証券取引等監視委員会(以下「証券監視委」という)は、金融庁に設置の委員長及び委員2名(3年任期)で構成される合議制の法執行機関として、平成4年に発足し、証券市場等の公正性・透明性の確保と投資者保護を図り、資本市場の健全な発展に貢献するとともに、国民経済の持続的な成長に寄与することを使命とする。発足当初は刑事告発を主な手段として重大悪質な違反行為に対処してきたが、この約28年の間に金融商品取引法の制定、課徴金制度の導入、証券検査権限の拡大などにより、法令と市場監視権限の充実・強化が図られ、組織体制も当初の2課から6課へと拡充・整備された。監視体制等の強化と相まって、法令遵守の意識も向上し、相当の自己規律も働く市場となり、公正性・透明性を相応に備えた市場になってきた。とはいえ、悪質な違反行為がやはり跡を絶たないし、その違反形態、背景事情も複雑、高度化していて、監視上の新しい視点、工夫を常に必要としている。そうした中、令和元年12月の新体制の発足に伴い、令和2年1月24日に「中期活動方針(第10期)~信頼され魅力ある資本市場のために~」を公表した。その要点は、以下のとおりである。
まず、証券監視委が目指す市場は、相互信頼関係に基づく「信頼され魅力ある資本市場」であり、高齢者を含む幅広い年齢層の個人投資者も安心して参加でき、国民の資産形成と日本経済の活性化に貢献する市場である。すなわち、市場参加者が資本市場の健全な発展及び投資者保護の確保という目標を共有し、上場企業等による適正なディスクロージャー、証券会社等の市場仲介者による法令遵守と顧客本位の業務運営、市場利用者(投資者)による自己規律、証券監視委などの当局と自主規制機関によるプロフェッショナルな市場監視という、それぞれに期待される役割が遂行され専門性の発揮される市場である。
そして、証券監視委は、職員一人一人が職責を適切に果たすための業務遂行上の活動理念を①公正・中立、②説明責任、③フォワード・ルッキング、④実効性・効率性、⑤関係機関との協働、⑥最高水準の追求とした上、戦略目標を「広く」・「早く」・「深く」市場監視を行っていくこととしている。「広く」とは、株式市場と債券市場、現物市場とデリバティブ市場、発行市場と流通市場などを対象とした「網羅的な市場監視」であり、取引等の複雑化、企業のグローバル化の進展、金融商品取引業者等のビジネスモデルの構造的変化等を背景とした新たな商品・取引等のリスクを的確に把握・分析しつつ、必要な調査・検査等を行うことである。「早く」とは、情報収集・分析力を活用した「機動的な市場監視」であり、マクロ的な視点に基づくフォワード・ルッキングのアプローチも用い、問題の早期発見に努め、迅速かつ効率的な調査・検査を実施することである。「深く」とは、法令違反等の問題の実質面に着眼した「深度ある市場監視」であり、その根本原因の究明を踏まえ、当事者等と深度ある議論を行い、自主的な改善及び再発防止に向けた取組みを促し、市場の構造的な問題が認められた場合には、金融庁、自主規制機関等に制度改善の提案を行うなどして、より良い市場環境整備に貢献していくことである。また、この目標達成のための施策は、①内外環境を踏まえた情報収集力の向上、②深度ある分析と迅速かつ効果的・効率的な調査・検査の実施、③市場規律強化に向けた実効的な取組み、④デジタライゼーション対応と戦略的な人材の育成、⑤国内外の自主規制機関等との連携の5つである。
ところで、改めて申し上げるまでもなく、今、市場を取り巻く環境が大きく変わりつつある。第一に、グローバリズムの著しい進展に伴い、海外から日本への投資も、日本から海外への投資も増える一方、企業活動そのものも、海外子会社との分業、アウトソーシングなどによって国際化している。第二に、デジタライゼーションの革命的な進歩により、アルゴリズム取引や高速取引が株式売買に用いられる一方、企業活動とビジネスモデルもビッグデータ、IoT、AIなどにより大きく変わりつつある。そして、国際的な緊張関係、コロナ禍などを背景として、経済・景気の不確実性が高まる中、企業が何のためにあるか、お金や収益は何のために必要か、という企業や資本市場のそもそもの存立意義が改めて問い直され、その真の価値の本質を確認すべき重要な時期にある。
さて、本誌第2号の日本取締役協会・宮内義彦会長の「企業経営とコーポレートガバナンスの必要性について」を読ませていただき、企業は、経営資源の制約の中で「効率」性が重視され、それを測るシステムが「市場経済における競争」であるため、「熱いトタン屋根の上の猫」のような切ない面もあるが、そもそも社会をより良いものとするために経済活動で貢献していく機能と責任を与えられている存在であり、その日本企業の業績向上、厳しい状況からの起死回生のためにも、コーポレートガバナンスの整備を進め、社外取締役などによる取締役会の監督機能の強化、企業経営のチェック・アンド・バランスを図る必要があると論じられていると理解した。
この点、証券監視委も、法令違反行為の摘発の際、その背景事情の解明、根本原因の究明、違反の再発・未然防止に務めているが、その重要な着眼点がガバナンス体制である。開示規制違反の場合、当該上場企業の内部統制、ガバナンスの機能不全が認められることが多いため、開示検査ではガバナンスに着目し、経営陣には問題の認識、改善策の検討、再発防止の体制整備を促している。証券会社等の検査でも法令違反を防止するためのチェック体制が十分に機能しているかをガバナンス面からも確認している。また、インサイダー取引の調査では重要事実の情報管理の不備、法令遵守意識の低さが認められる場合、ガバナンス上の問題があれば改善を求めている。証券監視委でもガバナンスを重視しているが、その形式的な整備ではなく、実質的な機能が重要であると日々痛感する。日本取締役協会の取組みに期待している。
長谷川充弘 Mitsuhiro Hasegawa
金融庁証券取引等監視委員会委員長
1982年検事任官。大阪、神戸、東京等の地方検察庁、法務省に勤務。東京高等検察庁刑事部長、最高検公判部長、名古屋地検検事正等を歴任。2016年9月広島高検検事長で退官。同年12月より現職。