2022年5月20日
茂木友三郎(キッコーマン株式会社 取締役名誉会長 取締役会議長)
芳賀裕子(名古屋商科大学ビジネススクール 教授)
企業経営の改革に取り組むトップランナーに、日本企業のあり方をうかがうインタビューシリーズ。今回のゲストは、キッコーマンの茂木友三郎取締役会議長です。歴史と伝統ある同社の社長・会長を長年にわたって務め、積極的な国際化を進めながら、社外取締役をいち早く導入するなど企業統治の強化にも取り組んできました。その茂木さんは「攻めのコーポレートガバナンスとは、挑戦する社長を勇気づけること。そしてダメなら交代させることに尽きる」と強調しています。
芳賀 日本取締役協会は2002年に設立されました。その後2015年に日本でコーポレートガバナンス・コードが策定されました。茂木様が当協会の発起人の一人として、日本企業にコーポレートガバナンスの考え方が必要と考えるようになった最初のきっかけから伺えればと思います。
茂木 私がコーポレートガバナンスと出会ったのは、1998年です。帝人の当時の社長の安居さんが私のところへ来て、今度帝人でアドバイザリー・ボードという、諮問委員会を作るので、メンバーになってくれと言われました。それで「何をやるのですか」と訊きましたら、「私が社長として不適任だったらクビにしてほしい、そして次の社長を選んでもらいたい」と言う。それから「われわれの給料、報酬も決めてもらいたい」と。
メンバーは6人で社外の日本人が2人、それから外国人が2人。アメリカ人は前のデュポンの会長、ヨーロッパはハンペルさん(1)だと言われました。この人は英国のハンペル委員会委員長をやったコーポレートガバナンスの専門家です。社内は会長と社長だけの6人でやると言うのです。その他に、中期的な経営の展望についていろいろとアドバイスしてもらいたいということでした。
ただ、私は帝人のことをまったく知りませんでした。それに安居さんにはそれまで1回しか会ったことがなかったのです。そこで「不適任なんじゃないですか」と言ったら、「それがいいのです。昔から私の友人だったら、あなたにお願いしません。」と言われました。結局引き受けて、年に2回、外国人が2人いますから、1回は海外、あと1回は日本で、丸一日かけて議論するのです。安居さんがあと2年くらいで辞めるので、その前に後任を決めてくれというわけです。
この帝人のアドバイザリー・ボードのメンバーになったことが、コーポレートガバナンスに接した最初の機会でした。同時にハンペルさんという専門家と、デュポンの前の会長が入っているので、報酬の決め方なんか、はっきりしているのですよ。安居さんの業績を分析して、これくらいならいいとか、賞与がどうだとか。安居さんばかりじゃなくて、その下の人たちの報酬も、会社に対する寄与度がどうとか、かなり議論して決めるのです。これが私にとって、とても勉強になりました。
芳賀 なるほど。
茂木 その後、私はHOYAの社外取締役をやりました。HOYAはコーポレートガバナンスの進んだ会社で、社内の取締役は社長ひとり、あとは社外取締役が4~5人、そういう取締役会で、いろんな議論をする。社長のサポートや、社長の経営の仕事をチェックすることをやりました。この二つの経験がコーポレートガバナンスと出会ったきっかけでした。
そういうことで私も大変勉強になり、自分の会社でも取り入れることにしました。
芳賀 今から20年以上前からコーポレートガバナンスを理解され、実際に社外取締役をされていたのですね。キッコーマンといういくつかの創業家による伝統的企業に、コーポレートガバナンスという概念を導入したのは、どのようにされたのでしょうか。
茂木 2002年に私どもで、社外取締役を二人招聘しました。それまでも社外監査役はいたのですが、社外取締役はおりませんでした。同時に指名委員会と報酬委員会も作り、私が2004年に社長を退任して会長になる際に、後任選びはさっそく帝人を見習って、指名委員会でほぼ2年議論してもらいました。それ以降も指名委員会で、社長の人事や社長以外の主要な役員の人事もやるようになりました。
ただ私は、指名・報酬委員会は、次期社長を決めること、社長が適任でなければ辞めてもらうということと社長の報酬、それくらい決めれば十分だと思っており、あとの事は社長に任せてもいいと思っています。
統治指針だけ満たせば良い訳ではない
