コーポレートガバナンスとパッシブ運用

2023年3月12日

菅野暁(アセットマネジメントOne株式会社 代表取締役社長)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.11 - 2022年12月号 掲載 ]

日本企業のガバナンス改革については2014年に公表された伊藤レポートの、ガバナンス高度化によって日本企業の収益性を改善すべきとした提言に基づき、2014年にスチュワードシップ・コードが、2015年にコーポレートガバナンス・コードが導入された。しかし、その後もグローバルな比較において、日本企業の中長期的な経営効率改善が実現したとはいえないのが現状である

一方、2015年に国連で「持続可能な開発目標」(SDGs)が採択され、社会の持続可能性がなければ企業価値の中長期的な向上もないという認識が高まり、投資家サイドでもE(環境)S(社会)G(ガバナンス)を重視するESG投資が急速に広まった。

このような流れに対して、まずはGから入った日本企業がGをやり切っていないなかで、EとSにも対応しなければならなくなったわけだが、EとSの経営戦略への統合が事業リスクの抑制と事業機会の獲得の双方を通じて中長期的な企業価値向上につながることが、資本市場におけるコンセンサスになりつつあるなかで避けては通れない道であろう。

次に、本題であるコーポレートガバナンス強化に関する資産運用会社の関わり方についてお話したい。資産運用の手法を大きく2つにわけると、アクティブ運用とパッシブ運用にわけられる。アクティブ運用は、市場のベンチマークを上回る運用成果が得られるように投資先企業を選別して投資をする運用手法で、パッシブ運用はベンチマークと同じ運用成果が得られるようベンチマーク構成企業と等しく投資する運用手法である。上場日本株式に対する運用残高としては、アクティブ運用が41兆円に対してパッシブ運用が126兆円とパッシブ運用が巨大な残高となっている。(2022年3月末時点当社推計値)

また、上場日本株式のパッシブ運用ファンドの保有主体はGPIFと日銀保有のETFが合計して約77%を占めるが、両者とも投資先企業の経営に直接関与することはない。パッシブ運用は投資先企業の株式をパッシブ(受け身)に持ち続けることから、投資先企業の経営に対してガバナンスが効かず、企業価値向上に貢献しないという声が根強くある。しかし、実はパッシブ運用においても、投資先企業の経営に対する資産運用会社による積極的な関与=エンゲージメントが行われていることについて、アセットマネジメントOneのESG投資の事例で説明したいと思う。

当社のエンゲージメントにおける基本方針はパッシブ、アクティブに関わらず「社会課題の解決を通じた企業価値創造」である。専担部署である責任投資グループに運用経験を有しかつESGテーマにも通じたESGアナリストと議決権行使担当者を配置し、運用部門のファンドマネージャー、アナリストと連携して投資先企業に対するエンゲージメントを行う体制を取っている。

代表的なインデックスであるTOPIXのパッシブ運用については、企業数が約2200あり、全企業とのエンゲージメントに力を割くことは現実的でないことから、重点エンゲージメント先として207社を選定、さらにパッシブ・アクティブ運用双方の観点から企業を追加して合計680社に対して集中的にエンゲージメントを行う。これでTOPIX時価総額ベースの約8割をカバーする。

エンゲージメントのプロセス図解

エンゲージメントのプロセスとしては、前述の重点先に対して図にあるような21のエンゲージメント課題及び注目ESGテーマを選定し投資先企業と共有した上で、各々適切な重点課題と年間のエンゲージメント計画を策定することから始まる。投資先企業とのエンゲージメントは8段階のマイルストーンを用いながら、投資先企業の各階層(担当部署レベルから経営層レベルまで)との対話を通じて、マイルストーンに向かって着実に進むようエンゲージメントを行っている。

徹底的なエンゲージメントを行っても、投資先企業と経営の方向やスピード感が合わない場合には、パッシブ運用では売却(ダイベストメント)することはしないが、議決権行使によって意思表明をすることになる。具体的には、取締役選任等の会社提案に反対する、または株主提案に賛成するという行動を取ることになる。このように、エンゲージメントと議決権行使を一体化して株主として関与していく点については、アクティブ運用と変わる点はない。

議決権行使にあたっては、ROEの水準、社外取締役の人数、取締役会の多様性等を形式的な基準のみで判断するのではなく、また財務情報だけでなく非財務情報についても一体化して分析した上で行う、深度あるエンゲージメントを踏まえた判断を行う。

上述のように、TOPIX採用銘柄約2200に対して集中対応先が680社ということでは、時価ベースでのカバーは8割でも、社数ベースでは7割に対して十分に対応していないともいえる。今年4月に東証市場区分が再編されたが、プライム市場上場企業数の絞り込みは不十分で、かつインデックス再編とは切り離されており、パッシブ運用が更に有効なエンゲージメントを行うためには、市場再編の徹底とインデックス再編が将来の課題である。

パッシブ運用については、投資先企業への関与がないことから企業のガバナンス向上に貢献しないという見方に対して、当社のパッシブ運用におけるエンゲージメントを具体的に説明することで少しは誤解を解くことができたのではないかと思う。ただし、パッシブ運用でもしっかりした体制を取らない資産運用会社が、深度あるエンゲージメントを行わずに株式を保有し続けることがあれば問題となろう。アクティブ、パッシブ各運用が、各々のやり方を通じて企業価値向上に貢献していくことが、上場株式市場全体のガバナンスの底上げを実現していくために必要である。

菅野暁氏

菅野暁Akira Sugano
アセットマネジメントOne 株式会社 代表取締役社長 
1982年 日本興業銀行(現・みずほ銀行)入行。2012年 みずほ銀行・みずほコーポレート銀行常務執行役員投資銀行ユニット長兼アセットマネジメントユニット長、2014年 みずほフィナンシャルグループ執行役専務国際・投資銀行・運用戦略・経営管理統括、2016年 執行役専務グローバルコーポレートカンパニー長、2017年執行役副社長を経て、2018年4月より現職。

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