2021年1月12日
東和浩(株式会社 りそなホールディングス、株式会社 りそな銀行 取締役会長)
芳賀裕子(名古屋商科大学大学院、NUCB ビジネススクール 教授)
企業経営の改革に取り組むトップランナーに、日本企業のあり方をうかがうインタビューシリーズ。今回、ゲストにお迎えしたのは、りそなホールディングスの東和浩会長です。金融業界の中でもガバナンス経営のトップ企業として知られる同社では今年4月、南昌宏取締役が社長に就任し、社長だった東さんは会長に就きました。この交代もサクセッション・プラン(後継者育成計画)に基づいて実施されました。その東さんは「後継者の選任は透明性が重要で、それが組織に安心感を与える」と指摘しました。
芳賀:こりそなホールディングスは2015年に日本取締役協会「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー」を受賞されました。その表彰式で審査委員の伊藤邦雄先生は「社外取締役というのは社長の"介錯人"である」という東さんの言葉が心に残ったとおっしゃっていました。あれから5年たちましたが、そのときの考えは今もずっと継続されているのでしょうか。
社外取締役に求められる社内論理の排除
東:「介錯人」という言葉はきついので、ガバナンスの講義など少人数向け研修の時にしか使っていませんでした。基本的にはその思いは当時と変わっていません。CEO(最高経営責任者)がほかの役員と違うところがひとつだけあるとすると、自分の人事は自分で決めなければいけない、ということだと思います。経営が巡航速度で走っているときでも、退任のタイミングというのは自ら決めなくてはいけない、と考えています。
私の社外取締役のイメージは「いろいろなことを相談できる人」であり、第三者の視点で冷静に意見を言ってもらえるので、CEOが辞めることを相談できる人だと思っています。そういう意味では「介錯人」という言葉が極端であれば、「背中を押してくれる人」だと思っています。
芳賀:東さんは今年社長を退任されて会長になり、新しい社長を迎えられました。事業戦略のなかに「脱銀行へ向けて」と掲げられています。業界を外から見ている私は、銀行業界というくくりが今後なくなると考えています。外部環境の変化が大きく、さらに速いなかで、御社のトップのあり方、逆に選ばれ方について、変革のときだからこそ何かあるのか、もしそのあたりよろしければお話しいただければと思います。
東:変化というのは常に起こっています。新聞に連載されている経営者の方が書かれた「私の履歴書」を読んでも、「この困難な時代」とみなさん書かれています。だいたい社長にとっては、いつでも困難な時代なのです。
ただ今は、第4次産業革命なのか第5次なのか、大きな変化が起きていることは事実だと思います。そのときに「変化に耐えられる人」ではなくて、「変化をリードできる人」をどうやって選ぶかが、引き継ぎのポイント、交代をしていくポイントだと思います。
われわれの場合、サクセッション・プランには二つの柱、育成と選任があります。育成をしながらどうやって選任していくのか、そして現在の変革をリードできるのはどのような人材なのかを考え、役員に求められる七つのコンピテンシーを作りました。
芳賀:その七つのコンピテンシーを作成するにあたり、指名委員会でかなり議論されたと聞いています。
東:指名委員会のなかでもディスカッションをして、われわれも意見を言い、七つのコンピテンシーを作りました。候補者が七つのコンピテンシーに合っている人材か、様々な機会においてどのような発言をしているか、社外取締役には常に見てもらっています。そういうプロセスの中で、従来からの実績と指名委員会での面談によって選任を行っています。
特に育成プロセスで重要視しているのは、視野を広く持つことです。社長には基本的にグループ全体を俯瞰する役割をしてもらいたいので、グループベースでのトレーニングを受けてから、子会社の銀行での役割をしっかり貫徹するというプロセスを経ています。そういうことを考えながら異動もさせています。
芳賀:七つのコンピテンシーについて、社外取締役と内部の方がしっかり議論されているのは、ガバナンスのシステムとして「指名委員会等設置会社」を選択されていることからも、理解できますね。社外の視点を活用されていらっしゃることがよくわかります。これから銀行がどのように変わらなくてはならないか、それを実行できるCEOが誰なのか、そのためにはどのような社内外の経験が求められているのか、このあたりから考えると、次の社長として指名された南現社長のご経験などを拝見すると、どのような議論がされたのか、推察できます。
