政府は今年6月に発表した骨太の方針のなかで『資産運用立国』を目指すと宣言しました。今後さらなる具体策が期待されるところですが、資産運用業が過去にない注目を集めていることはありがたい限りです。
この「資産運用立国宣言」に先立って金融庁が公開した「資産運用業高度化プログレスレポート2023」は、日本のインベストメントチェーン(IC)が抱える課題とその解決の方向性を示す内容になっています。政府の「資産運用立国宣言」の狙いは、日本に係わるICを活性化させ、日本の経済成長に繋げることと理解しています。ただ、そうは言ってもボーダレスな(国境がない)ICでどうすれば狙いを達成できるのか、資産運用会社の立場から考察したいと思います。
バブルのピークであった1990年にほぼ同水準であった時価総額は、現在は米国が日本の約6倍になっています。上場企業数は4000社前後でさほど差がなく、日本は1社当たりの時価総額が小さくなっています。
将来にわたり高い経済成長率が期待できる国や地域、魅力度の高い市場に長期間投資を継続することは、理にかなった投資と言えます。現在、日本の個人投資家が最も選好している資産は米国株です。資産運用立国の為に政府が講ずる施策は、ICがボーダレスですので、日本市場の魅力が高くない限り、日本の経済成長にはつながらない可能性があります。
失われた30年と言われる日本株式市場ですが、日経平均株価の終値は2009年3月のバブル後最安値7054円からアベノミクスを経て直近の32000円程度まで四倍強になりました。この間、2015年のコーポレートガバナンス(CG)コード制定を機に事業会社の企業統治の在り方が大きく変化したことが、日本株の魅力を高め、投資家のエントリーバリアを低くしたことは間違いありません。
資産運用会社は2000年代初頭から極めてまじめに議決権行使に取り組んでいました。過去には議決権行使の賛否に金融グループの親会社を通じて運用会社に圧力がかかるケースも存在しました。もちろん当時からその圧力で賛否が変わるものではありませんでしたが、CGコード施行後は、議決権行使は運用会社の独自判断との理解が企業側でも進展し、時間の浪費でしかない親会社を通じた企業とのやり取りは全くなくなりました。
当社では行使の基本となるガイドラインを定めていますが、形式的に賛否を決めるのではなく、エンゲージメントの結果等を考慮し、投資先企業の健全な発展や価値向上にとって望ましい判断を模索しています。重視するのは以下の二つの視点です。
一つは、結果責任検証に関する視点で、企業業績や社会的信用に係る行為等の経営責任を評価します。二つ目は、将来の価値向上もしくは毀損回避に関する視点で、機関設計や役員構成、役員報酬、事業戦略、財務・資本戦略、サステナビリティに係る中期戦略など、将来の企業価値への影響を評価します。
ガイドラインは定期的に見直し、2022年は、株主総利回り、政策保有株式、取締役会の多様性、サステナビリティに関する基準を追加し、2023年には、議決権行使前に投資先企業に対話を申し入れる「事前告知エンゲージメント」の仕組みを導入しました。抵触事項に関する明確な方針があることを企業との対話で確認できた場合等は、実態面を重視し賛成することを検討します。反対の場合でも、できる限り多くの投資先企業に運用会社の意見を率直に伝え、お互いの理解を深めることに努めています。
一方、保有銘柄数が多いインデックスファンドでも同様のガイドラインで議決権を行使します。全ての企業に対してエンゲージメントを踏まえた実効的な判断をすることには限界があります。東証の市場改革も含めTOPIX(2000社を超える銘柄数)一辺倒のベンチマークが多様化され、実質的なエンゲージメントを行いやすい状況になることを期待しています。
ICの活性化には、その起点である投資家に企業の魅力を感じてもらうことが不可欠です。魅力ある企業とは、持続的に成長できる企業です。株価対策として自社株買いを実施する、あるいは高い配当性向を維持する企業等もありますが、成長が望めない限り継続的な投資には繋がりにくくなります。多くの企業がステークホルダーを意識した経営理念・方針をうたっていますが、上場している限り、株価を意識した経営が必要だと考えます。
海外先進国では行われている幼少期からの金融リテラシー教育ほか、国民の資産形成に係わる重要課題はほかにもありますが、何よりも魅力ある日本企業の増加が「貯蓄から投資へ」を促進し、日本に係わるICを活性化させ日本の経済成長に繋がります。当社は不断の研鑽を重ね、企業価値向上に資する投資を行うとともに、企業の魅力をしっかりと伝えることで投資家の皆さんの資産形成に貢献してまいります。
猿田隆Takashi Saruta
三井住友DSアセットマネジメント株式会社
代表取締役社長 兼CEO
1984年慶応義塾商学部卒。住友信託銀行(現三井住友信託銀行)入社、88年から日本株ファンドマネージャー、投資企画室、総合運用部等。2004年野村アセットマネジメント入社、08年シンガポール現法社長、14年執行役専務。19年三井住友DSアセットマネジメント副社長執行役員を経て、20年4月から現職。