2020年10月10日
手代木功(塩野義製薬株式会社 代表取締役社長)
安田結子(株式会社企業統治推進機構 シニアパートナー)
企業経営の改革に取り組むトップランナーに日本企業のあり方をうかがうインタビューをシリーズでお届けします。今回のゲストは、日本取締役協会の「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー2019大賞」を受賞した塩野義製薬の手代木功社長です。
「経営者はいじめられて育つ」と語る手代木さんは、社内からは上がってきづらい厳しい意見を社外のステークホルダーに求めていると言います。そして新型コロナウイルス感染症が世界の変化を加速させる中で、産業構造の転換を見極め、長期的な視点に立った後継者育成が必要だと強調しました。
安田:ここ数カ月、日本だけでなく、世界中の人々が新型コロナウイルスの脅威に不安を持ってきました。御社は2005年に、20以上もあった研究事業分野を、感染症も含めた3つに集中をされたそうですが、元々御社は、感染症は強い分野だったとはいえ、当時他社が集中されていたがん領域等のように必ずしも時流には乗っていなかったといわれております。感染症の分野に注力されたのは、まさに製薬会社の社会課題解決の重要性、また今日のパンデミック等の状況をも予見してのお考えだったのでしょうか。
手代木:日本でも感染症に注力している製薬メーカーは、過去には相当数あったのですが、一番儲からない領域になっていて、多くのメーカーは感染症から生活習慣病や癌の領域にシフトしていきました。2004年に研究開発の責任者になったときに、どういう疾患領域が企業の将来につながるだろうかと、社内で議論しました。みんなの意見は当時主流だった、癌や精神神経疾患、特に認知症をやりたいというもので、感染症を続けるのは事業性から考えて難しいということでした。その頃、当時社長の塩野元三(現特別顧問)と、シオノギはどういう企業として生き残るのかという話をした時に、感染症に関しては、他社が降りる中でシオノギも降りたら後でみんな困らないのだろうか、それ以外のところで収益を上げて、感染症は企業の背骨の部分として残しておこうではないかと判断し、続けてきました。
社長業は逃げ出したいくらい怖い仕事
研究所で感染症の創薬を始める時に、ウイルスや菌を自社で持っていないと薬が効くのかどうかの試験ができません。これをライブラリというのですが、菌やウイルスのライブラリは各年代のものを集める必要があるので一度やめてしまうと二度と構築できないと、他の会社から聞いていましたので、我々が残さないと後で国としても困るし、製薬業界としても困るのではないかと考えました。今でいうSDGs(持続可能な開発目標)的にも、感染症をやっているメーカーが製薬全体としてゼロというのは、業界は何を考えているのかということになる。やらないとまずいだろうという義務感もあり、これまで続けてきました。
安田:コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤーの大賞受賞、改めておめでとうございます。まさに御社のガバナンス体制を見ておりますと、機関設計としては、いわゆる監査役会設置会社でありながら、社内取締役の数を減らし、社外の力、要するにガバナンスが効くような設計をされています。手代木さんは、2008年創業者一族からの社長業のバトンタッチであったと思いますが、創業家の風土が強い中でのガバナンス体制の構築とは、ある意味強みもあれば、支障になるものもあったのではないかと考えるのですが、そのあたりの考え方をおうかがいできればと思います。
手代木:私は、社長業は逃げ出したいくらい怖い仕事だと思っています。昔からいわれていますが、新入社員と会社のナンバー2の差と、会社のナンバー2と社長の差では、後者の方がはるかに大きい。社長は、最終的に物事を決めて、その実行に至るまでの責任を取らなければいけない。そのディシジョンが妥当かどうかの答えは将来にしか出ないので、怖くてしょうがない。従業員数がグローバルで6千人、家族も含めると約2万人がなんらかの形でシオノギと共に生活をしていますし、ステークホルダーに対しても、次の時代に繋がるようなベネフィットを提供できているかは、社外の方々の意見を頂きながらも、最終的な責任は私が負うので、そこからは逃げられません。そうはいうものの、ステークホルダーを代表される方から、意見を頂くことは大切だと思っています。投資家や社外取締役から、より厳しい意見を頂く。
