2019年12月11日、会社法の一部改正法及び整備法が公布され、ついに、有価証券報告書提出会社である監査役会設置会社(公開会社かつ大会社に限る)について、社外取締役を置くことが法律上義務付けられる等、わが国のコーポレートガバナンス改革がまた一歩前進することとなった。しかしながら、今回の会社法改正は、上場会社の企業統治形態である、監査役会設置会社、監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社の在り方についてはほとんど手をつけていない。そこで、本稿では、近い将来予想される次の会社法改正を見据えて、上記の企業統治形態の在り方を巡る積み残しの問題を取り上げてみたい。
21世紀に入ってからのわが国の企業統治改革の歴史は、わが国上場企業の企業統治形態に、(社外取締役を活用した)モニタリング・モデルをいかに根付かせるか、ということに向けた取組みの歴史であったといっても過言ではないが、前記の3つの企業統治形態の中で、監督と執行との分離が徹底され、最も純粋なモニタリング・モデルの形態である指名委員会等設置会社に移行している上場会社の数は、ここ2、3年増加基調にはあるものの、現在でも78社(2019年8月1日現在)にとどまっている。このように、指名委員会等設置会社がわが国上場企業の間でなかなか定着しない原因は何なのであろうか。
その要因としてよく挙げられるのが、指名委員会等設置会社には指名・報酬・監査の3委員会(しかも、各委員会はそれぞれの権能の範囲では専決的決定権を有するものとされ、取締役会全体による決議でも、各委員会による決定を覆すことはできないとされており、この点は定款をもってしても変更できないとされている)を設置することが義務づけられている等、制度的にやや柔軟性に欠けるという点である。例えば、指名委員会等設置会社では、取締役及び会計参与の選解任議案に関する限り、指名委員会に最終的な決定権限があるため、最高経営責任者(CEO)の「お友達」である社外指名委員の抵抗で、CEOの解任等が迅速に進まない場合があるともささやかれている。また、取締役会(全体)の役割と監査委員会のそれとの間に重複があって問題であるとの指摘もよく聞かれる。実際、監査委員会の監査の範囲や在り方についての理解が十分に浸透していないため、一部では、監査委員会が、独立監査人の監督を通じて内部統制システムの実効性をモニタリングするという本来の在り方(組織監査)を逸脱し、具体的な業務執行の適否等についてまで介入を行う事例も見られる。この点は、監査委員会の運営の在り方につき、実務的な指針や慣行が未成熟であるために生じている現象とも考えられるが、わが国では、監査委員会の監査の対象が(業務の妥当性・効率性にも及ぶため)非常に広汎であることも、このような現象が生じている背景にあるように思われる(この点、米国では、通常、監査委員会の目的は、大雑把にいえば、経営陣による財務報告プロセスに関する各種行為の監視・監督及び内部統制システムの実効性の確保その他に関して取締役会が監視・監督責任を果たすことを援助すること、並びに独立監査人の任免、その報酬等の決定及びその監督等であるとされており、業務の妥当性・効率性に関する監査までは目的とはされていない)。
その他にも、必置3委員会以外の任意の委員会を設置する会社法上の根拠規定がなく、また、定款をもってしても、それら任意の委員会については、その決定が会社を拘束する最終的な決定とすることができない点が問題であると指摘する声も聞かれる。すなわち、近時、わが国でも、買収防衛策における対抗措置の発動の是非に関する審議や経営陣買収(MBO)や支配株主による完全子会社化取引の適正性・公正性等に関する審議等を目的として、アドホックに独立委員会が設置される例は数多く見られるし、監査役会設置会社や監査等委員会設置会社が、任意の諮問機関として指名諮問委員会や報酬諮問委員会を設置する例は急速に増加しているが、これらの任意の委員会については、現行法上、その法的位置付けやその決定等がどのような法的効果を有するのかが不明確で、問題ではないかというのである。かかる問題を解決するため、わが国でも、米国の各州会社法(例えばデラウェア州一般会社法141条2項)にならって、会社法において、取締役会が任意に内部委員会を設置する場合の根拠規定や、その権限や決議の効力等に関する定めを置くことは、十分検討に値するように思われる。
以上のような指摘を踏まえて、日本取締役協会は、かねてから、指名委員会等設置会社制度に関して、独立社外取締役(独立取締役)が取締役会の過半数を占める場合の特則を設け、そのような会社においては、必置3委員会の設置義務を解除して、それら各委員会の権限の全部または一部を取締役会の権限とすることを認める一方、会社の選択により、任意に委員会を設置して、取締役会の権限の全部または一部をそれら委員会に移譲し、移譲された権限の範囲内ではそれら委員会の決定が会社を拘束することを認めるべきではないかと主張してきた(例えば、2007年10月17日公表の日本取締役協会・金融資本市場委員会「公開会社法要綱案 第11案」3・01①及び②参照)。
もともと、商法平成14年改正で創設された委員会等設置会社制度は、上場会社においても社外取締役を選任している例があまりなく、取締役会の過半数を社外取締役で構成することが実際上困難であった当時のわが国の実情を踏まえて、社外取締役を最低2名選任すればモニタリング・システムに基づく企業統治形態を採用できるように考案された過渡的な制度であり、取締役会の過半数を独立取締役とすることができる会社が、上述したような米国型の委員会設置会社形態を選択することを禁じるべき理由はとくに存在しない。また、わが国では、社外取締役が過半数を占める上場会社はまだ少数にとどまっているところ、取締役会の過半数を独立取締役とした会社に上記のような機関設計の柔軟化を認めることとすれば、取締役会の構成をそのように変革する強いインセンティブを付与することにもなろう。
従って、少なくとも、独立取締役が取締役会全体の過半数を占めるような会社法上の公開会社については、監査役の設置を不要とし、必置3委員会の設置も任意としたうえで(もっとも、米国のように、上場会社については、法令で監査・報酬の両委員会は必置とすべきであろう)、定款をもって、取締役会の中に、当該委員会の決定が会社を拘束する最終決定となるような委員会(拘束決定型委員会)や、取締役会による別途の決定がない限り当該委員会の決定が会社を拘束する決定となるような委員会(「上書き決定」可能型委員会)を任意に設置できるようにすべきであろう。そうすれば、買収防衛策やMBOの場合等において用いられる独立委員会の法的位置付けやその決議の効力等が明確になり、わが国上場会社における一般株主の利益保護にも資するように思われる。
この点、次の会社法改正に当たっては、検討対象として取り上げられることを強く期待したい。
太田洋Yo Ota
弁護士、ニューヨーク州弁護士
1993年弁護士登録(第一東京弁護士会)、2001年ニューヨーク州弁護士登録。クロスボーダー案件を含むM&A取引、コーポレートガバナンスを中心に、企業法務全般を幅広く手がけ、日本経済新聞社「企業法務・弁護士調査」では常に上位にランクイン。