芳賀 2002年に社外取締役をお迎えになったということですが、この年、東証で上場会社コーポレートガバナンス委員会がスタートした年と伺っています。そのあたりは何か関係がありますか。それまでのご自身の経験がコーポレードガバナンス委員会に大きく影響されたのではないでしょうか。
茂木 私が自社に指名委員会を作って社外取締役を入れたのと、上場会社コーポレートガバナンス委員会の委員長になったのは、必ずしも関連はありません。この委員会は、東証の当時の社長が力を入れて作った委員会でしたが、残念ながら経済界から出てくる委員に反対する方がいました。コーポレートガバナンス自体が嫌いなのですね、そういう時代でした。当時は確かに、コーポレートガバナンスを言っている人はやや原理主義的な考え方で、それには反対だという、両極端の人が存在していました。経営者の中でもやるべきだという人と反対だという人とが存在し、そういう人たちが委員会に出てくるのですから、委員長として苦労しました。今は経営者でコーポレートガバナンスに反対するという人は、少なくとも表立ってはいなくなりました。
芳賀 変わってきたということ。前より確かに良くなっていますね。2012年に社外取締役を選任していなかった東証1部上場企業が48・6%、しかし2021年にはわずか0・05%に改善しています(日本取締役協会調査)。2021年取締役会に占める社外取締役の比率は、過半数が10・3%、3分の1が68・7%。社外取締役の選任という視点からみるとガバナンスが進んでいるとみることができます。ガバナンスの質の向上については、いかがでしょうか。
優れたCEOを育てるのが企業統治の要諦
茂木 政府がある程度、力を入れていることもあります。だいぶ様変わりしたと思います。ただ少し形式主義になっていますね。
私は、コーポレートガバナンスの肝は、優れたCEOを育てる事だと思います。優れたCEOを選び育てる、そしてその人をサポートする、ダメなら代わってもらうというのが、コーポレートガバナンスの中心です。なぜかというと、強い優れたCEOを持つことが企業の明暗を決するからです。それが、うっかり形式主義に陥り過ぎると、むしろCEOの足を引っ張るような感じがします。何か、今は、細かいことばかりやらなければいけないという、形式を整えることに頭が行ってしまっています。
芳賀 それは、今回のガバナンスコードの改訂でも、さっき形式と言われた、細かいところで変更があって、それに合わせておけばよいというスタンスが企業側に見える、ということですね。
茂木 ええ、そうです。形を整えることが目的ではないと思うのです。ある程度の基準がないと、いいとか悪いとか言えませんから、基準を設けるのはいいと思いますが、それに囚われてその基準だけ満たせばいいという風になるとまずいですよね。
芳賀 特にプライム市場への移行ということで、基準を満たさなければと、それに追われている会社も多いのではないかと思いますが、中身が重要ということですね。
キッコーマンは大正6年(1917年)に設立され、八つの創業家が合併した伝統ある企業と理解しています。そのなかで、コーポレートガバナンスを最初に取り入れられたのは、他社の社外取締役をされたことがきっかけだったということなのですが、その後コーポレートガバナンスの仕組みを、社内にどういう風に生かして、成功されたのでしょうか。キッコーマンならではのお考えやヒントを教えていただければと思います。
茂木 最初は社外取締役を二人入れました。その前から社外監査役には入っていただいていたのですが、監査役の立場はまた違いますから。社外取締役はこうあるべきだということをしっかり考えておられる人、二人に入ってもらいました。いろいろな意見を出してくださる。社内だけとはだいぶ違います。
芳賀 なるほど。人数よりも、誰を社外取締役に迎えるかが最も重要であるということですね。社外取締役として何をするかを理解され、しっかりとしたお考えをお持ちの方に社外取締役に入っていただく重要性を理解できました。さきほど形ではなくて内容とおっしゃっていました。取締役会の議論の質について、具体的に形式ではなくて質を高めることは、具体的にどういうことなのか教えていただけますか。
重箱の隅を突いても企業は成長しない