経営者は、いじめられることで育つ、いじめられることにより、まだこういうところができていないと認識をしながら進んでいくことが重要だと思っています。そういう意味ではガバナンス、要は自分がディシジョンしたことが、できる限り客観的に妥当かどうかを確かめるのと同時に、将来振り返った時に、あのときのディシジョンがどうだったのかを、最終的にレビューする。そのためにも、外部の方とお話ししながら進めるのは、ワンマンで、天才の経営者は別かもしれませんが、そうでない経営者は、周りの方々に助けて頂きながら、進めていかないと危ないだろうと思っています。
安田:ガバナンスの要諦として手代木さんはかねてから、株主・投資家、顧客、従業員、社会といった「4つのステークホルダーとの最適なバランス」と表現されているようですが、詳しくご説明願えますでしょうか。
4つのステークホルダーと向き合う
手代木:嫌なニュースは上には報告しにくいですから、社内で自分の首をかけてトップに直言できる人間がどのくらいいるかというと、ほとんどいないと思います。上の人間からすると、情報はちゃんとあがって来るはずだと思うのは無理があります。一方、社外の方々、特に投資家は、給与やポジションを私が決めるわけではないので、真摯に当社の良い点・悪い点をストレートに言って頂けます。
それでもパーフェクトにはならないので、顧客という面からは先生方、社会という点では患者のコミュニティーとお話をします。同時に、今、大阪商工会議所の副会頭もさせて頂いているのですが、会員の方々とお話しすることにより、製薬会社のどういうところが見えて、どこが見えていないのかが理解できます。製薬業界では常識でも、外部の方から見れば非常識ということもたくさんあります。私は社会が製薬会社をどう見ているのか、製薬や医療業界に望むことを知るのは、巡り巡って経営の判断としても重要なので、できるかぎりそこに時間を割いています。
従業員に対しても、経営会議などで執行役員などと会う時間に加え、いろんなバリューチェーンで若手を中心とした対話集会を実施し、一般の従業員が会社や業界全体に対してどんな感想を持ち、どんなところが良いまたは悪いと感じているのかを知るため、率直な意見交換の場を作るようにしています。
その4つのステークホルダーのニーズが合わさったものを自分の中で咀嚼をすると、こっちを立てるとこっちが立たないということが出てきますが、バランスを考えないで経営判断するのとは、やはり差が出てきます。
安田:本日、私が一番うかがいたかったことは、実は後継者育成計画についてです。まさに、「手代木ロス」が御社にとっての一番のリスクではないかと、機関投資家からも聞いています。製薬会社は、製品のサイクルも長いという業界特性もありますし、欧米の大企業においては10年以上も最高経営責任者(CEO)を続ける方もいますので、手代木さんの社長在任期間の12年が決して長いとは思わないのですが、日本の平均的なCEOの任期(6年前後)に比べるとかなり長いことは事実です。また、この12年間の手代木社長の選択と集中、戦略的な他社との提携等の経営実績を改めてみるにつけ、手代木社長という名経営者の後は誰がトップとなるのかは、大きな関心事です。御社の記事等を勉強させていただくと、後継者育成計画として社長塾や、社内のローテーションなどの人材育成等を試されているようですが、本当にポスト手代木はいるのかどうか、お聞きしたいのです。そういった育成計画はどのように運営され、進捗は果たして、八合目なのか五合目なのか、もう少し手代木社長が続投なのか、もしくは武田薬品工業さんのように、外国人も将来的には候補になってくるのか、そのあたりも含めてぜひお話しいただければと思います。
今のビジネスの延長線上に将来はない
手代木:次の社長については、私が続投するかしないかを決めるのではなく、社外取締役を中心とした指名諮問委員会を作っていますので、そこで決めることになります。ただ、この点は投資家からも頻繁にストレートに聞かれます。あなたたちから見てどういう人が私のサクセッサーだったら、手代木を買うのでなくシオノギを買おうと言って頂けるのかと、2年程前から、信頼できる株主に聞いています。
指名諮問委員会の方々を前に、今の執行役員や部長級の社員に、なるべく取締役会案件の説明をしてもらうようにしているのですが、どの執行役員や部長級の社員が本当に次の経営者としての能力があるのかどうかを委員会の方々が自ら判断するのは難しいので、どうしても原案は執行側から上げていくことになると思います。
一方、我々は会社の将来にものすごく大きな危機感を持っています。製薬会社が今のように薬を作って単に提供しているだけでは、10年後の2030年にビジネスが継続できているとは到底思えません。患者さまに、我々がどういう価値を提供できるのかを考えると、患者さま自身の健康や病気の状態に対する情報だけでなく、その情報に基づいて、海外も含めた治験の状況やその結果を、薬を処方する側のお医者さまにも、どの様に提供していくのかを同時に考える必要があります。
