2021年6月15日
中神康議(みさき投資株式会社 代表取締役社長/日本取締役協会 独立取締役委員会 委員長)
澤陽男(株式会社 経営共創基盤 ディレクター・弁護士)
本連載第1回及び第2回では、独立取締役委員会が公表した、「独立取締役の行動ガイドラインレポート「稼ぐ力」の再興に向けて」(以下「本ガイドラインレポート」という。)について、Q&A方式でその内容を解説・補足した。
本ガイドラインレポートは、独立社外取締役やその候補者に向けて、会社が陥りがちな罠に対して独立社外取締役がどのように対応するべきかについて示したものである。今回は、独立社外取締役の力を引き出すために、取締役会を裏方で切り盛りしている事務局が、どのように独立社外取締役をガイドするべきかを考えてみたい。
まずは事務局のミッションを整理したうえ上で、事務局の業務内容、体制について考察を試みたい。
現状の事務局のミッションとしては、取締役会を円滑に進行するためのロジ回りを行うこととされている企業が多いのではないだろうか。
図1:事務局のミッション
従来 | あるべきミッション | |
---|---|---|
取締役会のKPI | シャンシャン度合い | 本質的な経営課題について本気で議論できたか |
事務局のミッション | 取締役会を円滑に進行するためのロジ回り | ①取締役の実力を最大限に引き出すこと ②独立社外取締役と社内組織を繋ぐこと |
しかし、このようなミッションを掲げる取締役会のKPIは、いかに取締役会が円滑に行われたかという点に置かれる。言い換えれば、いかに揉めない取締役会、いかにシャンシャンの取締役会にするか、いかに形式的で短時間の取締役会にするか、という点が、事務局が目指すべきゴールとされてしまっているのである。そのような事務局のマインドとしては、当日の議論が荒れないように事前に各取締役への根回しを実施して、ともすると本質的な問題から目を逸らせるような行動もとられてしまう。
図2:事務局の業務内容例
取締役会運営 | (1)アジェンダ設定 (2)場の設計 (3)資料取りまとめ (4)事前説明 (5)事後フォロー |
---|---|
取締役会の能力向上 | (6)取締役会評価 (7)独立社外取締役選任 (8)独立社外取締役への情報提供 |
しかし、本連載で考察してきた通り、取締役会は日本企業のリスクテイク力を再興するための最重要機関である。そこで行われる議論は常に真剣勝負であるべきである。どれだけ本気で本質的な経営課題に関する議論ができたかをそのKPIとして掲げるべきである。すなわち、取締役会を機能させることによってコーポレートガバナンスを強化し、もって稼ぐ力を鍛えることが取締役会事務局の目的である。
これを実現するための事務局のミッションとしては、①取締役の実力を最大限に引き出すこと(特に取締役会議長と独立社外取締役)、②独立社外取締役と社内組織を繋ぐこと、の2つを提案したい。
次に、上記のミッションに対して、業務内容をどのように変更していくべきかを考察する。主な事務局の業務内容は、図2のとおりであるが、それぞれについてポイントを述べていきたい。
取締役会の議論は稼ぐ力を高める上で重要な事項に時間をかけるべきである。しかし、現在の取締役会では、概して重要性の低い執行マターに時間を奪われていることが多い。本連載第2回の「傾向と対策」で述べたようにコーポレートガバナンスの強化に向けては経営マターを前広に議論していくべきである。
例えば、事業部門から「念のため取締役会に」と上がってくるような議案については、事務局で取締役会に諮るべきかを判断し、取締役会に諮る議案を絞ることも重要である。先進的な企業では決裁権限規程を見直し、権限委譲を進め、取締役会上程事項を削減することで、取締役会の限られた時間内に長期・戦略的なアジェンダを討議する機会を意図的に増やしている。
また、日々の意思決定が優先されて、監督マターの議案が後回しにされることも起こる。M&Aや事業計画の進捗などは、事前の意思決定よりも事後モニタリングの方へと取締役会の重点をずらしていくべきである。定期的にこのような議案を盛り込むような工夫も求められる。
