外為法改正の外資規制企業統治改革に逆行も

2020年4月10日

井伊重之(産経新聞論説委員)
コーポレートガバナンスに関する論考多数。政府の審議会委員なども歴任。

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.2 - 2019年12月号 掲載 ]

規制企業株の1%以上取得は事前届け出安保利用で「アクティビスト封じ」の思惑

外国資本による日本企業への出資規制を強化する外国為替及び外国貿易法(外為法)改正案が閣議決定された。国の安全保障や防衛などに関する技術や情報が外国に漏洩するのを防ぐため、宇宙関連やサイバーセキュリティ、通信など特定業種の企業に対する外国投資を規制するのが狙いだ。

国家の安全を脅かす海外からの投資を防止するのは、政府の重要な責務だ。安全保障を理由にした外資規制は世界的な流れでもある。そして日本政府には覇権主義を強める中国を念頭に置き、中国と対立を深める米国との同盟強化につなげる思惑もある。

しかし、海外からの投資は日本経済の活性化に役立っているのも確かだ。政府が以前から外国からの投資拡大を呼びかけてきたのもそのためだ。すでに日本の株式市場では、取引の6割は外国勢が占めており、そうした民間投資を萎縮させるような規制強化は問題だ。自由な民間の投資活動を阻害すれば、政府が進める企業統治改革にも逆行しかねない。

政府が2020年4月の施行を目指す外為法改正は、国の安全保障などに関係する115業種の日本企業の株式について、海外の企業や個人が購入する場合に規制対象とした。これまでは上場企業の発行済み株式や議決権の10%以上を外国勢が取得する際、国に事前の届け出を義務づけていた。今回の改正では、規制対象企業の株式の1%以上を取得する場合に国への届け出を義務づける。

1%以上の株式を所有する株主は、株主総会で議案を提案できる権利を持つ。このため、外国企業や外国人が規制対象企業の1%以上の株式を取得する場合に届け出が必要となる。純粋な投資と判断すれば、投資は認められるが、問題があれば政府は投資の変更や中止を勧告できる仕組みだ。この改正で事前届けが必要になる件数は、従来の8倍に拡大するという。

安全保障の脅威になるような外国投資を未然に防ぐのが狙いだが、こうした外資規制の副作用も懸念されている。届け出対象の出資下限を1%にまで引き下げることで、対象業種の企業の株式売買は通常取引まで政府の監視下に置かれかねないからだ。中小型株への投資では、数億円規模の投資でも1%に抵触する。すでに外国人投資家からは影響を恐れる声も上がっており、そうした懸念を払拭するため、政府は経営に関与する意図がない外国の資産運用会社などは、事前の届け出が免除される負担軽減策を講じる。このほか外資系証券の自己勘定取引も規制対象外とし、当初は1%以上の株式を取得した際に求める予定だった事後報告義務も現在の10%以上のままとする。

ただ、これらの負担軽減策を決めたのは財務省だが、政府内には別な思惑も働いている。今回の外為法改正を主導したのは経済産業省であり、同省は日本の株式市場で存在感を高める「アクティビスト(物言う株主)」を封じ込める動きを強めている。このため、会社法改正案でも株主が提案できる議案数を制限することが当初は盛り込まれた。最近のアクティビストは、数%の株式を取得したうえで、株主に有利な提案をして他の株主からの賛同を募る事例が増えている。米ISSのような議決権行使助言会社も株主に有利な提案を支持する傾向が強く、経産省はそうした株主提案を警戒している。こうした同省の姿勢が最近の外資規制につながっているとの見方も根強い。

しかし、政府の企業統治指針(ガバナンス・コード)では、企業は株主との真摯な対話を求めており、そうした株主の声を遮断するような行為は、ここ数年進めてきた企業統治改革の趣旨にも反することになる。今回の外為法改正が「アクティビスト封じ」などという誤ったメッセージを市場に与えることがあっては、安倍晋三政権のアベノミクスにも逆行してしまう。

安全保障を理由にした外資規制は、世界的な潮流だ。米国では2018年8月、中国企業を念頭に置いて外資による投資規制を強化する新法が成立した。英国やフランスでも先端技術分野などで外資規制に踏み切った。欧州連合(EU)では統一的な規制案も浮上している。日本も欧米に足並みを揃え、海外攻勢を強める中国に対抗するためにも外資規制が必要と判断した。

こうした動きがアクティビスト封じに利用されるような事態は許されない。それは世界に開かれた日本経済の将来も危うくしかねないからだ。東京都は「国際金融都市」としての存在感を高めるため、外資規制の緩和などに取り組んでいる。政府も国家戦略特区で建築規制などを緩和し、外資の対日進出に力を入れている。こうした政策との整合性も問われるだけに丁寧な説明が欠かせない。

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