昨年から今年にかけて、金融庁では、コーポレートガバナンス改革の効果検証のため、実証研究の整理と企業のコーポレートガバナンスに関する取組みについてのインタビューを行いました。
実証研究の整理について総括すると、コーポレートガバンナンス改革以降の日本を研究対象とした実証研究の数は必ずしも多くなく、その結果が区々であることから、現状では改革の評価が定まっているとは言いがたいと考えています。もっとも、実証研究のなかには「指名・報酬委員会を設置している企業はROAの伸び幅が大きい」「資本効率が悪い企業が余剰現預金を減少させると、市場からの評価が上昇」「機関投資家とのエンゲージメントは、ガバナンス改善や株価上昇をもたらす」といった示唆が得られるものがあったことに勇気づけられました。(1)
企業へのインタビューでは、上場企業16社から、各社のコーポレートガバンナンスに関する取組みに加えて、コーポレートガバンナンス改革自体の評価も伺いました。
企業の皆さまからは、コーポレートガバナンス改革によって取締役会の審議が充実し、中長期的な経営戦略の議論が深まり、企業経営によい影響があった、あるいは、投資家との対話から経営に有益な示唆を得られたといった声が聞かれ、改革の方向性及び有効性については一定の支持がありました。
一方で、コーポレートガバナンス・コードが企業経営の細部にいたる要請を行うことで、かえって企業が形式のみを整えることにつながり、改革が形骸化しかねないことを懸念する声もありました。また、機関投資家による形式的な議決権行使や、中堅以下の規模の企業における投資家との対話の機会の不足といった課題も指摘されました。その他、企業の取組みにおける様々な工夫を含めて詳細を金融庁ウェブサイトに掲載しております。ぜひご覧下さい。(2)
本年5月16日の金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」(以下「フォローアップ会議」)では、これらの資料に基づき活発なご議論を頂きました。コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードの整備は進んできているとの評価が聞かれ、今後については、コードのさらなる細則化をすべきではないとの意見もありました。
また、取締役会の監督機能を高めることが重要との考え方が多くの企業で共有され、取締役会の議論の内容が変化し、それが中長期の戦略策定に反映されている、との指摘がありました。 一方で、フォローアップ会議では、プライム市場でもPBR1倍割れの企業が半数弱と依然として多いことへの指摘を複数頂きました。多くの企業において、資本コストを意識しつつ、人的資本への投資や研究開発投資を含めた成長投資を積極的に行い、中長期的な企業価値の向上をどう実現していくかが、大きな課題になっていると認識いたしました。
今後は、社外取締役の質の向上、資本コスト経営の推進、実質的なエンゲージメントの促進などの取組みが期待されるという指摘もいただいており、金融庁においても、改革を推進するためにフォローアップを続けていきたいと考えています。
資本市場を通じて効率的な資源配分を実現するための「インフラ」である開示制度については、近年、中長期的な企業価値を評価する観点から、非財務情報の開示の充実を求める声が強まっています。こうした声を踏まえ、金融庁の金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループにおいては、昨年9月から開示制度の見直しに係る議論を行ってきました。
本年6月13日に公表された同グループの報告においては、サステナビリティやコーポレートガバナンスに関する開示の充実を進めていくこととされました。(3)
まず、サステナビリティについては、法定開示書類である有価証券報告書にサステナビリティの記載欄を新設すべきとされています。記載欄では、企業は重要性(マテリアリティ)があるサステナビリティ情報を判断して記載することになりますが、気候変動については投資家の関心が非常に高く、多くの企業について充実した開示が期待されています。また、人的資本については、全ての企業について、人材育成方針、社内環境整備方針を開示すべきとされているほか、多様性の観点から「従業員の状況」欄において、男女間賃金格差、女性管理職比率、男性育児休業取得率を記載すべきとされています。
私見ですが、開示の前に、企業が、経営戦略の問題として、自社にとって重要なサステナビリティ課題を特定し、各課題への対応方針と必要な指標・目標を定め、進捗を管理し、次の一手につなげること、そのための適切なガバナンス体制をあらかじめ構築しておくことが重要と考えています。
また、これまでの議論を通じて、気候変動であれ、多様性を含む人的資本であれ、単に特定の数値を開示すればよいというだけではなくて、経営戦略と紐づけられた説得力のあるサステナビリティの考え方や取組みを示すことを投資家から求められているという印象を受けました。
次に、コーポレートガバナンスの開示の充実については、今回の報告では、取締役会、指名委員会・報酬委員会の活動状況について有価証券報告書に記載欄を設けるべきであるとされています。その際、取締役会等の「主な検討事項」を記載することになりますが、投資家は、実際に何が検討されたのかがわかる記載を期待していると考えています。
この他、有価証券報告書の英文開示については、海外機関投資家の約7割が必要と回答しているものの、現状、実施企業は少数にとどまっています。今回の報告では、プライム市場上場企業について、積極的に英文開示を行うことが期待されています。また、有価証券報告書の株主総会前提出については、今回の報告において、株主総会前にサステナビリティ情報を記載した有価証券報告書が提出されていることは特に重要であり、有価証券報告書の提出と株主総会との間に十分な期間を置くためには、株主総会の開催を事業年度終了後の4~5ヶ月後とすることが必要と指摘されています。英文開示、株主総会前提出とも、事例は少しずつ出てきておりますので、先進的な企業の経験、知見が広く共有され、取組みが広がるよう後押ししていきたいと考えています。
今後も、取締役をはじめとする関係者の皆さまの幅広いご意見を伺いながらコーポレートガバナンスに関連する取組みを進めてまいります。引き続き、ご指導よろしくお願い申し上げます。
※本文は、筆者の個人的な見解であり、筆者が所属する組織の見解ではありません。
NOTE
廣川斉Hitoshi Hirokawa
金融庁 企画市場局 企業開示課長
金融庁において金融機関の監督、金融制度の企画立案、人事、予算、大臣秘書官業務などに従事。2021年夏から現職。コーポレートガバナンス改革、ディスクロージャー制度、会計監査制度等を担当。