以上のようなアジェンダの選択は取締役会を正しく機能させるにあたって最重要のテーマである。アジェンダさえしっかりしていれば取締役会のクオリティは一定程度を確保できる。とすれば、事務局としても真剣勝負でアジェンダを考えるべきである。しかし、現実には、取締役会議長=社長/CEOからの指示を受けているだけの状況になっている事務局も多いことだろう。しかし、アジェンダ設定は、事務局としての問題意識を会社全体に投げかけるチャンスでもある。企業価値を高めるためには、是非社長へチャレンジしていくことも考えてもらいたい。
また、取締役会議長を独立社外取締役が務めるという企業が今後増加することが想定されるが、このような企業にあっては、議長が適切なアジェンダをセットするために、事務局からのサポートがより重要になる。事務局の活動範囲もより広範にしていくことが必須である。
多くの会社では月1回1~2時間程度、取締役会を開催しているようである。しかし、上述のアジェンダを十分に議論するためには、とても1,2時間では足りない。少なくとも3時間程度をかけて集中して討議すべきであるし、アジェンダ次第では1日がかりの日程も設定すべきである。どの程度の時間、頻度で取締役会を設定するかは、コーポレートガバナンスの強化の実現に向けて、アジェンダドリブンに考えていくことが肝要である。実際、アジェンダを経営マターや監督マターに絞り込めば、開催頻度を下げても実業に悪影響が出ることは少なく、その分長時間の会議を開催することも可能になるはずだ。現に米国、英国、ドイツでは年6~9回の開催が一般的とされている。
また、どのような場所や方法で取締役会を開催するかも本気での議論を促すために重要な要素である。会議室については広い役員会議室を準備することが多いと思うが、広すぎる会議室は、参加者の心理的な距離も遠くなってディスカッションが盛り上がらない。活発な議論を行っている会社では役員合宿、工場見学会、社員発表会など様々な形式で取締役間や取締役と社員との交流機会を設けていることが多い。日程調整と並んで場所や形式を変えることで議論しやすい土壌をつくることも考えるべきである。このように各回の取締役会のアジェンダに沿って必要な場をデザインすることで、より良質な会議を目指したい。
事前説明の際にも、些末な議論にならないように、重要事項の説明にしっかりと時間を割くよう集中してほしい。言葉を選ばずにいえば、筆者は取締役会事務局が独立社外取締役を「うまく使う」ことによって、独立社外取締役の口を借りて自分の信じるガバナンス体制を構築するくらいの野心を持ってもいいと思っている。そのために事前説明の機会もうまく活用してもらいたい。事前説明は資料送付のみという会社もあるようだが、可能であれば口頭で1時間程度議論を行う方が理解も深まり、会社との関係もより密なものにしていくことができる。なお、このときに留意しなければならないのは、事前説明は当日の取締役会が荒れないように論点をつぶしにいくものではなく、あくまでも当日の議論を活発にするために行うという点である。
また、コロンビア大学のRonald J. Gilson & Jeffrey N. Gordonの研究("Board 3.0 - An Introduction")によると、現在の独立社外取締役は、3つの不足という課題を抱えている。同論文では、"thinly informed"(①情報不足)、"under-resourced"(②活用できるリソース不足)、"boundedly motivated"(③活躍に向けた動機付け不足)が指摘されている。例えば、「①情報不足」が生じると、いくら優秀な独立社外取締役であったとしても、的外れな自分の経験談を語ることしかできなくなってしまうし、「②リソース不足」のために、独立社外取締役の求める分析等についてサポートを得られなければ、独立社外取締役が能力を最大限発揮することは難しいだろう。事務局にはこのような状況にある独立社外取締役をサポートすることも期待したい。
本ガイドラインレポートで示した「独立社外取締役の行動に関する5つの原則」のとおり、独立社外取締役は「独立した第三者」としての身分を意識し、事前調整を前提とした予定調和的取締役会の空気感を打破するような、あえて"空気を読まない"発言をするべきである。
