わが国上場企業向けに2015年に制定された「コーポレートガバナンス・コード(以下、CGC)」は、英国のロンドン証券取引所の上場規則に組み込まれたCGCを範としたものである。その英国では、1990年代前後に生じた複数の企業不祥事を克服するために、民間主導により、以下の3つの委員会を設置して、健全な企業経営に向けた具体的施策を提言したのである。1992年の「コーポレートガバナンスの財務的側面に関する委員会報告書」(通称、キャドベリー委員会報告書)、1995年の「取締役の報酬に関する報告書」(通称、グリーンベリー委員会報告書)、そして、これらを統合した「コーポレートガバナンスに関する最終報告書」(通称、ハンペル委員会報告書)であり、結果的に、ここで提言された内容が、英国のCGCに採択されたのである。
このハンペル委員会報告書では、企業不祥事の抑止等の課題はあるにしても、基本的に「コーポレートガバナンスの重要性は、企業の繁栄とアカウンタビリティに貢献するところにある」と喝破している。一方、わが国で、このCGCの議論が開始されることとなった直接的な経緯は「『日本再考戦略』改訂2014」での指摘にある。それは、日本企業の「稼ぐ力」を取り戻すとの観点から、コーポレートガバナンスの強化が提言されたのである。
つまり、日英両国での議論からも明らかなように、コーポレートガバナンス議論の前提は、企業等の持続的繁栄を確実にするために必要な視点、仕組み、更には、人的資源を整備し、かつ、有効活用することに尽きるとの点で軌を一にしたものといえる。一方、広くガバナンスの不全等が問題視される場合は、通例、企業価値の棄損や持続的繁栄を頓挫させる不正や不祥事が顕在化した時である。そのため、こうした不正や不祥事対応に心血を注ぐことにこそガバナンスの主眼があると誤解する向きも多い。確かに、企業等における不正や不祥事は、企業価値を棄損させるネガティブリスクであり、決して容認することはできない。しかし、これまでの多くの不祥事案件からもわかるように、いかに高邁な企業理念や厳格な仕組みを整備していたとしても、不正や不祥事を完全に払拭することはできない。というのも、時の経過や企業等を取り巻く環境の変化、更には組織構成員の意識の変化等もあり、常に、同質の健全な組織体制が維持されている保証はないからである。それは、多様な考えと意識、更には、種々の動機を有する人間社会のなせる業でもあり、組織の規律自体、時の経過の中で機能不全ないしは制度疲労が生ずることも想定されるからである。
そのため、本来の趣旨に則り、健全かつ盤石なガバナンスを構築しておくためには、まずは経営トップの誠実性と倫理観から成る統制環境と継続的なモニタリングが機能していることが不可欠なのである。それこそが、ガバナンスの真意たる組織の持続的繁栄を達成することが可能となるとの思いを共有すべきである。
八田進二
青山学院大学 名誉教授