ガバナンス議論の原点を振り返る

2022年11月14日

八田進二(青山学院大学 名誉教授)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.10 - 2022年8月号 掲載 ]

わが国でバブル経済崩壊後の1990年代初頭、主要国では企業不正の発覚を契機に、健全な企業経営を確保するための規律づけとして、内部統制やコーポレートガバナンスの議論が始まったのである。即ち米国では、1992年、80年代の不正な財務報告の防止・抑止をないしは適時発見に向けた勧告を行ったトレッドウェイ委員会を支援していた組織委員会(通称、COSO)が、「内部統制の統合的フレームワーク」を公表。それが内部統制に関するデファクトスタンダードとして広く受け入れられるようになったのである。その後、2002年制定の企業改革法(通称、SOX法)では、企業不正の抑止を念頭に、公開会社における内部統制報告制度が導入され、わが国でも、2007年の金融商品取引法において同様の制度が導入されたのである。

また、英国でも同じ92年、コーポレートガバナンスの財務的側面での健全化を検討した委員会(通称、キャドベリー委員会)が、取締役会、監査および株主に対するアカウンタビリティ等に関してのあるべき実務規程(コード)を勧告したのである。さらに、95年には、取締役の報酬に関する健全な実務を明らかにして、企業の利用に供するための実務規程(コード)が勧告された。これらを受けて、98年には、コーポレートガバナンス検討委員会(通称、ハンペル委員会)が、企業の繁栄とアカウンタビリティの双方に貢献するための原則を総括するとともに、実務界主導型で、最善の実務規程ということで、いわゆる「コーポレートガバナンス・コード」を策定したのである。こうした取組みを経て、財務報告評議会(FRC)が策定したコーポレートガバナンス・コードが、上場規則で義務付けられ今日に至っているのである。

一方、わが国の場合、複数の企業不正の発覚とともに、長年にわたって低迷する企業業績からの脱却を図るべく、「稼ぐ力」の向上を目指して、2015年に上場企業向けに「コーポ―レートガバナンス・コード」が策定され、取締役会改革、監査制度の充実、そして、取締役報酬の透明性の確保等が議論されてきている。しかし、金融商品取引法で導入された内部統制報告制度は、あくまでも、企業不正の防止を第一義的な目的としており、指名委員会等設置会社の機関設計の採用と同様に、明らかに米国型のガバナンスを踏襲したものである。それに対して、ソフトローと称される「コンプライ・オア・エクスプレイン」を基底としたガバナンス・コードの適用は、正に英国型の思想なのである。このように、わが国におけるガバナンス議論の場合、米国型と英国型の双方の仕組みを受け入れている点に特殊性がある。と同時に、当初は企業不正からの脱却を図りつつも、いまだに企業収益力が高まらない状況を前に、今では「攻めのガバナンス」が必要との指摘も散見される。しかし、まずは、経営トップが倫理観高く、健全な組織運営を実践することで、組織構成員の持てる力を最大限活かす為の取組みを果たすことが、ガバナンスの要諦ではないか。

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