茂木 質を高めるというのは、議論のキャッチボールができるかどうかだと思います。ピッチャーがただキャッチャーに投げるだけでなく、そこでバッターがいてボールを打ち、それをまたショートが取ってファーストに投げる。議論もそうですよ。ある人が発言をして、その議論に対して他の人が発言する。議論のキャッチボールが出来るかどうかがひとつの分岐点ではないでしょうか。
アメリカに留学したときにびっくりしたことがありました。日本でも大学で先生が話をして、それに対して質問することはありましたが、アメリカではある学生が言ったことに対して他の学生が「それ、違うんじゃないか」とか、先生が答えると「先生、それはまた違うんじゃないか」という議論のキャッチボールがありました。当時の日本にはなかった。私にはそれが新鮮に感じられました。
芳賀 なるほど。私はビジネススクールの教員として、ケースメソッドでいかに議論のキャッチボールをさせるかに授業の重点を置いています。日本企業の学生はなかなか苦手な部分です。日本の取締役会ではどうしても議案の数に追われてしまって、説明して承認して終わりという流れの会社が多い印象です。ある程度の時間を確保しなければ、そういうキャッチボールができないかもしれません。
21年のコーポレートガバナンス・コード改正のひとつのポイントに、気候変動、地球環境問題への配慮、人権、いわゆるサステナビリティに対する具体的な課題が挙がっています。日本企業におけるこの課題について、どう見てらっしゃいますか。
茂木 われわれは自由主義経済のなかで、お互いに切磋琢磨して、自由な競争を通して仕事をしている。それによって経済全体が伸びていく仕組みのなかにいます。自由主義経済を守っていくことは、われわれの土俵を守ることで、これをやっていかないと、仕事をする場が失われてしまう。そのためには、地球環境の問題や人権などをきちっと守らないと、土台そのものが崩れてしまいます。
私はダボス会議に二十数回出てきました。2000年くらいでしたか、アナン国連事務総長に対して、雪の地べたに座り込むデモ隊が強い印象として残っています。多国籍企業が、世界に貢献もしているが、同時にいろいろな問題も起こしているという指摘があり、それがきっかけでグローバル・コンパクトが国連のイニシアティブで出てきた。人権、労働、環境、腐敗防止、の四つの分野の10の原則(注 当初は三分野9原則。2004年、腐敗防止に関する原則が追加された)です。それをアナンさんは打ち出し、みんなサインしてくれというわけです。私どももサインしました。それ以来、国連がイニシアティブを取って、企業の行動を正すことによって、自由な経済社会を守っていこうという動きが出てきました。その一連の動きの中でSDGsなどが出てきたわけです。
最近では環境問題が脚光を浴びているわけですが、環境を破壊しないように企業が努力しないと、環境に加えて自由な経済社会が破壊されてしまう。覇権国家みたいなものが出てくる。だから、みんなよい行動をしましょうと、国連のイニシアティブができています。私は、それは結構なことじゃないかと思いますし、また企業がそれに参画していくことは、企業としての責務だと思います。
リスクテイクでもう一度成長を取り戻す
芳賀 ありがとうございます。サステナビリティ開示についても、IFRS財団で国際的な基準策定が急速に進んでいます。企業の立場では、これら新たな基準に対して、形式的な対応にとどまることなく、具体的な活動や具体的な開示が必要となりますね。
これからプライム市場がスタートしていくなかで、ガバナンスのことだけではなくて、日本企業の競争戦略への期待、そういったものがあったら教えてください。
茂木 戦略面において、日本企業の最大の問題は、リスクをとる企業が少なくなったということだと思います。なぜそうなったのか、やはりバブルの影響だと思います。
バブルの当時は過剰投資が行われました。なかには、企業活動に関連した投資だったらまだいいのですが、まったく関係ないところに過剰投資して失敗するケースもありました。それで会社が潰れたところもあるし、潰れなくても責任を取って社長が辞めるところもあり、当時、社長とか会長がテレビの前で涙を流して会見したことがずいぶんありました。
それをその会社の社員たちが見ていた。バブルが崩壊した頃に三十代、四十代だった人たちが今、社長になっている。だから今の社長さんたちの頭の中には、潜在的には、これはもう安全運転だと、あんまり無理はしない。もちろん企業によっては、相当投資しているところもありますが、一般論として、日本がこの10年、15年のうちにリスクを取らなくなった背景に、バブルの影響があるのではないかと思います。次の世代の人達になれば、多少はリスクを取ることができると期待しているのです。
