日本取締役協会 冨山和彦新会長に聞く(下)

2023年2月13日

冨山和彦(日本取締役協会会長 経営共創基盤 IGPIグループ会長、日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.11 - 2022年12月号 掲載 ]

企業統治の実質を高めるには

日本取締役協会の新会長に冨山和彦・経営共創基盤(IGPI)グループ会長が就任しました。日本企業のコーポレートガバナンス(企業統治)の実質が問われるなかで、初めての会長交代です。前回に続く今回のインタビューでは、財界の論客としても存在感をみせる冨山新会長に「日本株式会社」の企業統治のあり方やリーダー選任の重要性などについてうかがいました。(聞き手・経済ジャーナリスト 井伊重之)

冨山氏

「稼げなくなった」の自覚を

――前回のインタビューでは日本取締役協会の新会長として、今後の協会の活動方針などをうかがいました。今回は少し角度を変え、日本企業の経営のあり方などについてお話を聞きたいと思います。

まずは企業統治(コーポレートガバナンス)の目的です。なぜ、ガバナンスを効かせなければならないのか。要はもっと日本株式会社の稼ぐ力を高めなければならないということでしょうが、ここまで日本企業が稼げなくなった要因とは何だと思いますか。

冨山 経済界もさすがに稼げなくなっている状況は認識しています。これは数字を見ればもう明らかですから。ただ、稼げなくなった状況は認識していても、その要因というのはまだ把握できていないのではないでしょうか。自分たちのせいなのか、あるいは他人のせいなのか。10年前だったら9割方は他人のせいだと思っていたでしょう。ですが、日本の経済界の空気もここに来て、4割くらいは自分たちのせいだと認め始めているのではないでしょうか。

すでに若い経営者たちは、ほぼ自分たちのせいだと認識しています。彼らが社会人として社会に出た時にはもうバブル経済は崩壊していて、栄光の時代を知りませんから。あるいはバブルを多少知っていたとしても、まだ若手の頃ですから深くは知りません。彼らはどちらかというと、バブルという時代の負の遺産をずっと処理させられてきた人生なのです。ですから景気が悪くなったり、稼げなくなったりしたことを「円高のせいだ」とか、あるいは最近のように「円安のせいだ」なんていう考え方をしません。総合的に見たら、「やはり自分たちのせいだ」と正しく認識しています。結局、そこが出発点なんです。

――なるほど。

冨山 すると次の問いは「駄目な自分たちは、何で駄目なままでいたんだろう」となるわけです。世代的に見れば、米国の同世代の人たちはあれだけベンチャー企業から出発して大手企業を育てているのに対し、日本ではせいぜい楽天やDeNAぐらいしかないわけですよ。この不甲斐なさ。そこではリーダーの選抜なり、何に投資するのかという投資判断なりが駄目だったことになります。

私が若い時に起業したときに誰がお金を出してくれたかというと、宮内さん(宮内義彦オリックス・シニアチェアマン)だったり、江副さん(江副浩正リクルート創業者)が投資をしてくれたわけです。だから今の私があるわけですが、当時はそうしたお金を取りに行った人も少ないし、お金を出す人も少なかった。昔から経団連に加盟しているような伝統的大手企業は、どこもお金を出してくれませんでしたから。

こうして見れば、日本の企業社会のリーダー層の選抜が間違っていたということになるのです。誰をトップに選び、何の事業に投資するかという経営判断を間違えた。これこそまさに日本株式会社のコーポレートガバナンスの問題になるわけです。

リーダー選任のガバナンスが不全

――リーダーを選任するためのガバナンスの仕組みが日本企業には存在しなかったということですね。

冨山 そうです。このリーダー層を選ぶ仕組みこそがガバナンスの要諦です。個別企業だけではなく、社会全体のガバナンスの問題といえます。ですから、ここは明らかにもう敗戦を認めるべきなのです。少なくとも前経団連会長の中西さん(中西宏明・日立製作所元社長)も「自分たちは負けたんだ」というところから出発していました。今の十倉雅和会長(住友化学会長)も中西路線を継承していますから、そう理解していると思います。

ガバナンスは究極的にはリーダーをどのように選んでいくか、あるいはどう鍛えていくかが問われます。ですからそこを本質的に変えなければならないし、社会全体としてリーダーの選び方を間違えてきたと思っています。

――コーポレートガバナンス原則でも「トップの選解任」のあり方を定めるようになっていますが、それを会社の中でどのように機能させれば良いのですか。

冨山 これはもうはっきりしています。少なくとも将来トップになりそうな幹部については、別枠で鍛えるしかないのです。もし会社の中にそうした人物がいなかったら、候補をどんどん外部から採用すればいいのです。たまに「プロ経営者」と呼ばれるような人をトップとして迎え入れる企業がありますが、なぜ社長になるところでスカウトするのでしょうか。合理的に考えれば、もっと早く40歳代くらいから中途採用する方がよいです。