さて銀行は保守的というイメージがありますが、保守と変化についてはどのようにお考えですか。
東:保守性も重要です。会長になってからは、特に社員研修にはなるべく出るようにしています。なぜかと言うと、公的資金が入ったのは2003年ですが、2003年以降に入った社員がもう全体の6割ぐらいになっている。よく戦争や大震災などでも、語り部が話をしていかないと、失敗を繰り返すといわれますよね。公的資金注入という経験をして何がわかったかというと、金融機関は潰れることが罪ということです。そうなってはいけないので、保守性は一定程度必要です。
しかし一方で、今のような金融界の変化に適応していかなくてはいけないので、どんどん先を走って変えていきたい。われわれは「二兎を追う」とよくいうのですが、それが可能な人材をどのように選任していくか、というテーマについて指名委員会で議論することが多くなりました。
芳賀:ガバナンス体制を強化していこうという企業が増えていますが、一方でいまだに社長が後続者を指名することを最大の権力だと考えている会社がないわけではありません。ガバナンス経営の中で、透明性があるサクセッション・プランの重要性をどのようにお考えですか。
東:選任プロセスという観点でいうと、皆さんが注目している話なので、透明であることが何よりも必要だと思います。われわれは選任プロセスにおいて、四つの段階のアセスメントを設けています。社外取締役が中心になって、四つの段階を経て後継者が選任されていく様子がはっきりと見えようにすることは、組織の安心感をつくっていくことになると思います。
社外取締役の選任については、よく私も他社のトップから相談を受けるのですが、「専門家でもない人に、うちの事業は分からないよね」という方がいます。しかし、われわれは社外取締役に銀行の専門家やリスク管理の専門家を全く求めていません。2003年に公的資金の注入を受けてよくわかったことは、会社では社内の議論を積み上げて、最後に取締役会にいく、そういう日本のやり方は社内論理に陥ってしまいがちです。
取締役会は最後の意思決定機関です。そこで、一般的な常識からしてどうなのかをスクリーニングします。そこでは、社内論理に陥っている案件を排除していく役割があります。常識で発言していただく、「それは、世間の常識とちょっと違うのではないか」というひとことがものすごく重要です。ですから例えば「金融の自己資本管理についてはバーゼル規制に則って正しいのか、正しくないのか」というような銀行規制の細部に関わる意見を求めてはいないのです。
社内で積み上げた議論が正しいと考えがちですが、先代の会長の細谷に、「りそなの常識は世間の非常識」と言われてしまいました。最初はえらくむっとしましたが、冷静に考えてみると、そうなっているケースはけっこうあります。議論が膠着すると、いつの間にか結論は決まっているみたいな議論になったりします。例えば、「あの人が言っているから、もうこれは断れない」と言い出すことがある。そういうものを排除していかなくてはいけません。
芳賀:御社の選任プロセスについての「透明性」という観点で、取締役候補者選任基準の概要を公開されているところからも理解できました。法律上の取締役としての適格要件、一般的な社外取締役の独立性要件だけでなく、人格と見識、誠実な職務遂行に必要な意思と能力、そして必要な時間の確保を明記されていらっしゃいます。また取締役候補の要件に加え、「さまざまなバックグラウンドと経験を有したものを確保する」とされています。
私も今2社、社外取締役をやっています。着任する前に指名委員会のインタビューを受けたときに、「どうやって貢献できますか」と聞かれて、思わず「御社の常識が非常識であるということを申し上げて貢献します」と言ってしまいました。
東:それは大正解です。
芳賀:もうこれでお断りの返事がくるかなと思ったら、お願いしたいという話がきたので、そういうことを言ってもいい会社なのだ、と感じました。御社の社外取締役の方のプロフィールを見せていただくと、金融関係以外のいろんな業界の方がいらっしゃいます。そのように多様性のある方々が、御社の変革のときに、いろいろな意思決定を正しいと言って後押しやバックアップして背中を押してくださる、そういうことを期待されているのでしょうか。
