本誌を読まれている経営者の皆さまは、それぞれの企業において企業価値向上のために奮闘されておられることと存じます。私はレーザーテック株式会社の社長に就任して以来、グローバル経済の荒波にもまれながらかじ取りを行ってまいりましたが、今回、日本取締役協会編集部様からお声がけいただき、これまでの経験などをご紹介させていただくことになりました。ご笑覧いただければ幸いに存じます。
私は2009年7月に社長に就任いたしましたが、この前年リーマンショックによる国際金融危機が発生し、当社もその余波を受けて赤字に転落していました。当時、売上の半分を占めていた液晶カラーフィルタ修正機ビジネスは、自社の強みが発揮できる分野ではなく、差別化が困難で競合との価格競争に落ち入り、収益性が低かったため、リーマンショックによる売上減の影響は深刻でした。前年には新横浜に新社屋兼研究開発センターを建設し、そのために金融機関から多額の借入を受けたばかりでした。私の社長としての仕事は、収入の落ち込みと債務返済という二重の課題をいかに解決していくか、から始まりました。
まず取り組んだことは、先述した低収益のビジネスから撤退して成長が見込める半導体関連ビジネスに経営資源を集中し、当社の強みを生かして差別化した製品を提供することでした。当社は1976年にLSIフォトマスク欠陥検査装置を世界に先駆けて開発し、2000年にはマスクブランクス欠陥検査装置MAGICS、2006年には現在の主力製品となっているMATRICSシリーズ・フォトマスク欠陥検査装置を発表するなど、この分野に関する知見、経験を有しておりました。改めて、この半導体関連ビジネスの成長に社運をかけることにしました。
次に取り組んだことは、グローバル市場への積極的な事業展開でした。主要な半導体デバイス工場は海外にあり、売上を伸ばすにはそれら海外のデバイスメーカーへの売り込みが必須でした。2010年台湾に子会社を設立し、それまで代理店任せとなっていた販売と技術サポートを自社で実施する体制としました。米国及び韓国の子会社の体制も増強し、各市場における現地サポート体制を強化していきました。その後、2017年に中国、2019年にシンガポールに子会社を設立し、現在は海外売上比率が9割前後に達しています。
当社は約60年前に設立された企業で、「世の中にないものをつくり、世の中のためになるものをつくる」という経営理念と、「毎年一つの新製品を開発しよう、それも世界ではじめてのものを」という開発精神の下で、小規模ながらもユニークな製品を生み出してきました。しかし、技術先行で製品開発をしてきた結果、事業の成長に限界が見えておりました。そこで、「光技術の分野で、どこよりも早くソリューションを提供し、お客さまの問題解決に貢献する」ことをミッションとして、「世界中のお客さまから真っ先に声をかけていただける会社」、「当社の強みが発揮でき、我々が世の中に最も貢献できるビジネスをする会社」の2つを目指す姿として掲げて意識改革を進めました。
あるべき姿を明確にしたことで、優秀なエンジニアたちが高いレベルの要求に辛抱強く対応し、お客様からフィードバックを得て製品の完成度を高め、更に付加価値を上げるよいサイクルが実現し、徐々にお客さまと信頼関係を築いていきました。今では、お客さまから真っ先に相談していただけるという理想像に近づきつつあります。そうした努力が実を結び、事業の柱となりえる新製品もいくつかでてきました。次世代パワー半導体に使用されるSiCウェハの欠陥検査装置がその一例です。
半導体市場は、新型コロナウイルス感染症によるライフスタイルの変化とデジタル社会の進展、地政学リスクの増大による各国の半導体工場誘致などで大きく拡大しました。現在は急拡大の反動で一時的なマイナス成長が予想されていますが、中長期的には半導体の用途拡大に合わせて着実な成長が見込まれております。当社は十数年前から半導体市場向けに注力して経営資源を投入してきたため、この成長軌道にうまく乗ることができました。足元で半導体のさらなる微細化に向けてEUV光を使った露光技術の採用が進んでいますが、当社はこの分野の検査装置に大きな可能性を見出し、いち早く製品開発を進めました。例えば、EUVマスクブランクス検査装置の共同開発プロジェクトに参画して量産機の製品化を実現し、さらにパターン付きEUVマスク検査装置の製品化に世界で初めて成功しました。業界やお客さまのご要望をもとに開発をしたこれらの製品が、当社の成長を支える原動力になっています。
事業拡大に適応して会社組織を成長させるには、やるべきことが沢山あると痛感しています。人員・組織が拡大する中、ガバナンス体制の強化は重要な課題です。昨年9月には執行役員制度を導入し、権限の委譲・見直しにより業務執行の機動性を向上させ、経営環境の変化に対して迅速かつ柔軟に対応できる体制にしました。また、取締役会の員数を削減しつつ社外取締役の比率を高め、経営の意思決定・監督機能の強化も行いました。さらに、当社のような技術力で差別化をしている企業にとっては、人材の育成と確保が極めて重要です。人材こそが成長の源泉であると考え、働きやすさと働きがいを両立し、能力を最大限発揮できる環境づくりに取り組んでいます。
昨今では、海外の株主・投資家やお客さまを中心にESGの取組みに関してさまざまなご要請を受けており、社会課題の解決への貢献に期待が高まっています。当社は2020年に「事業を通じて社会課題を解決する」という視点からマテリアリティ(重要課題)を特定し、ESGを意識した活動を進めています。昨年10月には、SEMIが推進する半導体サプライチェーン全体で気候変動対策の取組みを進めるために設立された「半導体気候関連コンソーシアム」への参画を表明しました。持続可能な社会の実現に微力ながら貢献したいと考えております。
以上のような経験を踏まえて、中長期的な企業価値向上に何が必要かを考えてみると、変化する経営環境に対して、市場のニーズを素早く正確に把握する努力を怠らず、リスクを取って自社の強みを生かしたソリューションをタイムリーに提供し、事業を通じて社会に貢献する姿勢を維持する、ということに要約されるでしょうか。実際には、さまざまな問題が起こり、試行錯誤を繰り返しながら少しずつ前進していくのですが、このような方針・姿勢を常に意識して新たな挑戦に取り組んでいきたいと思います。
岡林理Osamu Okabayashi
レーザーテック株式会社
代表取締役 社長執行役員
早稲田大学理工学部 電子通信学科修士課程修了。横河ヒューレット・パッカード(現・アジレント・テクノロジー)等を経て、2001年7月 レーザーテック入社。同社取締役、Lasertec U.S.A., Inc.社長などを歴任し、2009年7月 代表取締役社長に就任。2022年9月より現職。