私の次男は医者ですが、彼らがネットベースで集める情報のスピードとクオリティは、とてつもなく進化しています。若いお医者さまを中心に、世界中の論文を全てAI(人工知能)などでサーチした上で、この部分についてはこの薬、この治療法がスタンダード、でもこういう治験も動いているというのを見た上で、自分の治療方針を決めていく人が増えています。従来のように、お医者さまに製薬会社がこの薬を使ってくださいと提案していた時代から、患者さま自身が自分の病態について自分で調べ、お医者さまも世界のどこでどのような治験が行われているのかを即座に自分で調査をしている。そうすると、従来の製薬会社のようなやり方で、10年後もビジネスができるはずがない。どういう診断や処方を行うのか、その後の予後をどのようにするのか、病気になりにくいようにどういう予防をするのか、といったことを総合的に提供していく時代になるはずです。それは、我々製薬会社だけで全てをできることではないので、どういう組み合わせを作りながら新しい医薬品なりヘルスケアのサービスを提供するのかを考えることが必要です。医薬品を開発するのには10~15年かかるので、今から創る薬はデジタル世代の方々に使っていただけるものを提供しなければいけない。それを、会社の中や外の人間を含め、どういう人がマネージできるのだろうかということです。
後継者について、私が良いと思う人はたぶん「ミニ手代木」の域を出ないので、それではダメです。今、社内では、社長塾や、グループ会社の社長を経験させて学ばせていますが、その中で"ちょっとこの人は違うことを考えているな"、"何を言っているかわからないけれど、真剣にステークホルダーのことを考えているな"という人の中から次の経営者を選ばなければいけない。その日は明日なのか、5年後なのかはわかりませんが、常に準備だけはしておかないといけないと思います。
というのも、塩野から私に禅譲した時のパターンが、よく考えたらそれだったのです。彼は、この会社が残るとしたら、研究開発から良いものを出し、日本以外でも稼ぐ、それ以外にこの会社が生き残る確率はかなり低いと考え、研究開発と海外をやれる人間を会社の中から客観的に見た時に、一番近いということで、私を選んだのだと思います。当時私は48歳でしたから、なぜこんなに若い人にするのかという声は外部からもたくさんありました。にもかかわらずそうしようと思ったのは、10年後のこの会社が、どうあれば生き残ることが出来るのかという絵を彼なりに作った上で、そこに一番近い人間は誰かと考えたのだと思っています。
ですから、10年後にこの会社が残るとしたら、こういう企業に変身している時だなというイメージを私自身がきれいに描かなければいけない。前の話に戻りますが、自分一人でそれを考えるのには限界もありますので、外部の方々と、10年後にどんな製薬会社が残るのか、どういう能力があったらいいのかをディスカッションしています。そうはいっても、今シオノギが全く持っていないものを10年で変わって簡単に持てるわけではないので、今持っている能力をベースにしながら、10年後にこういう企業になったら生き残れるということをまとめ上げ、それをマネージできる経営者はどういう人間なのだろうかということを考えています。
安田:まさに、後継者育成計画は企業の将来の戦略策定そのもの、企業の10年後、20年後を描くものだという回答をいただいたような気がします。
手代木:本当に難しいです。今回のコロナ1つをとっても、これだけ短い期間に世界の見え方がここまで変わるのかというぐらい、早いスピード感で変化が起こっていると思います。2002年のSARSの時には8千人が感染し、死者が770人であったといわれています。今回のSARS2というウイルスと、第1回目のSARSウイルスや2012年から中東で流行したMERSウイルスで、ウイルスそのものにそこまで劇的な毒性の差があるのかというと、そうではないと思っています。その間に交通手段の発達によりヒトやモノの動きが著しく速くなり、地球のサイズが小さくなってしまったことが、今回のパンデミックの要因として一番大きいと思っています。