パナソニックのような大手企業でも、トップを担える人材はそう簡単にはいません。なぜ、最初から新卒で入ってきた人材からトップ候補者を絞らなければならないのでしょう。22~23歳の新卒人材がどう育つかは、仕事をさせてみなければ分かりません。できれば30歳代半ばくらいから、自社や他社を含め、いろんなところにタレントハンティングしに行くべきです。候補になりたい当人もいろいろな会社、いろいろな状況で武者修行、修羅場経験をした方がいい。

――そういう人たち同士でまた競ってもらいながら、指名委員会が定期的にチェックしていくという...。

冨山 まさにそうです。トップ候補もチェックして定期的に変えていくことが必要になります。それが指名委員会の一番大きな役割になります。それはずっとやっていかなければならない仕事で、その最後の局面が最高経営責任者(CEO)の指名になるのです。ですから、この通底的な仕事をさぼって最後だけやるのでは意味がないです。

冨山氏

一方で急に外部からCEOを招聘して機能する事例は極めて状況が限られます。企業再生の局面では、権力の空白が生じているから機能します。私は数多くの社長人事をやって来ましたが、平時の状態で外から急にトップを連れてきて、日本の伝統的な大手企業で機能させることは難しいでしょうね。

――それなら早い段階で人材をスカウトして競わせた方が良いですね。

冨山 それだけの時間があるわけですし、様々なテストもできるわけです。それが少なくとも世界的にはガバナンスが効いた通常の選任方法です。会社の生え抜きが社長になるケースは、日本以外の国ではニュースになるくらいですから。日本の場合、外部から招聘された人が社長になるとニュースになるのです。こちらの方が異常だと思いますね。

早期の事業選別で転身を促せ

――ありがとうございます。最近ではどの企業も「ESG(環境・社会・企業統治)」投資に力を入れていますが、これが「少しぐらい稼げなくても仕方ない」という言い訳に使われている気がしているのですが。

冨山 それは稼げないことの言い訳でしょう。稼げない言い訳を思いついてくれたと飛びついているところがあるかもしれませんが、投資している側は、そんなことを許してくれるはずがありません。インパクト投資を手掛けている人たちは、そういうことをきちんとしている会社は儲かる、きちんと収益を上げてくれると思うから投資するのです。キャピタリストにお金を預けているのは一般投資家ですから。慈善事業で預けるわけではありません。もし、ESG的な慈善事業をするなら、寄付すればいいのです。機関投資家が企業に資金提供するのは、それできちんと儲かると思って預けているのであって、儲からなかったらESG投資は5年、10年以内に全部崩壊することになるでしょう。 

――日本でも実際に稼げなかったら持続性はないということですか。

冨山 駄目でしょう。少なくとも上場企業では駄目です。もともとは、利益と公益のバランスを取りましょうということが米国で始まり、「ベネフィット・コーポレーション」というモデルが出てきました。ここは正々堂々と「収益事業と慈善事業」を五分五分でやりますと言ってるわけですから、それを前提にお金を集めています。

ですから、少なくともベネフィット・コーポレーションでも何でもない普通の上場企業が、「すみません、ESGだから利益半分で許してもらえますか」と言っても許してもらえないのです。資金調達もできないわけです。資本主義であることに変わりはありません。もしそうではないような議論をしている人が日本にいるとしたら、それは世界的にはまったく通用しないですね。

――冨山さんがメンバーに入られている「新しい資本主義実現会議」(議長・岸田文雄首相)でもそういう議論なのですか。

冨山 あの会議でも結局、私をはじめ、資本主義の本質を大事にする意見に議論が収斂しました。「もっと稼ぎましょう」「資産倍増」となったわけです。投資としてメイクセンスしなかったら成り立ちません。それは当然です。世界のインテリと議論していれば、絶対そうなります。「1+1=2」くらい自明です。

いろいろ言う人はいますが、結局は先ほどの問題に戻るのです。結局、稼げていない現実がある、稼ぐ力を失っている事実がある中で、米国や欧州の方でESGと言い出してくれたから、稼げない企業にとっては、稼がないことを正当化する理屈に聞こえるわけです。だから飛びつくわけです。だけど実際にインパクト投資などのESG投資家と会ってみたら分かります。

彼らが何を言うかというと、毎回100メートルを全力で走っているとそれは疲弊するから、マラソンでいいとは言ってくれるのですが、だけど一言も「4時間で走っていい」とは言わないわけです。グローバルなキャピタルマーケットで競争するなら2時間で走れ、なんですよ。そこでは2時間で走らなければならないうえに、「炭酸ガスは出すな」「人権や多様性に配慮しろ」なんです。しかし、日本企業の大多数は、炭酸ガス出しまくって日本人の中高年男性幹部社員だらけで4時間くらいでしか走れていないのです。

これは大変なことです。ESG的空間で彼らの期待にミートするは、すごくハードルが高いのです。まずは稼ぐこと、それなしにESG経営のようなパーパス経営には到達できません。

