日本版スチュワードシップ・コードの方向性

2017年3月14日

日本投資環境研究所 主任研究員・政策研究博士 上田亮子

コーポレートガバナンス・コードと両輪をなすスチュワードシップ・コード。

第11回は、日本投資環境研究所の上田亮子氏に、今春の改定が予定されている日本版スチュワードシップ・コードの方向性について語っていただきました。


 2014年2月に金融庁より公表された日本版スチュワードシップ・コードは、機関投資家の役割やエンゲージメントの実効性についてのフォローアップの議論を経て、現在改訂作業が進められています。

 今回の改訂の主なテーマは、①機関投資家のガバナンス、②議決権行使結果の個別開示、②パッシブ運用のエンゲージメント、④アセット・オーナーの役割、⑤議決権助言会社、⑥集団的エンゲージメントとなっています。

 機関投資家のガバナンスの重要性は、機関投資家の利益相反問題が根源にあり、これは金融庁の重点課題の一つです。スチュワードシップ・コードとは別途、日本版フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)ともいうべき「顧客本位の業務運営の原則」の策定も行われ、運用会社を含めた金融機関グループ全体に対して、個人投資家と機関投資家という顧客の利益と、金融機関自体やその取引先企業の利益との間で、適切な管理のあり方が問われています。日本の大手運用会社の多くが金融機関グループに属し、保険会社や信託銀行など一つの会社の中に法人部門と運用部門を抱える組織も存在する実態があることから、利益相反の完全回避は現実的ではありません。利益相反が存在することを前提として、それが受託者責任を凌駕するような実効性を持つことがないよう、規律付けがなされます。そのため、利益相反の適切な管理と受託者責任の徹底についての説明責任を果たす観点からは、ガバナンスと透明性の向上が求められます。具体策としては、社外取締役や社外有識者会議等の設置による意思決定プロセスの客観性の向上、議決権行使結果の個別開示を通じた透明性の向上が期待されます。

 集団的エンゲージメントは、単独エンゲージメントを補完する手段として英国などで発展してきましたが、日本版スチュワードシップ・コードでは明記されていなかったため、機関投資家が踏み出せない状況がありました。今回の改訂では、現行制度の枠内でも可能であることが確認されました。市場の耳目を集めるような重大な課題を抱える投資先企業にガバナンスの改善を求める場合や、個別の投資先企業に十分なリソースを費やせないパッシブファンドの場合には、集団的エンゲージメントが有効な選択肢ともなります。集団的エンゲージメントは、恒常的に行われるエンゲージメントではありませんが、必要な場合に使える手段として環境の整備が期待されます。

 アセット・オーナーについては、ほとんどの日本の公的年金はスチュワードシップ・コードを受入れていますが、企業年金での導入はまだわずかです。現在、厚生労働省と企業年金連合会において、企業年金のコード受入れに向けた議論が進められていますが、人員や体制が十分ではない基金も多く、アセット・マネジャーを通じたスチュワードシップ活動の強化やそのモニタリングなど解決すべき課題も少なくありません。アセット・オーナーはスチュワードシップ活動を通じてインベストメント・チェーンの価値が向上するよう方向づける役割が期待されますが、他方で、過度な負担を伴うものにならないよう工夫も必要です。

 議決権助言会社については、日本の機関投資家の多くは、日本企業については自ら議決権行使の判断を行っている場合がほとんどであり、助言会社の推奨をそのまま利用するというのは少数でしょう。但し、利益相反関係にある投資先企業については、助言会社の推奨を機械的に採用している場合もあります。他方、海外投資家については、日本企業の株主総会が6月に集中するうえ、英語で十分な情報を確保することが困難であるため、助言会社の推奨通りに行使を行っているところも少なくありません。また、一部の助言会社は、企業に対するコンサルティング・サービスも提供しています。助言会社の影響力と利益相反の観点からも、企業は助言会社に対する規律の強化を求めています。

 このようなスチュワードシップ・コードの課題を検討するため、日本取締役協会は2017年1月、「日本版スチュワードシップ・コードの改定に関する提言」を公表しました。コード改訂作業においては、本提言の議論の多くが取り上げられています。本提言は企業経営者と機関投資家とのまさに建設的な対話から生まれた成果であり、コード改訂で論じられている課題や背景を読み解くうえでも役立つのではないかと思います。


上田亮子氏

上田亮子(うえだ りょうこ)日本投資環境研究所主任研究員 政策研究博士
横浜市立大学大学院。2002年4月みずほ証券入社後、日本投資環境研究所に出向・転籍、現在に至る。2005年4月より明治学院大学非常勤講師。2009年9月より、International Corporate Governance Networkの株主責任委員会委員。2013年11月より金融庁金融研究センター特別研究員。経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築」プロジェクト(伊藤レポート)、「持続的成長に向けた企業と投資家の対話促進研究会」、「株主総会プロセスの電子化促進等に関する研究会」、金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」、「金融審議会市場ワーキンググループ」、「スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」委員等歴任。