東:これも公的資金注入時の話になってきますが、世間の常識からなぜ会社の意思決定が離れていくのか、多様性の欠如も要因の一つだと思います。性別が違う、年代が違う、いろいろな多様性が重要だと思います。血が濃くなってしまうと、意思決定はだめになってくる。それは非常に意識していました。多様な意見を聞く必要があると思えば、女性の活躍は組織の中では当たり前と思えるようになります。役員の育成プロセスでも、なるべく異業種と交流できる機会を作って、銀行以外の世界ではどんなことを考えているかを勉強させるようにしています。
かつては多様性という視点は欠けていたと思います。今は社員や役員の育成にも多様性、取締役会のメンバーについても多様性を一番気に掛けています。
芳賀:社外取締役全員のプロフィールを拝見すると、そこにかなり意識されているのかなと思いました。
銀行をやめて 「金融サービス業」に
東:例えばわれわれは、個人や中小企業向けの金融が多いので、流通業や小売業のやり方がとても参考になります。製造業も、業務をやっていくプロセスの管理の仕方が参考になります。
芳賀:戦略について伺いたいのですが、りそなの理念を見ると「創造性に富んだ金融サービス企業」と最初に掲げられています。これから金融サービス事業は、どこまでの枠組みを指すのか、今までと何か違う分野に出ていくのか、いろいろなことを検討されていると思います。仮想通貨など全然違う方向でテクノロジーも進歩している現在、この「挑戦」というのはどんなものでしょうか。経営理念で「金融サービス企業」とおっしゃっていますので、金融サービスとして挑戦していくのか、何かもう少し違った視点まで将来的に考えようとされているのでしょうか。
東:とにかく銀行から離れようとしていることは事実です。私は「銀行をやめる」とメディアに言ったものだから大変なひんしゅくを買いましたが、全然われわれは気にしていません。金融情勢や経済情勢から考えると、銀行だけであり続けることは基本的にないと思っています。お客さまから見ると、銀行であり続ける限り、どの銀行でも同じに見えてしまいます。そうではないですか。
芳賀:差が見えづらいですね。逆に担当者を気に入るかどうかのほうが重要になってしまうかもしれません。
東:それぞれやっていることは、本当は微妙に違うのです。一方、公的なインフラのようなイメージが強いので、あまり差があると怒られます。われわれがやろうとしているのは、独自性をどうやって出していくかに集中しますが、まだまだ道半ばです。最初に定義したのは、銀行ではなくて金融サービス業です。まずサービス業として捉えることをスタートラインにしようと考え、「銀行をやめる」という言い方をしたのです。先ほどの小売業や製造業を参考にするところにつながっているのです。とにかく銀行であることだけに固執してはいけない、なるべく離れていかなくてはいけないというところからスタートしています。
取締役会では 将来の戦略を議論
芳賀:ホームページに、お客さまの「こまりごと」に対応していくとありました。「こまりごと」というと、サービス業としてそれを対応していくという、そういう理解でよろしいのでしょうか。
東:よく社員に言うのですが、銀行はなくなるかもしれないが、現実社会では、将来においても、お金に関する「こまりごと」はなくならないわけです。だからそこを解決するプロフェッショナルとしてお手伝いするというのが、われわれの根幹の考え方です。その手段として、銀行業務にこだわりすぎてはいけないと思っています。
少し裏話をしておくと、銀行は銀行法によって規制されています。他の業種の場合、法律にはやってはいけないことが書いてあり、あとは何をやってもいいという話なのですが、銀行法では、やっていい事業だけが並んでいます。
芳賀:それはホールディングスになって下に別会社でぶら下げたとしても、銀行法の規制は入るのですか。
東:そのとおりです。とにかくメカニズムとして銀行が潰れない仕組みにしているので、あれもダメ、これもやってはいけない、というルールが多くなっていますが、規制をする監督官庁も自由化を後押しし始めていますので、われわれも規制緩和に向けてアクティブに動かなくてはいけません。こんなことをやればお客さまが幸せになるから自由化すべきということを、きちんと証明する力が必要となってきます。
芳賀:今おっしゃったようなことを踏まえた中長期戦略を立案されるプロセスのなかで、社外取締役はどういうような関わりをされているのでしょうか。
