企業価値向上とESG投資

2023年9月11日

本田桂子(コロンビア大学 国際公共政策大学院 Adjunct Professor)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.13 - 2023年8月号 掲載 ]

"ESG投資は企業価値向上と齟齬しない"

日本企業の資本生産性と企業価値向上

企業価値は、資本効率とキャッシュフローの長期の成長率で決まるが、日本企業の資本効率は低い。ROEは東証プライム企業平均(2023年3月決算)が9.1%と米S&P500企業の約半分。結果としてPBRは東証プライム企業単純平均(2023年6月末)で1.2とS&P500の3割弱である。しかし、日本でもついに、企業価値の向上の議論が盛んになった。2014年に伊藤レポートでROE8%は必要とされ、昨年の日本証券取引所によるPBRが1を下回る企業への改善検討の要請と、官主導である。そして、本年の株主総会ではPBRに関する質問が増えた。

ESG投資とは

ESG投資に関する議論も盛んである。米国カリフォルニア州での大手損保ステートファーム社による火災保険引受停止や、日本での水害保険の料率に地域差導入など、気候変動リスクの顕在化が一因だ。また、ESG投資は米国では政争の具にもなっている。その背景には、ESG投資についてさまざまな異なる理解があるようである。以下のどれが正しいとお考えだろうか。

①個々のESG投資は、必ずしも気候変動に直接的なプラスの影響を及ぼさない。
②個々のESG投資は、必ずしも社会に直接的なプラスのインパクトがあるとは限らない。
③ESG投資は、企業価値を勘案しての投資である。

ESG投資の成り立ち

答えの前に、ESG投資の成り立ちをお話したい。ESG投資は、2005年の国連の"Who Cares Wins"という文章が初出である。SDGsの先代はMDGs(ミレニアム開発目標)だが、国連のコフィ・アナン元事務総長が提唱し、2000年の国連総会で批准された。MDGsは公的資金だけでは達成が難しいといわれていた。そこで、アナン元事務総長は、開発投資に民間投資家活用を考え、大手民間金融機関20社と意見交換して、気候変動・人権等の企業収益へのインパクトは投資判断に反映されていないことも理解した。「長期企業収益へのインパクトを考慮されていなかったその他情報」は、図1のようなもので、環境・社会・ガバナンス関係で、頭文字をとってESGとよばれるようになった。EとSとGの間になんら関係はない。そして、ESGは広範にわたる。企業統治、法令遵守、適切な納税、適切な会計基準の使用、サイバーセキュリティなどガバナンス領域のものも多い。多くの投資家が最重要視しているのが、Gの領域だ。

図1

ESG投資の定義

成り立ちの調査に加え、日米欧アジアの大手投資家35社の調査から、実際にESG投資に従事している人々がESG投資をどうとらえているかを理解した上で、ESG投資の定義を以下のように提案したい。

これまで企業価値に十分取り込まれてこなかった環境E・社会S・ガバナンスG等の非財務ファクターの重要性の増大に鑑み、投資家が長期的視点をもって、ESG等の非財務ファクターを、法改正の予想・新規事業機会を含めて、投資判断に織り込み、リスクをマネージしつつリターン向上を目指す投資。加えて、株主としてのエンゲージメントを通じ企業の経営判断に影響を与えることで、企業価値を向上させることも目指す。

ESG投資と似て非なるインパクト投資(財務リターンと社会的インパクトの双方の追求)や、サステナブル投資等を図2で示す。これらとの差異から、ESG等資の定義が明確になる。

図2

また、ESGは多岐にわたり、その全要素の検討は難しい。海外の大手機関投資家は、各業界・会社ごとに異なる、企業価値に大きな影響を与える要素(マテリアルファクターという)を理解し、その企業価値へのインパクトを考え投資判断している。電力会社では温室効果ガス排出量が重要で、銀行ではサイバーセキュリティとされる。

ESG投資と企業価値の向上

質問に戻ろう。①、②、③ともに正しい。

ESGのうち重要なものは、長期的には、リスク低減も含め、企業価値に影響を与える。有価証券報告書でのESG関連情報開示もはじまる。企業においては、ESGも含め企業価値に重要な要素を見極め、企業価値の向上をはかることが必要である。取締役として支援できるよう努力していきたい。

本田桂子氏

本田桂子Keiko Honda
コロンビア大学 国際公共政策大学院 Adjunct Professor
マッキンゼーのシニアパートナーをへて、世界銀行グループの多数国間投資保証機関MIGAの長官CEOをつとめた。現在、AGC、三菱UFJフィナンシャルグループ、リクルートホールディングスの取締役、国連投資委員会委員もつとめる。共著に、『ESG投資の成り立ち、実践と未来』(日本経済新聞出版社)などがある。

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