このような変化がこれから元に戻ることはないので、今回経験したのと同じくらいの、あるいはそれ以上のスピードで世の中は変わり続けます。その中で、10年後の企業はこうでなければいけないというのは、すごく難しいと思います。4月に入社式をしましたが、百数十人の新入社員に70歳まで働いてくれというと、その人たちはあと50年働くわけですね。少なくとも50年続く企業を作るのが私の義務になるので、そう考えると今のビジネスの延長上に、この企業の将来があるとは到底思えない。その危機感をどのぐらい次の人に、素地を作った上でバトンを渡すのか。スピード感が今までとは全く違うので、どの産業も大変だと思います。今後は産業構造の転換が間違いなく起こりますので、その中において、半歩先に手を打っておくかどうかが、3年後、10年後に効いてくるので、経営者受難の時代だと思います。
安田:手代木さんは、患者主体の医療といわれています。私どもはこれまでヘルスケア企業、特に臨床の薬を扱っている企業に、BtoCが当てはまるとは考えていなかったのですが、まさにお医者さまや患者さま自身による情報収集がリアルに起こっているなかで、AIやデジタル企業も、この業界に与える影響は大きいということを理解いたしました。
応分のリスクに合うベネフィットを
手代木:ある意味で、BtoBも製薬会社はやってこなかった。お医者さまや病院、他の製薬会社など、すごく限られた中でビジネスが回っていたのですが、今後行われるBtoBというのは情報関連会社、例えば予防であれば運動や食事関連の方々と製薬会社は組まないとサービスを提供できない。会社全体を見回しても、そういう他産業とのBtoBをやれる能力を持っている人がいないのです。それは結構ショックなことで、他の製薬会社、病院に話しに行くことはできるのですが、食品会社と話してこい、といってもそれはわかりませんという話なのです。
安田:私はIBM出身でテクノロジーのお客様を多く担当しているのですが、現在テクノロジー会社も、こぞってヘルスケアに注目していますよね。このあたりの業界を超えたビジネスの連携のお話は改めて、日本取締役協会においても話題提供いただければと思います。
手代木:製薬会社は当たれば高収益というのが今までの常識だったのですが、今の高収益を続けられるのは簡単ではありません。応分のリスクに対する応分のベネフィットということを、業界を超え、患者さまをベースに考えて、作りこんでいかなければいけない。
私どもは感染症のスペシャリストですが、今回の新型コロナで気づきがあったのは、製薬会社の視点はウイルスや菌をどうやっつけるかということでした。しかし、今回はウイルスが死んだ後でも、生体の反応として過剰なサイトカインストーム(注) が起こり、患者さまがお亡くなりになっているのです。我々の視点でウイルスを殺したら終わりで、あとは我々の仕事じゃないと言い切れるのかというと、それはおかしい。菌やウイルスがきっかけではあったのだけれど、最終的に患者さまを救うためにどうしなければいけないかというと、感染症薬だけでは難しい。免疫系の薬もやらなければいけないし、最終的には機器や診断薬も組み合わせないと患者さまを救うことはできないのかもしれない。
このあたりを6月に発表した新しい中期経営計画のテーマに入れたのですが、患者さまを救う、患者さまの家族に幸せをもたらすという見地から考えると、やらなければいけないことはまだ沢山あります。全部自社ではできないので、いろんなパートナーとアライアンスを組み、それをうまくやれる企業のみが今後勝ち残っていくのではないかと考えて取り組んでいきたいと思っています。
安田:本日は、ガバナンスのお話にとどまらず、御社を含めたヘルスケア企業が、今後社会においてどのような存在であるかといったお話などもうかがい、大変興味深いものとなりました。誠にありがとうございました。
(注)ウイルスの侵入や薬剤の投与などが引き金となって、過剰に産生されたサイトカイン(細胞から分泌されるタンパク質)がさまざまな炎症症状を引き起こし、機能障害や細胞・組織の崩壊をもたらす。免疫疾患を引き起こすこともある。その重篤な状態を呼ぶ。
手代木功 1982年東京大学薬学部卒業、塩野義製薬入社。87~91年米国ニューヨークオフィス駐在。94~97年カプセル会社への出向で再び米国駐在。帰国後、社長室勤務を経て99年経営企画部長。社長の塩野元三氏(現特別顧問)と、塩野義の構造改革を進める。2004年医薬研究開発本部長、06年専務執行役員、08年4月より現職。日本製薬団体連合会会長など要職多数。薬学博士
安田結子
株式会社企業統治推進機構 シニアパートナー
日本企業の経営者と取締役会に対し取締役会評価、指名委員会活動支援、CEO後継者育成計画支援等に従事。1985年日本IBMに入社、ブーズ・アレン・ハミルトン(現PwC Strategy&)を経て、ラッセル・レイノルズにおいては日本支社長、本社エグゼクエィブコミッティメンバー。2020年7月より現職。SCSK、昭和シェル、村田製作所(現任)、出光興産(現任)、日本水産(現任)等の社外取締役に就任。社団法人経済同友会幹事。
撮影:淺野豊親