――まずは日本企業の底上げが必要だと。これから何の事業できちんと稼ぐのかを明確に戦略として打ち出すことが求められるということでしょうか。

冨山氏

冨山 それが社外取締役の役割でもあるのです。今は破壊的イノベーションによる産業構造の転換期、ゲームチェンジがあちこちで起きる時代です。「もう野球では食べていけなくなるから、これからはサッカーという新たな事業を展開すべきだ」となった場合、本当は野球という事業の7割、8割は捨てることになります。でも日本企業はその経営判断から逃げてきたのが実態です。若い時から一緒に苦労して野球をしてきた仲間は捨てられない。だからずるずると「何とか頑張れば、野球でまだ食えるのではないか」あるいは「野球選手がサッカー選手になれるのではないか」という淡い期待の下で、儲からない事業を続け、同じ野球選手で無理にサッカーをやってそれも失敗し、稼げなくなってきたわけです。

本来は社外取締役が「もう野球はやめよう。まだ野球でやっていけている他社に事業を売却しよう」と提案すべきなのです。そうした厳しい判断は社内出身の役員にはなかなかできません。厳しい経営判断を先送りにして、野球だかサッカーだか分からないようなことをしてしまう。これでは野球は続けられないし、サッカーという新規事業にも向き合えない。従業員もどっちつかずでだらだらと野球を続け、歳をとってしまう方が転身はより難しくなります。そして最後にはリストラをやる羽目になる。私からみれば、その方がよほど酷い話だと思いますね。

――冨山さんはそのお話、いろんなところでされていますね。

冨山 私は「薄情け」と書いて「はくじょう」と読む、と言っているんです。企業としてはもはや野球をやめなければならないのに、意思決定を先送りしている方がよほど薄情者です。その人の長い人生を考えれば、早い段階で判断して転身を促した方が良い結果になるのです。少子高齢化で色々なところで構造的な人材不足が起きているいまの日本には転身先は色々とあるのです。本人がその気になれば。

――そうした事業選別は、冨山さんが社外取締役を務めていたオムロンでもやりましたよね。

冨山 やりました。パナソニックでも最近やりました。私は絶対、その方がその人たちの人生のためになると思っています。これだけは断言します。私はそうした事業選別を数多く経験しました。再生機構の時はもっと苛烈なリストラもやりました。そして私はあのときに学びました。あれだけ苛烈なリストラを数多く断行しても、しかるべき時間とお金を用意して転身を促せば、結局、みんな感謝してくれたのです。だからその原資、余裕があるうちに事業と組織の新陳代謝を進めるべきなのです。

外部労働市場で人的資本高めよ

――政府も「人的資本」の重要性にようやく気づき、岸田首相もリスキリング(学び直し)に5年で1兆円を投じると表明しました。

冨山 人的資本というのは経営の鍵です。ただ、会社の中で使える人的資本もあれば、社外で活躍できる人的資本もあるのです。それを大事にするということは、資本主義全体として合理的ですが、結果的に会社の中で飼い殺しにしてしまった人が大勢いるわけです。本来なら、そうした人材は外部労働市場機能を上手に使って社会に解き放すべきだったのです。でも今まではタブーだった。外部労働市場を使って人材を活用するのはタブーで、外部労働市場に出る人たちは落ちこぼれて不幸な人ということになっていました。それで済んだ時代はいいのですが、ここまで産業変容が激しい時代になると、1つの会社で、あるいは1つの職種でその人の人生を一生フルフィリングに全うすることは不可能なのです。どうやっても内部労働市場依存型には限界があります。外部労働市場を使うためには当然、ガバナンスでみると事業の入れ替えということをしていかなければなりません。

――事業を入れ替えて稼ぐ力を高めることが大事だと。

冨山 いま日本企業が取り組むべきことは、既存事業の稼ぐ力をまず上げる、これはマストです。そのためには儲からないことは止めるということもマストなのです。あるいは残念ながら、赤字になっている事業、製品、サービスに関わる人員に関しては、どこかに移ってもらうということが基本なのです。よく、新しい産業が生まれないと人材の流動化は難しい、と言う人がいますが、イノベーションの時代、人手不足の時代にこれは「ニワトリとタマゴ」の順番が逆で、まずは人的資本がダイナミックに動くこと。それで本業の稼ぐ力が出てきて、初めてそのお金を未来投資なり、イノベーション投資なり、あるいはSDGs投資に振り向けることができるのです。本業の稼ぐ力を高めることは、あらゆる意味で必要条件です。その点まだまだ日本の会社はたいへんな機会損失を起こしていると思います。

――本日はありがとうございました。

冨山和彦氏

冨山和彦 Kazuhiko Toyama
日本取締役協会会長
経営共創基盤 IGPIグループ会長
日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長
ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクションを経て、産業再生機構設立時に参画。解散後、経営共創基盤(IGPI)を設立。経済同友会政策審議会委員長。金融庁・東証「スチュワードシップ・コードおよびコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」委員ほか政府関係委員多数。著書に「コーポレート・トランスフォーメーション」「社長の条件」「決定版 これがガバナンス経営だ!」他。
東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格

撮影:淺野豊親

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