私が初めてコーポレートガバナンス(以下CG)を意識するようになったのは、1995年に社長になった時です。当時のソニーは買収した音楽・映画事業をどのように経営していくか、インターネットの本格普及の中で、デジタル化への変革をどのように行うかという課題がありました。これらの課題を解決するためには、決定プロセスの明確化と執行の迅速化が必要であり、そのためには、CGの在り方を変える必要があると痛切に感じたのです。
私はCGに関心も無く、また勉強もしてこなかったこともあり、客観的にソニーのCGの現状を分析することが出来ました。 CGにおいて一番大事な機関は取締役会です。そこで会社法を調べると、取締役会は執行し監督する機関と書いてあり、驚きました。執行するのと監督するのが同じというのは、矛盾すると思ったからです。(泥棒と警察が一緒という感覚。いわゆる「泥警」) また、40名以上も取締役がいて、私の目からは、実質的な議論がされる場ではないと感じていました。そこで、私は他国ではどうかを勉強するため、米国のGM、欧州のネスレ、エレクトロラックスの社外取締役を務めました。
社外取締役を務めて分かったのは、国によっても、会社によっても取締役会の在り方は違うということと、一方で、常に自社にあったCGの在り方を探求しているということでした。
そこで、私はソニーに合うCG改革を行うことにしました。まず取締役会は監督の立場という位置づけを明確にすると共に、執行側に法律で許される範囲で執行権限の委譲をしてもらうことを考え出しました。その上で、執行側の人には取締役から外れてもらい新たなポジションとして「執行役員」を創り、就任してもらうことにしたのですが、そこで悩んだのが、サラリーマンの頂点は取締役だという意識にどのように対処するかでした。最終的には、取締役から執行役員になる方々の家族に対して大賀会長から「取締役から降ろされたのではない。サラリーマンの頂点は執行役員です」という手紙を出してもらいました。一方で、取締役は代表権のある執行役員とガバナンス関連の執行役員と社外の方に限定したかたちに1997年に変革し、同時に報酬委員会、人事委員会を取締役会の前置機関として設置しました。
この取締役会の改革と並行して行ったのが、執行側のCG改革です。具体的には会議体あるいは執行の責任者がどのような権限を持つのかを明確にし、会議体はきちんと議論できる人で構成するように変革しました。監督と執行という概念でいうと、上位者は一定の権限を下位者に与えてその範囲での執行責任を担わせ、その執行結果を監督するという形になります。これにより、執行責任の所在が明確化すると共に、執行決定の迅速化が図れました。
2002年に会社法が改正され、委員会等設置会社を選択すると、執行と取締役(監督)を分けることが可能になりましたが、これを採用するかは正直悩みました。というのは、この新制度は我々が導入した制度とは違う仕組みだったからです。我々が創造した「執行役員」は取締役とは違う存在として、株主訴訟の対象ではありませんでしたが、新しく法で定められた「執行役」は株主訴訟の対象になっており、この制度を導入すると、執行側に「執行役」と「執行役員」という、似て非なるポジションを二重に作ることになります。
我々が設置した委員会は事前審議を行い、取締役会で承認する位置づけであったのに対し、新制度では報酬及び指名委員会で最終決定する制度になっていました。株主に対しての一義的な責任は取締役会が負うということのはずなのに、執行役に責任を広げる一方で、少人数の委員会に重要な権限を一任するという発想には戸惑いました。また、取締役による監査委員会設置も我々とは違うものでした。私はソニー流のままで良いとも思いましたが、反対すると日本のCGが進まないという思いもあり、新しい制度を採用しました。
ソニー創業者の盛田さんは、資本市場を活用した成長戦略に着目され、時価発行増資の導入を含む資本市場改革を行いました。同時に、この戦略のためには株主や市場との対話が必然であることと、株主や市場が納得するCG制度を持つ必要性も認識されていました。そのために、社外取締役の導入なども行う一方で、パンアメリカン航空の社外取締役なども引き受けられ、海外のCGの実体にも精通されていました。私は盛田さんの基本スタンスは、欧米の制度を良く理解した上で、日本あるいはソニーに適した制度を作り、国際的競争力を高めることにあったと理解しています。私がやってきたことは、この盛田さんの考え方を継承したといえます。
この観点から日本のCG改革を見ると、欧米の制度を日本に導入することが目的化しているように思えます。欧米のCG改革は、「企業の持続的な成長を担保しつつ、企業と市場の健全な関係性を維持する」という目的のための手段であり、欧米の制度を形だけ導入してもこの目的が達成されなければ意味がありません。
欧米の制度を入れるのであれば、ベースにある考え方を理解し、そこから変革しなければ結局は形だけの導入になります。例えば、欧米の会社では取締役会議長は社外取締役が就任し、取締役会の開催はだいたい3か月に1回(この1回は最低1日フルに議論)です。この話をすると、「議長のなり手がいない」とか「3か月に1回だと会社が回らない」とかの反論を受けます。結果的に、取締役会は毎月最低1回開催され、議長には会長や元会長が就任することになっています。
欧米と同様に取締役会を執行の場ではなく、執行を監督しつつ、会社の持続的な成長のための改革を生み出す場にするには、いっそのこと発想を変えて、取締役会議長は社外取締役が就任し、取締役会の開催は3か月に1回で行うことを前提に法律と意識を変えるというアプローチが必要ではないでしょうか。それができないのであれば、目的が達成されるために、日本企業にはこういうCGが手段として適切だということを堂々と主張すれば良いと思います。監査役会設置会社制度も、監査役を退任役員から選任する等の「泥警」の部分を改善すれば、良い制度です。
最後になりますが、欧米のCG改革は留まることなく、これからも改革が進みますし、そのスピードはさらに速くなっていくと思います。今まで通りのやり方で欧米のCG改革を後追いしていると、日本での導入議論が決着する段階では遅れた改革になってしまうのではないでしょうか。CG改革を学者や官僚に任せるのではなく、経営者が自社の経営改革の手段として自ら考え提案していく必要があると思います。
出井伸之
クオンタムリープ株式会社 代表取締役会長 ファウンダー
1995年にソニー代表取締役社長に就任。2005年にソニー会長兼グループCEOを退任後、2006年にクオンタムリープ株式会社を設立。代表取締役会長 ファウンダーとして、大企業変革支援やベンチャー企業の育成支援活動を行っている。