一方で、独立社外取締役本人のそうした態度が、事業部側には面倒な独立社外取締役だと捉えられてしまうことも起きるだろう。これに対して、事務局としては、取締役会の役割が何であるかを社内に周知するようフォローすることも重要である。また、事務局から独立社外取締役に対しては、事後フォローの際に「当社の常識が世間の非常識になっていることはないですか?」「遠慮せずにおっしゃってください。」と話をすることで、独立社外取締役が話しやすい環境を整えるべきである。
最も重要な取締役会の機能は「リスクテイク力の再興」へ寄与できているかどうかという点である。一般化しつつある取締役会評価においては、個別の取締役の発言が、どれだけリスクテイクの後押しになったか、という点を質的に評価していくことが必要と考える。
また、取締役会評価については、第三者機関によって他社との比較をすることも有効ではあるが、取締役会事務局としては、社内の人間だからこそ担える取締役会評価の形を考えるべきである。例えば、毎回の取締役会に出席しているからこそ、各回の議論や懸念されていた点が、後々にどのように影響しているのか、議論全体を俯瞰してチェックするといったように、PDCAを廻すことを意識することが必要である。
現状では、独立社外取締役の選任について、事務局側が積極的に関与できている事例は少ない。もっとも、誰を選ぶのか?は取締役会の能力を規定する最大の要素であるから、主体的に取締役会を運営していく事務局としてはしっかり関与したいポイントである。この実現には、どのような基準でどこから候補者を探すかが重要であろう。例えば、「独立」の基準を策定することが考えられる。今は取引所の独立性基準に準拠していることが多いと思うが、経営トップとの関係性において実質的に独立しているといえるか、経済的に独立しているか(=収入面であなたの会社に依存されていないか)なども重要要素であり、そういった基準を取り込んでいくことも一考である。株主総会の招集通知で見られるようになった「取締役のスキルマップ」を事務局が積極的に作成し、自社の取締役会に欠けている視点や専門性を指摘していくことも有効だろう。
また、先述した取締役会の3つの不足のうち、「③動機付け不足」という点に関して、独立社外取締役が適切にコミットするインセンティブ付けのためには、独立社外取締役に株式を持ってもらうことも一案である。この点は、議論の分かれるところではあるが、最大のステークホルダーの一つである株主と同じ目線を持つためには、究極的には株主になってもらうほかない。自分の持っている株式の価値が下がると思うからこそ本気でコミットする動機が生まれる。更に言えば、独立社外取締役にも活躍に応じ十分にアップサイドを共有できる形を作れば、「リスクテイク力の再興」に向けて更に力強いコミットを引き出せるだろう。独立社外取締役の選任と合わせて、独立社外取締役の待遇についても事務局側で検討してもらいたい。退任後も指名した社長の成果を見守る、そのような時間軸でコミットすることが理想的だ。
独立社外取締役の選任に対して事務局が関与していくことのハードルは高いし、次の独立社外取締役の選任までまだまだ時間がある場合もある。実効性の観点では、独立社外取締役への情報提供を適切に行い、今の独立社外取締役が実力を発揮できるようサポートすることは足元で取り組むべき重要事項である。
例えば、本連載第2回で示した「独立社外取締役の行動に関する5つの原則」にあるとおり取締役はステークホルダー全員のエージェントとなるべきである。中でも株主の意向を踏まえる上では、資本コストなどのファイナンスに関する知見が必須だが、独立社外取締役の中には資本コストに関する理解が不十分な方も少なからず存在する。そのほかにも、ガバナンスに関する基本的な理解が十分でないといった課題があることもあるだろう。そこで、独立社外取締役に対する情報提供の一環として日本取締役協会などのプログラムに参加してもらうことは有意義だと思う。また、事務局から当社の資本コストの考え方を説明することなども検討すべきであり、株主との対話の状況をしっかりシェアすることも重要である。場合によっては独立社外取締役と株主が直接対話する機会をセッティングすることも一案である。
