本連載では、「健全な企業家精神の発揮による持続的な成長と中長期的な企業価値向上」という目標に向けた上場会社各社の取組みを後押しするための、東証における制度整備の取組みやそれを受けての上場会社の動向を紹介する。第2回では、2021年6月に再改訂を行ったコーポレートガバナンス・コードについて、その概要や上場会社の対応状況を主要なポイントに沿って概観することとしたい。
東京証券取引所(以下「東証」という)は、中長期的な企業価値向上に向けた実効的なコーポレートガバナンスの実現を目的として制定されたコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」という)について、2021年6月に再改訂を行っており、上場会社各社ではこれを踏まえた取組みが進められている。
第2回となる本稿では、再改訂時に示された主要なポイントである「取締役会の機能発揮」「中核人材の多様性の確保」「サステナビリティを巡る取組み」「その他の主要な論点」の順番に沿って、改訂内容とそれを受けた上場会社の対応状況を概観する。なお、本稿にて示している数値等については、特段の断りが無い限り、2022年7月14日までに上場会社から提出されたコーポレート・ガバナンスに関する報告書(以下「CG報告書」という)の内容を集計したものである。
原則4-8では、これまで2名以上を求めていた独立社外取締役の選任について、プライム市場上場会社に対して3分の1以上の選任を求めることとし、さらに、過半数の選任が必要と考える場合には十分な数とすべき、との旨を盛り込んでいる。これを受け、プライム市場上場会社では、独立社外取締役が3分の1以上を占める会社の比率は92.1%まで増加しており、過半数を占める会社の比率も増加傾向にある。
図 独立社外取締役の選任状況(プライム市場)
このように、独立社外取締役の選任は、CGコード策定以降、外形的に大きな進展がみられている取組みの一つである。その上で、独立社外取締役の選任を企業価値向上に結び付けていくにあたっては、実質を深化させること、すなわち、単なる数合わせではなく、独立社外取締役について、期待される役割・責務に応えることのできる適切な人材を選任し、その役割・責務を果たすための環境を整備するなどによって、独立社外取締役の有効な活用を図り、取締役会が十分にその機能を発揮することが重要である。
指名委員会・報酬委員会を設置する上場会社も年々増加の傾向を示している。法定・任意双方を含めた両委員会の設置は、プライム市場において8割を超える状況(指名83.6%、報酬85.5%)に至っている。
また、任意の委員会における独立性の確保や開示も進展している。補充原則4-10①では、プライム市場の上場会社を対象に、任意の指名委員会・報酬委員会の構成として、過半数を独立社外取締役とすることを基本とすべきとし、委員会構成の独立性に関する考え方、委員会の権限・役割等を開示すべき旨を盛り込んでいる。これを受け、プライム市場上場会社が設置する任意の指名委員会・報酬委員会の約9割(指名88.7%、報酬88.2%)が過半数の社外取締役(1)により構成されている。また、委員長の属性についても、プライム市場上場会社の約6割の任意の委員会(指名61.6%、報酬62.2%)が社外取締役を委員長として選任している。
両委員会の権限については、多くの任意の指名委員会・報酬委員会において、「取締役会から諮問を受け、それに対する答申を行う」旨が記載されるケースが多い。他方で、任意の委員会の決定を最大限尊重する旨や報酬委員会において個別の取締役の報酬額を決定する旨の記載など、単なる諮問機関よりも高い機能を有する事例も出てきている。
両委員会の役割については、取締役だけではなく、執行役員などの経営陣幹部の指名・報酬に関する事項や経営陣の後継者計画について審議している事例なども見られており、その役割(検討範囲)は各社の状況によって様々である。また、両委員会の活動状況については、委員の役職・氏名、開催頻度、委員の出席状況、各回の議題などを記載する事例が見られる。
任意の指名委員会・報酬委員会を設置すること、また、その委員の過半数を(独立)社外取締役で構成することは、プライム市場において定着しつつある実務であるといえる。もっとも、重要なのは、委員会を設置することやそこに社外取締役が参加すること自体ではなく、それぞれの委員会で充実した議論がなされ、それが、取締役会の機能発揮につながっていくことである。そのために、自社において実効性のある指名委員会・報酬委員会の構成や役割について検討し、それを形にしていくことが重要である。さらに、それらがしっかりと開示されることで、投資家との建設的な対話を通じて、投資家の理解を得るとともに取組みの深化につながることを期待している。
補充原則4-11①では、経営戦略に照らして取締役会が備えるべきスキル等の特定及び特定したスキル等の組み合わせの開示などを盛り込んでいる。本補充原則への対応については、いわゆるスキル・マトリックスを用いてスキル等を開示する実務が定着しつつある。本補充原則のコンプライ率はプライム市場で約9割となっており、エクスプレインの内容を見ても、今後スキル・マトリックスを活用した開示を検討・準備すると表明する会社が多い印象である。
