかじめ、取引の重要性やその性質に応じた適切な手続を定めてその枠組みを開示するとともに、その手続を踏まえた監視(取引の承認を含む)を行うべきである。
関連当事者取引は、2015年9月に公表された「G20/OECDコーポレートガバナンス原則」(以下、OECD原則)においても述べられている。新興市場においては、国や家族等の主要株主に支配権が集中する企業グループが多く、重要なコーポレートガバナンス上の課題である。株式保有が分散する先進国市場において問題視されることは少ないが、わが国の政策保有株式については、各株主の保有株数は少なくても全体として大きな株主群を構成するという特異な性質を有するため、OECD原則にも配慮が必要であろう。
Ⅱ.株主の権利と公平な取扱い及び主要な持分機能
F.関連当事者間取引は、利益相反の適切な管理を保証し、会社及びその株主の利益を保護するやり方で、承認・実行されるべきである。
1. 関連当事者間取引に固有の利益相反は対処されるべきである。
2. 取締役及び幹部経営陣は、会社に直接に影響を及ぼす全ての取引や事項について、自身が直接又は間接に、あるいは第三者のために、重要な利害関係を有するかどうかを取締役会に対して開示することが求められるべきである。
政策保有株式の問題は、コーポレートガバナンス上も重要な問題である。従来は、政策保有株式を保有する側の資本効率性や情報開示に主眼が置かれていたが、最近では政策保有株式を保有される側のガバナンス上の問題にも焦点が当てられている。
他方では、政策保有株式の解消は、日本において長年培ってきた実務慣行の変更であり、時間がかかることが予想される。取引関係を有する相手方との関係性にも影響することから、一方的判断での政策保有株式の売却や、相手先企業に関する情報開示を躊躇する場合も多い。また、同じ会社内においても、総務部門(株主総会担当)や営業部門等と、経営企画部門や財務部門等の間で、温度差がみられることも少なくない。
多くの会社ではすでに政策保有株式を縮減させているが、残念なことにコーポレートガバナンス報告書や有価証券報告書等の開示だけでは十分に実態が伝わらない場合もある。政策保有株式は一朝一夕に解消できるものではないため、縮減に向けた段階的な取組みを株主や市場に対して丁寧に説明することで、会社の取組みに対する理解を高めることにもつながると考えられる。
上田亮子Ryoko Ueda
Director, Strategic Decision Support, Mizuho International plc
2002年4月みずほ証券入社後、日本投資環境研究所に出向・転籍、主任研究員 政策研究博士。2017年よりロンドンにて活動中。経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築」プロジェクト(伊藤レポート)、「持続的成長に向けた企業と投資家の対話促進研究会」、「株主総会プロセスの電子化促進等に関する研究会」、金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」、「金融審議会市場ワーキンググループ」、「スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」委員等歴任。