コロナ特例 「ゼロゼロ融資」が終了

2023年2月13日

井伊重之(産経新聞論説副委員長、経済ジャーナリスト)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.11 - 2022年12月号 掲載 ]

返済始まり国民負担急増も

新型コロナウイルス対策として政府が始めた「ゼロゼロ融資」の受け付けが9月末で終了した。コロナ禍に直撃されて経営が厳しい中小企業などに公費を投入して実質無利子・無担保で融資することで、資金繰りを支援してきた。その利払いが来春にかけて本格的に始まり、過剰債務に陥った中小・零細企業の倒産の増加が懸念されている。日本経済は今後、円安やエネルギー高の影響を一段と強く受けるのが確実視されており、ゼロゼロ融資の返済が滞れば、国民負担も急増する事態となりかねない。

ゼロゼロ融資はコロナ禍の影響で売上高が減少した中小企業や零細企業を対象に、金融機関が特例的な条件で資金を貸し出す制度だ。本来は借り手が金融機関に支払う利子を3年にわたって国や都道府県が負担し、5年間は元本の返済は猶予される。返済できない場合の保証制度もある。コロナ禍の影響が本格化した2020年3月に始まり、民間金融機関の新規受け付けが昨年3月、政府系金融機関による受け付けも今年9月末で終了した。

この融資制度は、持続化給付金や家賃支援金などと並ぶ政府の中小企業向け支援として幅広く利用された。中小企業庁によると、融資実績は今年6月末時点で約234万件に達し、その融資総額は実に42兆円にのぼる。政府は金融機関に支払う利子分として約1.8兆円の予算を確保し、すでに今年3月末までに約4千億円を支出した。政府関係者は「倒産抑制にかなりの効果があった」と見ている。

実際、ゼロゼロ融資によって倒産件数は歴史的な低水準に抑えられてきた。民間信用調査機関の帝国データバンクによると、昨年度の企業倒産は5916件と前年度より2割近い減少を記録。年間の倒産件数が6千件を下回るのは約50年ぶりという。これは1973年に起きた第1次石油危機直前の高度経済成長期の末期以来の水準であり、極めて低い倒産件数といえる。

しかし、今年に入って倒産件数の増加傾向は顕著だ。ロシアによるウクライナ侵攻に伴い、世界的にエネルギー価格が一段と高騰し、円安の進行も加わって物価は上昇に転じており、今年8月までにコロナ関連の倒産件数は253件にのぼった。これは昨年1年間の1.5倍の水準に達しており、物価高の影響によって倒産件数はさらに増加するのは必至だ。

そしてゼロゼロ融資の終了に伴い、中小・零細企業を中心にした倒産はさらに拍車がかかると懸念されている。とくにゼロゼロ融資に対する返済が来春以降に本格化するため、そうした企業の資金繰りが悪化すると懸念されている。地方の宿泊・観光業は全国旅行支援などで客足は回復傾向にあるが、飲食店などは固定客が離れたことで経営が悪化している企業が多く、ゼロゼロ融資の返済猶予期限の到来が経営の重荷になるのは避けられない情勢だ。

民間金融機関によるゼロゼロ融資が焦げ付いた場合には、公的機関である信用保証協会が肩代わりをする仕組みになっている。同協会のゼロゼロ融資を含む8月の代位弁済率は前年同月に比べて3割近く増えて266億円に達しており、今後はこの代位弁済がさらに増えると見られている。来春以降には無利子期間が終了するからだ。そして信用保証協会が融資を回収できなければ、その損失の8割は日本政策金融公庫が補填し、一部は公費で穴埋めされることになる。

金融業界関係者は「政府はコロナ禍に伴って中小・零細企業が過剰債務に陥る体質を作り上げてしまった。緊急避難だったとはいえ、本来なら市場から退出を迫られるべき、返済余力がないゾンビ企業にまで多額の融資を実行してきた問題は大きい。そのツケが最後に回るのは国民だ」と指摘する。

こうした過剰融資の実態は、東京商工リサーチの調査でも浮き彫りになっている。同社が約7千社を対象に実施したアンケート調査によると、今年7月時点で約6割の企業がコロナ禍前の2019年の売り上げ水準に戻っていないという。そうした企業に借金の状況を聞いたところ、約2割の企業がコロナ禍前よりも借入金が増加したという。そうした過剰な債務が事業構造改革の足を引っ張っている事例も多く、政府・与党は今後、景気対策としてそうした企業に対する新たな融資などを迫られる可能性もある。そうなれば借金を借金で返済する自転車操業に陥るリスクもある。政府関係者も「すべての企業を救済することはできない」と見ており、岸田文雄政権は今後、返済負担が重くのしかかえる中小企業の選別を余儀なくされそうだ。

一方、ゼロゼロ融資は民間金融機関にとっても強い追い風となった。日銀の超金融緩和によって融資による利息収入が減少する中で、新たに創設されたゼロゼロ融資は「自分たちの懐を痛めずに貸し出しを増やせる打ち出の小槌だった」(金融業界関係者)という。20年度の与預金残高は283兆円と前年度に比べて1割以上も伸びた。

しかし、本格的な融資返済が始まるのに伴い、そうした融資が一気に不良債権化する恐れも出ている。ゼロゼロ融資そのものは信用保証協会による代位弁済などがあるため、その返済が滞っても金融機関の不良債権が増えるわけではない。ただ、信用保証協会による代位弁済が実施されると、その金融機関が当該企業に独自に貸し出しているプロパー融資も不良債権として債務区分する必要がある。つまりゼロゼロ融資への返済が停滞すれば、金融機関も貸倒引当金を積む増すことを迫られ、収益悪化に結びつくことになる。

コロナ禍に対応し、収入が減少した世帯に無利子で生活資金を貸し出す生活福祉資金の特例貸付の申請も9月末で終わった。この貸付総額は1.4兆円にのぼり、リーマン・ショック時の約20倍に膨らんだ。収入が落ち込んだ世帯の生活再建に役立ったが、やはり来年1月から返済が始まる。

厚生労働省が全国の自治体向けに実施したアンケート調査によると、「コロナ禍からの回復局面を迎えても、返済できない相談者が急増している」との回答が多かった。この貸付は地域の社会福祉協議会を通じて実施されており、返済ができなければやはり税金で穴埋めされることになる。日本経済に大きな打撃を与えたコロナ禍の後遺症の影響が本格化するのはこれからだ。

井伊重之Shigeyuki Ii
産経新聞論説副委員長、経済ジャーナリスト
コーポレートガバナンスに関する論考多数。政府の審議会委員なども歴任。

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