政府が女性役員の登用で数値目標

2023年11月12日

井伊重之(産経新聞論説副委員長、経済ジャーナリスト)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.13 - 2023年8月号 掲載 ]

機関投資家の姿勢も大きく変化

政府が女性活躍・男女共同参画の重点方針(女性版骨太の方針)を決定した。東京証券取引所プライム市場に上場する企業に対し、2025年をめどに女性役員を最低1人は選任するように求め、女性役員比率を30年までに3割以上に高める数値目標を打ち出した。いずれも努力義務で罰則はないが、機関投資家は女性役員のいない上場企業に厳しい視線を送っており、政府も具体的な目標を掲げることで企業の女性登用を促す。

日本企業の女性活用は欧米に比べて大きく遅れている。欧米の大手上場企業では役員全体に女性が占める比率は、3割以上を確保している国がほとんどだ。これに対して日本は1割強にとどまり、プライム上場企業で女性役員がいない割合も昨年7月段階で2割近い。女性役員が3割以上の企業は2%あまりとごく僅かだ。企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)でも取締役会メンバーの多様化を求めており、ガバナンスを順守する観点からも女性の役員選任は必須だ。

今年3月末に開かれたキヤノンの株主総会で異変が起きた。御手洗冨士夫会長兼社長の役員選任議案に対する賛成率が過半数ぎりぎりに落ち込み、役員選任が否決される寸前に陥ったからだ。同社を長年率いる御手洗氏が取締役を突然解任される事態は回避されたが、経団連会長まで務めた高名な経営者の再任が危ぶまれたことは産業界に衝撃を与えた。

同社の役員選任議案に対しては、米議決権行使助言会社のISSが反対を推奨した。キヤノン役員には社外取締役を含めて女性がおらず、人員構成の多様化を満たしていないと判断したからだ。ISSは女性がいない上場会社の役員選任は、原則として反対を推奨しているが、最近では日本の大手機関投資家も同様の判断を示しており、こうした動きが御手洗氏の役員選任の賛成比率が急低下した要因といえる。キヤノンの業績は円安にも支えられて好調だ。それでもトップの選任が脅かされる事態となったのは、機関投資家の姿勢が大きく変わったためだ。

今年の「女性版骨太の方針」は、産業界に女性の登用を強く促す内容となった。「日本経済の成長のためにも女性登用を加速させるのは喫緊の課題だ」と危機感を示したうえで、「日本の現状は国際的に見て立ち遅れていると断じざるを得ない」と厳しい認識を表明した。そこで打ち出したのが女性役員の選任目標である。プライム上場企業を対象に2年後をめどに最低1人の女性の役員選任を求めたうえで、30年度までに役員全体における女性比率を3割以上に高める目標を掲げた。

これまでも政府は女性活躍に向けた数値目標を示してきた。「東証1部上場企業で22年までに女性役員の比率を12%にまで向上させる」としたが、東証の市場再編によって数値目標の実行具合が判然としなくなった。このため、プライム上場企業という新たな対象に明確な数値目標を打ち出した。この「最低1人」には監査役や執行役も含まれており、この目標はクリアできる見通しだ。

問題は30年までに役員の女性比率を3割に高める目標だ。政府関係者も「最低1人という目標は達成できても、『3割以上に高める』という目標は、人事に対する意識変革が必要だ」と指摘する。1人であれば社外取締役で目標は達成できても、役員全体の3割を女性にする目標は容易ではなく、生え抜きの女性幹部をいかに育成するかが大きく影響してくる。

自社の女性社員を幹部に育成し、能力に応じて役員に登用するためには、男性と同じように管理職としての経験を積ませるなどのキャリア形成が不可欠だ。とくに女性の場合は結婚や出産などのライフイベントで会社を休職するなども考えられる。そうした中でもその女性社員のキャリアを断絶させない仕組みづくりが必要だ。最近では働き方改革で残業規制も強化され、育児休業支援なども整備されており、女性を幹部社員として育成する環境は改善している。そのうえで女性自身が管理職として働きたい、あるいは役員としての役割を果たしたいと思える環境も整える必要がある。

今年の株主総会では、政府の動きを見越して多くの女性取締役が誕生した。だが、「女性の役員比率」の目標だけが独り歩きし、数合わせに終始するようでは論外だ。生え抜きの女性社員の活用が問われていると認識すべきである。男性ばかりが要職を占める企業では、意思決定に多様性を欠き、激変する経営環境に対応できない。女性役員の登用は、政府による要請ではなく、企業の持続可能性を高め、将来の成長につながる人事的な課題と受け止める必要がある。

女性活躍推進法の政令改正に伴い、301人以上を雇用する事業主に対し、男女間の賃金格差の情報開示を義務化することも決まった。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によると、フルタイム社員にあたる一般労働者の昨年の賃金は、男性を100とした場合、女性は76だ。この賃金格差は先進7カ国(G7)諸国の中で最大であり、こうした格差を是正するため、男女間の賃金格差を開示するように求めた。

世界経済フォーラムがまとめた「2023年版ジェンダー・ギャップ指数」によると、日本は過去最低の125位となり、政治や経済の分野で女性の社会進出が遅れていると改めて指摘された。経済だけでなく、政治でも女性活躍、男女共同参画は待ったなしの課題だ。

井伊重之Shigeyuki Ii
産経新聞論説副委員長、経済ジャーナリスト
コーポレートガバナンスに関する論考多数。政府の審議会委員なども歴任。

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