コーポレートガバナンス・コードが策定されてから取締役会の機能は拡大している。本来であれば、これに応じ、取締役会事務局の機能も先述のように拡充され、かつそれに応じて体制も見直されていくべきである。しかし、これがなされている企業は意外に少ない。
事務局体制の拡充に際しては、量的なものと、質的なものに分けて考えられる。量的には、取締役会事務局の人数が2,3名で、かつ他の業務を持ちつつ、片手間で行われているということがあろう。しかし、上記の取締役会事務局の業務内容の質的変化に鑑みれば、人員数を増加させていかなければ対応できないことは自明である。ロジ回りだけではなく、説明に赴いたり分析したりといった業務が増えることから、その分使わなければならない工数も拡大していく。
また、事務局体制は、質的にも、現状では総務部がメインで対応しているところが多いだろう。しかし、独立社外取締役に対して会社のビジョンや戦略を的確に伝えることや取締役会のアジェンダや場の設計なども事務局のミッションとして帯びてくるのであるから、経営企画部門などから適任者を事務局メンバーとして集めるべきである。
最後に、取締役会が真剣勝負の現場に変わっていくことが既定路線であるが、この現場にはマネジメントを学ぶ教育材料がたくさん整っていることにも注目すべき点である。単なる"ロジ屋"を脱却した取締役会事務局は、将来の経営幹部候補者にハイレベルでの議論がどういうものなのかを経験させる上で非常に有用な現場となりうる。早くから取締役会の議論に触れることで視座が高まり、事業部門へ戻った後も、その視座を活かして、業務を遂行することが可能となる。したがって、取締役会事務局には次代の経営を担うことが期待されるエース級人材を送ることを提案したい。
全三回の連載を通じ、本ガイドラインレポートを補足する形で取締役会の在り方を詳説してきた。改めてまとめると、「稼ぐ力の再興」に向けては取締役会のガバナンスが肝であり、そのための取り組みは形式的なガイドラインに合わせるだけでは不十分であり、取締役会そのものの在り方を変容させるべく、独立社外取締役や取締役会事務局といった全ての関係者においても具体的な変容が求められるのである。
この度のコーポレートガバナンス・コードの改定において、独立社外取締役の人数要件が全取締役の1/3以上に引き上げられようとする中で、肯定派・否定派それぞれの意見があるようである。否定派の意見は実態の伴わない"数合わせ"に陥ることで取締役会の機能低下を招くということのようだ。やはりここでも、取締役会そのものの在り方の変容の重要性が指摘されていると言えよう。
こうした指針の改定をはじめ様々な機会を捉え、ガバナンス上の問題を深掘りして、具体的なガバナンス改革に繋げていくこと、そしてそのような企業が増え、日本全体の稼ぐ力が再興することを願い、本連載の結びとさせていただきたい。
中神康議Yasunori Nakagami
みさき投資株式会社 代表取締役社長
日本取締役協会 独立取締役委員会 委員長
アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)、コーポレイトディレクションのパートナーとして、約20年弱にわたり経営コンサルティングに取り組んだ実体験を元に、『働く株主®』投資モデルの有効性を確信。2005年に投資助言会社を設立し、上場企業への厳選長期エンゲージメント投資活動を開始。2013年にみさき投資を設立。近著に『投資される経営売買される経営』(2016 日本経済新聞出版社)、『ガバナンス改革先を行く経営先を行く投資家』(2017『山を動かす』研究会編、日本経済新聞出版社)など。
澤陽男Akio Sawa
株式会社 経営共創基盤 ディレクター・弁護士
西村あさひ法律事務所を経て、経営共創基盤(IGPI)に参画。成長戦略や事業計画の策定、新規事業開発のハンズオン支援、M&Aアドバイザリー業務、ガバナンス構築支援等に携わる他、経済同友会に出向し、コーポレートガバナンス等に関する政策提言やその実現に向けた活動に従事。2015年から2017年までIGPI上海常駐・同副総経理。現在、日本共創プラットフォーム(JPiX)へ出向中。共著書に『決定版 これがガバナンス経営だ!』(東洋経済新報社・2015年)。