ここで、本補充原則への対応にあたってご留意いただきたいのは、単に、自社の取締役の各人が有するスキルを表にすることが求められているわけではなく、経営戦略に照らして備えるべきスキル等を特定することが求められているという点である。
詳述すると、本補充原則に対応するにあたって期待されることは、まず、取締役会にどのような機能が期待されるのか、期待される機能の発揮に必要な知識・経験・能力のバランス、多様性や規模はどのようなものか、というところから出発し、自社の状況や事業戦略などを踏まえて最適な組み合わせを議論することである。そのうえで、それらをスキル・マトリックス等を活用して説明するという順で考えることをお願いしたい。実際、投資家からは、スキルの組み合わせが適切に開示されることによって、取締役会の構成がより可視化され、対話に際して非常に有意義である、との声も頂戴しているところであり、投資家との建設的な対話を通じた、実効的な取締役会の構築が進展することが期待される。また、取締役の方々には、実際の職務において、自らに期待されるスキル(例えば、他社での経営経験から得られた知見等)を十分に発揮いただくことも重要である。
新設された補充原則2-4①では、女性・外国人・中途採用者等の中核人材への登用に関する考え方、目標、状況を公表するとともに、多様性の確保に向けた方針や状況などを公表すべき旨を盛り込んでいる。本補充原則については、プライム市場では約7割の会社がコンプライを表明している状況であり、中核人材の多様性確保の考え方についての開示が進展している。
中核人材における測定可能な目標の設定について状況を確認すると、TOPIX100構成銘柄においては、女性については9割超(92社)の会社にて中核人材に関する目標が設定されているものの、外国人や中途採用者については2割程度(23社)となっており、目標の設定が定着しているとは必ずしもいえない水準にとどまっている。ただし、外国人や中途採用者について、中核人材の目標設定に至っていない会社についても、新たに検討を始めている旨を記載している会社や、中核人材への登用の前段階として、採用を積極的に増やすことを表明している会社も存在し、全体としては多様性の確保に取り組む動きが進展していることがうかがえる。また、CGコードで示している3つの属性以外について目標設定する事例もあり、例えば若手管理職の登用に関して目標設定を行う会社も見られた。
本補充原則は、社内に異なる経験・技能・属性を反映した多様な視点や価値観が存在することは、会社の持続的な成長を確保する上での強みとなり得るという考えを踏まえて、社内における多様性の確保が推進されるべきとする、原則2-4をより具体化したものである。多様性の確保の上で重要となるのは、この原則2-4の各社における強みにつながる多様性は様々であり得ることから、各社の事業環境を踏まえ、基本的な考え方やそこから導かれる目標について、取締役会でしっかりとした議論を行い設定することである。目標の設定で終わるのではなく、その考え方や目標を出発点とした取組みについて、取締役会が適切に監督していくことも必要である。
サステナビリティの分野は、ここ数年、国内外の様々な場で議論が行われており、変化のスピードが非常に速く、関連するトピックも多岐に渡っている。そのようななか、補充原則2-3①において、「気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然災害等への危機管理」といったサステナビリティを巡る具体的な課題を例示した上で、こうした課題への対応について、リスクの減少といった、いわば「守り」の文脈だけでなく、新たな価値・サービスの創造・提供というチャンスを通じた収益機会にもつながる「攻め」の文脈を併せ持つ経営課題であるということを認識し、積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべき旨を示している。本補充原則のプライム市場上場会社によるコンプライ率は9割超であり、多くの上場会社に、少なくとも、本補充原則の示す考え方自体についてはご理解いただけているようである。そして、補充原則4-2②についてプライム市場上場会社のコンプライ率は約9割となっており、本補充原則で示している取締役会での基本的な方針の策定及び戦略の実行に対する実効的な監督についても、重要であること自体の理解は広くされているようである。
他方で、自社のサステナビリティについての取組みの開示等を求めている補充原則3-1③については、2022年4月からプライム市場上場会社向けに「TCFD又は同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべき」と期待されるレベルが一段高まったこともあり、プライム市場上場会社の本補充原則のコンプライ率については約6割となっており、相対的に低い水準に留まっている。ただし、TCFDに賛同している東証上場会社数は、CGコードの改訂案を公表した2021年4月時点で277社であったが、そこから500社以上増加し、2022年6月時点においては771社となるなど、積極的な検討も見られはじめている。
