新市場区分と改訂コーポレートガバナンス・コードの下での企業価値向上

2021年9月15日

青克美(株式会社東京証券取引所 執行役員)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.7 - 2021年8月号 掲載 ]

東証では、今般、株式市場の市場区分再編(来年4月実施)とガバナンスコードの改訂(本年6月実施)を手掛けてきた。これらは、資本市場に上場する企業にとって究極的な目標である「健全な起業家精神の発揮による持続的成長と中長期的な企業価値向上」に向けて各社の取組みを後押しする、という共通の目的に基づく一体の取組みである。

市場区分再編とそれを前提とするコード改訂

市場区分再編により、現在の5つの市場区分(市場第一部・市場第二部・マザーズ・JASDAQスタンダード・同グロース)は、スタンダード市場・プライム市場・グロース市場の3つの新市場区分に移行する。現市場区分には、「各市場区分のコンセプトが曖昧で投資者の利便性が低い」、「上場企業の企業価値向上の動機付けが十分に機能していない」などの課題が生じていた。市場区分再編は、これらを受け止め、上場企業が自社に最も適した環境において企業価値向上を果たしていくための基盤整備を目的としている。

新しい市場区分にはそれぞれコンセプトを設定し、①スタンダード市場は、個人をはじめとする一般投資家の投資対象となり着実な成長を目指す企業向け、②プライム市場は、グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えて企業価値向上にコミットする企業向け、③グロース市場は、高い成長可能性を有する企業向けと位置付けている。誤解を招く解説もあるようだが、新市場区分に上下・優劣はなく、異なるコンセプトの市場区分が並立する関係にある。

市場区分ごとに、コンセプトに応じた定量的・定性的な上場基準を設定するが、その際、企業価値向上のための一つの要素としてガバナンスも重視している。定量的な基準として、上場後も維持すべき流通株式比率の基準を大幅に引き上げるとともに、ガバナンスの質に関わる定性面について、コンセプトに応じた内容のガバナンスコードを設けることで、各市場区分に応じた形で投資者をより意識したガバナンスの進展を目指している。今般のコード改訂は、近時の社会経済情勢の変化を踏まえた定例的な見直しに加え、新しい各市場区分において投資家から基本的に期待されるガバナンスを示すという意味合いをも持つものでもある。とりわけ、プライム市場については、グローバルな機関投資家の目線やそれらとの対話を強く意識したものとしている。

改訂コードへの対応

今回のコード改訂は、取締役会による実効性の高い監督の下で、相応のリスクをとって果断な経営判断を行うために必要な体制を整備し、収益力を高め(事業再編による各事業の収益力向上も含む。)、得た収益で十分な再投資を行い、社会からの支持を得つつ中長期的な企業価値を高い水準にもっていく、ということを期待する内容となっている。これは、各企業だけでなく全てのステークホルダーや社会全体にとって望ましい結果となる。

各社におけるコード対応として必要なのは、目先で多くの原則にコンプライすることでは決してない。重要なのは、コードは投資家からの基本的な期待を示したものであると受け止め、その趣旨を吟味した上で、企業価値向上に向かっていくべき自社の在り様を真剣かつ深く掘り下げて検討し、真摯に対峙することである。その結果が熟慮の上での充実したエクスプレインなのであれば、表層的な検討でコンプライするよりも、よほど投資家の信頼が高まるだろう。

改訂の主要テーマの1つである取締役会の機能発揮について見ると、(モニタリングボード、マネジメントボードのいずれでも)そこで求められるのは、やはり形式的なコンプライではなく、企業価値向上を意識した取締役会の議論の深化とそれによる監督機能の実質的な充実である。また、多様性確保やサステナビリティへの取組みも、出発点は、取締役会で企業価値向上の観点から自社に何が必要なのかに遡って検討していただくことである。取締役をはじめとする各社の皆様には、この視点を持ってコード改訂に対応することをお願いしたい。

市場区分選択において持っていただくべき視点

9月~12月の間に上場会社には移行先の市場区分を選択いただくが、取締役会には、各市場区分のコンセプトを十分に理解し、自社が成長を遂げるために最適の市場区分がどこかという観点での検討をお願いしたい。

まず、定量的な基準との関係では、例えば市場第一部上場企業の中にはプライム市場の基準に適合しない企業もあろうが、その場合でも、プライム市場の仕組みが自社の企業価値向上に最適と判断する企業のために経過措置を設けている。こうした企業は、基準への適合に向けた計画を策定し、この計画の実現に取り組んでいくことが求められる。

よって、企業価値向上という本質的な点から外れて、拙速に基準適合を図ることは本意ではない。流通株式比率を高めるために本来の資本政策にそぐわない安易なエクイティ発行や、流通株式時価総額を増大させるために事業戦略に依拠しないシナジーの乏しいM&Aを行うようなことは、望ましいことではない。

また、コーポレートガバナンスの面でも、ガバナンスコードをコンプライできるかどうかで市場選択をすることは望ましいことではなく、各市場区分に応じたガバナンス向上に主体的に取り組む意思が、市場選択にあたって重要となる。例えば、プライム市場では、上述の通り、グローバルな投資家の目線を踏まえた高水準の対話を行いながら、企業価値向上(経過措置適用会社は上記計画の実現も)を図ることが求められる。さらに、今回のコード改訂の後も、期待されるガバナンスの水準は、グローバルな投資家の目線から一層高まることが予想されることをも踏まえ、コードを尺度とした投資家との対話を通じて、ガバナンスの向上に自律的にコミットし続ける意欲を持ってプライム市場を選択していただくことが望まれる。また、スタンダード市場でも、コードを踏まえて、着実な成長に向けて自社の状況に即した創意工夫によってガバナンス向上を図ることが求められる。

なお、市場第一部の上場企業数が多いことを問題視する報道も目にするが、今般の再編は、そのような観点から企業のふるい落としを図るものでなく、あくまでも企業価値向上の動機づけを目指すものである。プライム市場でグローバルな投資家の目を意識しつつ企業価値向上に励む企業が多く出ることは望ましく、さらに、将来、今回はスタンダード市場等を選択する企業がプライム市場を目指すことで、プライム市場の企業数が増えることも望ましいことと考えている。

まとめ

最後に、改めて、市場区分再編やコード改訂の根底にあるのは、上場企業1社1社の価値向上である。地道ではあるが、個々の中長期的な企業価値の向上が、総体として、我が国の経済活力の向上と資本市場の魅力向上に結びつき、好循環をもたらすこととなる。東証としても、各社の企業価値向上への取組みを促し、日本の株式市場の変化を国内・海外に強くアピールしていくことで、その好循環に貢献してまいりたいと考えている。

青克美氏

青克美
株式会社東京証券取引所 執行役員
東京証券取引所入所後、上場制度、開示制度、コーポレートガバナンス等を担当。法制審議会会社法制部会 委員、金融庁・東京証券取引所「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」事務局、経済産業省コーポレート・ガバナンス・システム研究会委員などを歴任。

これまでの記事[ OPINION ]