日本版コーポレートガバナンス・コードが制定されてから今年でまる5年が経過する。全上場銘柄のうち、コード制定前に社外取締役を導入していた企業は3分の2程度だったが、直近ではほぼ全銘柄が社外取締役を導入している。ROEについては、足元でマクロ環境が厳しいこともあり、改善ペースは遅いものの、それでも直近期でROEが8%以上であった銘柄は全体の半数を超えている。
新型コロナウイルスによるパンデミック(世界的大流行)は、社会的、経済的にも今まであった色々なものを破壊しつつある。せっかく感染死者数を低い数字に抑え込むことに成功しても、感染流行からの回復期において経済的なリカバリーに手間取ると困窮に起因した多くの人生の悲劇を招く危険性があり、さらには深刻な経済不振が政治的な不安定やポピュリズム、戦争の誘惑を生むことも人類史の教訓である。
すなわちコロナショックからの真の復興は、経済の持続的な復興を成し遂げてはじめて成るのである。
そのためにわが国においては、日本企業自身が旧来のモデルと決別し、新しいモデルを作り直す必要がある。1960年頃からの高度成長とともに形成・確立された「日本的経営」モデルで日本がピークを迎えてからのこの30年、グローバル化が進みプレーヤーが増えるという大きな環境変化に加え、デジタル革命の進展により破壊的な変化が起きた。このような環境下で、改良・改善を旨とした同質的、連続的な日本の会社――裏返して言えば事業と組織の何割かを短い時間で入れ替えるような不連続で大きな方向転換が苦手な「日本的経営」モデルは完全に行き詰ってしまった。その長期停滞のところへ感染症が襲いかかり、しかもその衝撃でデジタル革命は加速する気配である。
破壊的イノベーションの時代を経営するには、既存事業を「深化」して収益力・競争力をより強固にする経営と、イノベーションによる新たな成長機会を「探索」しビジネスとしてものにしていく経営を両立させる「両利きの経営」が求められる。
私が早稲田大学大学院 経営管理科の入山章栄教授とともに日本に紹介した『両利きの経営』(チャールズ・オライリー、マイケル・タッシュマン共著)に登場する多数の事例研究から浮かび上がってくることは、日米を問わず両利きの経営、多元的な経営を持続的に実践するために必要な両利きの組織能力を企業が身につけることは容易ではないが、これまた日米を問わず、その成否は経営次第・経営者次第という示唆である。
デジタル革命の新しいフェーズ、すなわち自動運転や遠隔医療などのリアル×シリアスフェーズは、ハードウェアやオペレーションに強い会社にとって脅威であると同時に大きなチャンスをもたらす時代でもある。これをチャンスにできるかどうかは、両利きの組織能力を身につけるコーポレート・トランスフォーメーション(CX)が出来るかどうかにかかっている。
今、求められているCXは企業の最も根幹的な部分の改革であり、憲法改正くらいのスケール、時間軸、マグニチュードの大変革にならざるを得ない。組織能力の変革度合いを表すものとして、古い日本的経営の統治機構を表す旧憲法と、それと対極にある新憲法試案との概要をまとめたものが図である。
皆さんの会社は旧憲法と新憲法の間のどのあたりにいるだろうか?置かれた状況による差こそあれ、目指すべきCXゴールは現在よりは新憲法寄りのところになる。
新旧憲法のギャップで分かる通り、CXは極めて本質的で、長期間にわたりストレスを強いる難しい継続的な改革である。
CXを実現していくためには、まずは長期のゴールを設定することが必要である。10年後くらいの会社のカタチを新憲法のイメージにどこまで近づけるか。現在の事業ドメインと組織能力の今と10年後をイメージしながら、抽象論ではなく、各項目について具体的なKPIを置いてゴールを設定する。ここで描かれたものこそがCXゴールであり、このギャップをどの時間軸でどう埋めるかがCX基本計画となる。
経験則的に言うと、CXモードにするために一番効くのはやはり社長人事である。多くの人々が改革疲れとなり、「次はさすがに穏健派の社長だろう」と思い始めたころに前任者以上に破壊王なトップが就任すると、さすがに人々の中の抵抗する心は折れ、CXの流れに乗って自分も変容しようと考え始めるのだ。ローマにおいて共和制を破壊した革命家カエサルが暗殺されたあと、後継者になったのはさらに老獪な革命家アウグストゥスであり、彼の代で共和制から帝政へのトランスフォーメーションは完了する。CXは一日にしてならず、である。
そしてもう一点、破壊的変化が次々と起こる現代においては、10年後のCXゴール自体がムービングターゲットとならざるを得ない点も重要だ。少なくとも2〜3年に一回は、当初のゴール設定でいいのかレビューし、必要に応じて改定する必要がある。
つまり、CXの真のゴールは恒久的にCXを続ける力、持続的な企業組織の変容力を獲得することにあり、変化に対応する組織能力を持つ企業が両利き経営の時代の勝者になっていくのである。
デジタル革命の最終フェーズとも言うべき、リアル×シリアスフェーズにおける可能性の扉が開く瞬間が目の前に来ている。この扉が開いているのは、この先5年から長くて10年だろう。この時間軸の中で、日本企業自身が過去の成功の呪縛をいよいよ断ち切り、異次元のCX力、変容力を獲得するための会社の大改造に始動、成功することを切望している。なお、本稿の「CX革命」の方法論については、拙著『コーポレート・トランスフォーメーション』(文藝春秋刊)に詳述したので、関心のある方は参考にして頂ければ幸いである。
各界を代表する論客が企業統治について語ります。
冨山和彦Kazuhiko Toyama
株式会社 経営共創基盤 代表取締役CEO
ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年に産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、IGPIを設立。パナソニック社外取締役。経済同友会政策審議会委員長。財務省財政制度など審議会委員、内閣府税制調査会特別委員、金融庁スチュワードシップ・コードおよびコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議委員など要職多数。近著に、『コーポレート・トランスフォーメーション』『コロナショック・サバイバル』『AI経営で会社は甦る』『なぜローカル経済から日本は甦るのか』、他。