ここのところ、大失敗したって話を聞かないでしょう。それがコーポレートガバナンスか何かが効いて、失敗しなくなったのならいいのですが、そうではなくて、消極的になっているから失敗しないという見方もできると思います。私は、これからの経営者には、リスクテイクをして成長を目指すこと、もう一度日本がそれをやっていく、それが夢です。
芳賀 そうですね。日本取締役協会の議論でも、「攻めのガバナンス」っていう言葉を聞きます。
茂木 そうですね、「攻めのガバナンス」です。
芳賀 私は攻めのガバナンスとは、企業戦略そのものだと思っています。企業の存在意義(パーバス)を明確にし、長期ビジョンを達成するためにはどのような企業戦略が必要なのか、それを社外取締役も含めて議論する必要があるのではないかと考えます。そこには適宜なリスクテイクが必要です。戦略策定に社外取締役やアドバイザリー・ボードのような方たちの役目が必要とお考えでしょうか。
茂木 社外取締役の活動の目的は、チェックすることではなくて、企業を成長させる、そのためにはCEOを元気づけることです。元気な人をCEOに選んで、その人をサポートしていく。ダメなら次の人に代ってもらう、そういう積極的なコーポレートガバナンスが必要だと思います。今のコーポレートガバナンスは、何か形式に走り過ぎて、どっちかというと、社長やCEOを消極的にさせている気がします。
おっかなびっくりさせて、取締役会に監視されているようです。アイディアは外から出してくださいみたいになってはダメなのです。CEOが自分の責任で考えを出して、この企業を引っ張る。ただ単に「いかがですか、意見を言ってください」と社外の人に聞いたって何も出てきません。
そういう点では、スキルマトリックスなんかも、細か過ぎると思います。ああいう観点で社外取締役を選ぶものではなくて、今までどこかの会社の経営者をやっているか、組織経営の専門家か、それ以上それ以下の何者でもない。財務やマーケティングをやったかなどは関係ないです。経営者としてのキャリアや組織を動かした経験があればいいし、そういう人を選ぶのが大切なのです。
芳賀 なるほど。ありがとうございます。私も、スキルマトリックスを単純な表にして示すことが、誤解を生じさせるのではと懸念しております。それよりもなぜその人を社外取締役に選任したのか、その実際の理由を具体的に示すことの方が重要なのではと考えています。
茂木 積極的なコーポレートガバナンスは、社長を勇気づける、ダメならもちろん代える、これにつきると思います。あれこれ細かいことを言うことは違います。元気づけるということですよ。
芳賀 その点で社外取締役をやっている人も、履き違えているのですね。
茂木 そう、最近の風潮はそういうことです。何か重箱の隅を突っつくような質問をしても、企業の成長に役に立ちません。このような議論、考え方をぜひ日本取締役協会で普及してもらいたいと思います。
芳賀 私も社外取締役の一人として、攻めのガバナンス、攻めの企業戦略ができていない場合に、CEOがその意思決定をできるようになるアドバイスをしていきたいと思います。本日はありがとうございました。
NOTE
茂木友三郎
キッコーマン株式会社
取締役名誉会長 取締役会議長
(公財)日本生産性本部 会長
1935年千葉県生まれ。58年慶應義塾大学卒業後、キッコーマン㈱入社。61年米国コロンビア大学経営大学院卒業。95年キッコーマン㈱ 代表取締役社長CEO、2004年代表取締役会長CEO、11年より現職。経済同友会副代表幹事、日本生産性本部会長(現任)など要職多数。著名企業の社外取締役・社外監査役も歴任。
芳賀裕子
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
慶應ビジネススクールMBA 修了後、プライスウォーターハウスコンサルタントにて国内外大手企業の戦略コンサルティングに従事。その後、総合電機メーカー、産業機械メーカー、保険会社等大手企業のヘルスケア分野への新規参入コンサルティング、ベンチャー企業の取締役や執行役員なども歴任。協和キリン㈱、ミネベアミツミ㈱ 社外取締役。企業戦略とM&Aについて研究。博士(経営学)。
撮影:淺野豊親