2017年に策定したCGSガイドラインを改訂するため、昨年11月からCGS研究会(第3期)を立ち上げて議論を行い、本年7月にガイドラインの改訂を行いました。
今回、ガイドラインを改訂した背景には、昨年コーポレートガバナンス・コードが改訂されたことが一つの契機としてありますが、それに加え、いくつかの理由があります。
コーポレートガバナンス改革については、「攻めの経営」や投資促進を目的として掲げて進められてきましたが、企業の収益性は高まったものの、その結果として中長期的な投資が増えたとは必ずしもいえないと指摘されています。また、取締役会の強化などコーポレートガバナンスの見直しが、経営の強化のための手段だという認識が必ずしも共有されていないと感じます。加えて、近年増加してきた社外取締役について、その評価や育成は道半ばの状況です。
今回の改訂は、こうした現実に目を向け、健全な企業家精神の発揮を通じて中長期的な企業価値の向上を図るというガバナンス改革の原点に立ち返りつつ、どのような処方箋を提示することができるかを考えるということが、大きな狙いでした。
CGS研究会では、こうした問題意識の下、活発な議論をいただきました。
今回の改訂では、ガバナンス改革がどのような経路を通じて中長期的な企業価値の向上を実現するのかについて、優れた社長・CEOを選ぶことなどにより、経営陣自体の強化を図ることや、経営の意思決定過程の合理性を確保し、経営陣による大胆な経営判断を後押しすることなど、4つの点を列挙しています。
ガバナンスのモデルについては、取締役会を監督に特化させることを志向するいわゆる「モニタリングモデル」と、そうではなく、取締役会の意思決定機能も重視するモデルの二つを比較しながら議論しました。どういうモデルを選択するかは競争戦略の軸の一つであり、企業が主体的に検討すべきものですが、他方で、「経路依存性」がある中での選択になることから、モニタリング機能を重視したガバナンス体制に移行することは、経営者の権限と責任がより明確化されることなどを通じてリスクテイクが促されるといった点で有益であることを示しています。
これに関連して、機関設計については、監査等委員会設置会社を選択する企業が増加していることを踏まえ、監査等委員会設置会社に移行するメリットや、移行の際の検討事項を整理しています。監査等委員会設置会社に早期に移行しようとする取組については、肯定的に捉えるべきではないかと考えています。
資質の向上については、企業内の取組だけでなく、各種団体が提供する研修などの活用もなされていますが、更なる改善の余地があるという指摘が多かった点です。
社外取締役に対する評価については、明確な評価は実施していないとする企業が66%に上っており、社外取締役が増加する中で課題となっている点です。今回の指針では、指名委員長などに社外取締役を選任したうえで、そうした者が社外取締役の評価のプロセスを主導することを提言しています。また、評価手法として相互評価(ピアレビュー)を挙げており、社外取締役である議長や指名委員長などが、相互評価の聴取のためのインタビューを行うことや、多面的に捉えるために社長・CEOを含む執行側の取締役の声を聞くことなどもプラクティスとして提示しています。
社外取締役の報酬については、自社株報酬の活用が進んでいませんが、業績条件の付されていない自社株を付与する類型については、その割合が過度に高くない限り弊害が少なく、有力な選択肢だと考えています。社外取締役が取締役会の一員としての当事者意識を持つ、株主と目線を合わせるという観点からは、社外取締役への自社株報酬の付与について、投資家側もポジティブに捉えても良いのではないか考えています。
執行側の機能強化については、ガバナンスよりもマネジメントに近い領域とも言えますが、ガバナンス改革が経営力を強化するためのものである以上、ガバナンスの見直しと一体的に取り組んでいくべき分野だと考えています。
今回のガイドライン改訂では、リスクテイクができ、しがらみにとらわれない経営判断ができる社長・CEOがリーダーシップを発揮して経営改革を推進するための社内の仕組み作りを提示しています。
例えば、機能毎の最高責任者(CXO)を設置するなどし、各業務執行役員の責任・権限を明確にした上で権限委譲を進めることや、社長・CEOを数年間で順送りにせず、就任年齢の若返りを図ることなどが挙げられます。また、内部留保の使途を巡る本質的な議論を行うことや、競争優位を生み出す研究開発や人的資本などの無形資産の投資・活用に向けた戦略構築などについて、取締役会と執行側の双方において検討することが重要であることなどを提示しています。
近年、大きな政策テーマとなっている事項として、人的資本投資の拡大があります。役員のみならず、幹部候補の従業員に対しても自社株報酬を活用していくことは、育成や動機付けのみならず、人的資本投資の拡大にも資するものです。従業員向けの自社株報酬については、労働基準法上の「賃金通貨払い原則」との関係で、法解釈上の考え方が不明確だという指摘をいただくこともありましたが、今回のガイドラインでは、通貨による賃金を減額せずに付加的に付与するものである等の要件を満たす場合には、福利厚生施設に該当するものと解することが可能だという考え方を示しています。
研究会では様々なテーマを議論しましたが、ガイドライン改訂で反映した内容以外に、いくつかの事項を今後の検討課題となりうるものとして整理し、ガイドラインと同時に公表しています。
例えば、機関設計の選択肢をシンプルなものにすることや、指名委員会等設置会社の取締役会に指名・報酬の最終的な決定権限を委ねることについては、研究会でも意見が出され、今後の検討課題とした点です。また、社外取締役を過半数とすることについては、その是非について研究会でコンセンサスを得るには至りませんでした。過半数となった場合には、取締役会において個別の業務執行を決定するプラクティスなども変わる可能性があり、その際のガバナンスの在り方はどうあるべきかが検討事項となるといった点を記載しています。
社外取締役の質の向上は、今回の研究会でも議論されましたが、地道に取り組んでいく必要があるテーマです。社外取締役に対する研修・トレーニングで活用できるケーススタディ集があると、より実践的なトレーニングができるのではないかと考えており、経済産業省でもそのための検討を進めているところです。
安藤元太Genta Ando
経済産業省 経済産業政策局 産業組織課 課長
2004年から経済産業省に勤務し、経済産業政策局、製造産業局、大臣官房総務課、米・コロンビア大学留学を経て、2012年から資源エネルギー庁で電力システム改革を担当。2016年から産業組織課でコーポレートガバナンス改革や事業再編の円滑化を図る税制改正等を担当。大臣官房秘書課で人事を担当し、2020年から現職。