東:細かいルールはどうでもいいというわけではないですが、リスクがどうなっているのか、という説明に偏りすぎる、と社外取締役にはさんざん言われています。以前は、取締役会ではこういうリスクに関する議論をしなさい、ということが金融庁の定めた金融検査マニュアルに入っていましたが、最近はそういう規制もなくなりました。これまでのようなやり方では、戦略的な議論にはならない。私たちは戦略的な議論をしたい、というのが取締役会の希望です。最近はそのような議論ができるよう工夫を凝らしています。
では将来、何で生きていくのか。銀行業という既存事業を深掘りする一方で、新しい事業を生み出すことに挑戦する。「両利きの経営」という本のなかでは「探索」という言葉を使っていますが、われわれは「挑戦」と言い変えています。挑戦分野をどれだけやっていくのか、経営資源をどれだけ配分していくのか、というようなことを取締役会で議論するようになり、だいぶ議論の中身が変わってきました。
芳賀:「挑戦」のための議論を取締役会でしっかり行うことは、とても重要なことだと思います。一般的に社内取締役の説明の中で、リスクの把握、リスクに対する対処についての細かな説明があります。しかし「挑戦」のための有意義な議論ができるためには、御社の多様性のある社外取締役チームが、本当に重要な役割を果たしているということになりますね。
東:社長業は、駅伝選手のようなものです。どんな社長でも常に変化する経営課題にさらされているので、完璧にきれいになって花道ができました、という状態にはなりません。「道半ばです」と辞任された安倍首相が仰っていましたが、それは当たり前の話です。終わりはないということです。社長は次の社長にタスキを引き継いでいかなくてはならない。新しい人に替わっていくことで多様性にもつながります。常に多様性を考えています。
社長はいつでも 「道半ば」
芳賀:ダーウィンの進化論ですね。
東:頭がいい人、力がある人が残っているわけではなくて、変化に適応できる者だけが生き残ります。とにかくオープンでないといけません。うちのグループにも、他業種や他の金融業から来ている人が増えてきました。多様性を受け入れ徹底的に議論をする風土を、どうやって定着させていくかが重要になります。
特に重要なのは、お客さまに聞くということです。ところがこの聞き方が難しいのです。
芳賀:お客さまに「あなたは金融でどういうことにお困りですか」と直接聞くわけにもいきませんしね。
東:ぼんやりと不安だと答える人はいても、銀行にこういうふうにしてほしいと言う人はいない。そこをいかに聞き出すかが重要です。
例えばわれわれにはスマートフォン向けの「りそなグループアプリ」があるのですが、開発のやり方を含め抜本的に変えました。外部の智恵を入れて、お客さまにとって使いやすいスマートフォンのアプリはどんなものかを、徹底して追求していきました。そうしないと異業種に勝てない時代です。こういうところを突き詰めていくところが、これからの金融には必要だと思います。
芳賀:そうですね、銀行で唯一、東京証券取引所のDX(デジタルトランスフォーメーション)銘柄に選ばれたのですよね。本日のインタビューの端々にでてきた「透明性」。先ほど拝見させていただきましたが、広いガラス張りの部屋で、ホールディングスの社長や傘下の社長が、同じ部屋で業務を執行されていらっしゃいます。社員に対する透明性と、グループ会社間の透明性の確保。これが大きな変革のときにグループとしての機能を最大限に発揮されるのでしょう。
本日は、どうもありがとうございました。
東和浩
株式会社 りそなホールディングス、株式会社 りそな銀行 取締役会長
1982年、同グループ 入社、執行役 財務部長、常務執行役員 経営管理室担当、取締役兼執行役副社長を経て、2013年、りそなホールディングス 取締役兼代表執行役社長に就任。2020年4月より現職。大阪商工会議所副会頭など要職多数。2020年6月より、SOMPOホールディングス株式会社 社外取締役も務める。
芳賀裕子
名古屋商科大学大学院 NUCB ビジネススクール 教授
慶應ビジネススクールMBA 修了後、プライスウォーターハウスコンサルタントにて国内外大手企業の戦略コンサルティングに従事。その後、総合電機メーカー、産業機械メーカー、保険会社等大手企業のヘルスケア分野への新規参入コンサルティング、ベンチャー企業の取締役や執行役員なども歴任。協和キリン株式会社、ミネベアミツミ株式会社 社外取締役。博士(経営学)。
撮影:淺野豊親