このような状況であることから、サステナビリティについての取組みの開示をこれから検討する会社も多いと思われるが、その際は、開示ありきではなく、自社の企業価値向上の観点から、リスクと収益機会の両面でサステナビリティが検討され、自社の考え方が確立されているかどうかについて今一度ご確認いただきたい。特に、サステナビリティへの取組みによって収益力を犠牲にしていないか、あるいは、サステナビリティを収益が上がらないことの言い訳にしていないか、改めて問い直していただければ幸いである。また、サステナビリティの概念は広く、CGコードに示しているサステナビリティの要素はあくまで例示に過ぎない。そのなかには、全企業に共通する課題もあれば、各企業の事情に応じて重みづけの異なるものも存在するであろう。各社においては、自社の事業環境を踏まえ、検討を深めていただきたい。また、TCFDに関しても、賛同表明にとどまることなく、開示内容についても世界をリードする前向きな対応が進展することを期待している。
補充原則1-2④では「特に、プライム市場上場会社は、少なくとも機関投資家向けに議決権電子行使プラットフォームを利用可能とすべき」旨を盛り込んでおり、9割超のプライム市場上場会社が機関投資家向けのプラットフォームを利用(2)している。海外の機関投資家を含む投資家との建設的な対話の環境整備の一環として、本補充原則の趣旨を多くのプライム市場上場会社にご理解いただき、議決権電子行使プラットフォームの利用が広く浸透する流れが確立されつつあるものと認識している。
補充原則3-1②においては、特に、プライム市場の上場会社は、開示書類のうち必要とされる情報について、英語での開示・提供を行うべきとの内容を盛り込んだ。これを受け、東証が2022年7月に実施した「英文開示実施状況調査」によれば、プライム市場にて、何らかの形で英文開示に取り組む会社の割合は約9割(92.1%)に達している。
ここで、プライム市場上場会社の資料別の実施状況を見ると、決算短信(77.1%)、株主総会招集通知及び参考書類(76.1%)、IR説明会資料(61.1%)といった資料で、必要性が認識され、実施率が高い状況となっている。他方、決算短信以外の適時開示資料(38.7%)、CG報告書(24.5%)、招集通知に添付する事業報告・計算書類(22.7%)、有価証券報告書(13.3%)などは、相対的に実施率が低い傾向にある。また、英文開示を行うタイミングについてもスピーディーな対応を求める声は多い。これらの資料の投資者にとっての有用性を考えれば、上場会社の英文開示の取組みはさらなる改善が期待されるところである。
そうしたなか、東証では、上場会社が英文開示を始める、あるいは、拡充する際の英文開示資料の作成実務の一助となるよう、英文開示実施に向けた計画の立案方法や、翻訳外注、機械翻訳活用のノウハウなどについて、「英文開示実践ハンドブック」を2022年9月に公表した。
今後、上場会社が、英文開示拡充に向けた取組みを進めていくとともに、英文資料の作成を出発点として、上場会社が海外投資家との間で建設的な対話を行うことや、海外投資家の投資を呼び込むこと、ひいては中長期的な企業価値向上を実現することを期待している。
支配株主を有する上場会社については、少数株主の利益を保護するためのガバナンス体制を整備する観点から、新設した補充原則4-8③により、支配株主からも独立した独立社外取締役を、プライム市場上場会社では過半数選任、スタンダード市場では3分の1以上選任、あるいはそれに代えて、支配株主からの独立性を有する者で構成される特別委員会の設置を求めることとしている。
支配株主を有するプライム市場上場会社164社のうち、本補充原則をコンプライしていると表明するプライム市場上場会社は126社である。そのうち、過半数の独立社外取締役を選任している会社は21社である。したがって、それ以外の105社については、特別委員会を設置することで本補充原則に対応しているものと推定される。
また、本補充原則についてエクスプレインで対応している会社は、プライム市場で38社であるが、その内容としては「今後、特別委員会を設置する予定」といった説明が多い傾向にある。
ここまでご覧いただいてきたように、CGコードの改訂を通じ、上場会社のガバナンスに関する体制整備やその開示は大きく進展し、前向きな変化が生じ始めている。今後は、こうした前向きな取組みを、いかに企業の稼ぐ力の十全な発揮や中長期的な企業価値向上につなげられるか、という実効性の観点がより重要なポイントになると考えられる。そのなかで、取締役の方々においてまず期待されるのは、自社の事業環境や経営体制を踏まえ、CGコードが求める事項に対する基本的な方針・考え方を議論し、固めていただくこと、そしてその方針・考え方に基づいて自社の取組みが進んでいるかを監督していただくことである。東証としても、コーポレートガバナンスの実効性向上に資する市場の環境整備・情報提供等を通して、上場会社の取組みをサポートしていく所存である。
次回は、市場区分の見直しに係る諸論点について、足元の検討状況・取組み等についてご紹介する予定である。
NOTE
青克美 Katsumi Ao
株式会社東京証券取引所 常務執行役員
東京証券取引所入所後、上場制度、開示制度、コーポレートガバナンス等を担当。法制審議会会社法制部会 委員、金融庁・東京証券取引所「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」事務局、経済産業省コーポレート・ガバナンス・システム研究会委員などを歴任。