TOP RUNNER:企業経営の改革者に聞く vol.8 内山俊弘×安田結子

TOP RUNNER:企業経営の改革者に聞く vol.8 内山俊弘×安田結子

2022年1月10日

内山俊弘(日本精工 株式会社 取締役会長)
安田結子(株式会社 ボードアドバイザーズ シニアパートナー)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.8 - 2021年12月号 掲載 ]

委員会設置会社を
進化させる企業統治

安田 2019年コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー入賞、おめでとうございます。御社のガバナンスに対する意識は従来とても高かったと感じていました。2004年に日本の企業としては早い時期に機関設計を指名委員会等設置会社に移行しながら、同時に地に足のついた取締役会を実践すべく、執行の事業責任者である取締役も参加される、比較的日本的な運用をされてきました。昨年からは、さらにモニタリングモデルに舵を切り、コーポレートガバナンス・コード(以下コード)の再改訂より前に社外取締役を過半にして、社内の取締役を少なくするような改革を行いましたが、内山さんとしては、このあたりどのようにお考えになり実行したのですか。

内山 ありがとうございます。実際は、コーポレートガバナンスのあるべき姿を最初に描いて、それに向けていろいろと改革を進めてきたのではなくて、むしろ中にいると、よくそのあたりが分かりません。自分たちのガバナンスのレベルが分かるわけがなくて、今おっしゃっていただいた、2004年に委員会等設置会社としてスタートしているというところも、何が何だか分からないうちに会社がその様に変わっており、私が取締役になってみると、もうすでに委員会等設置会社でした。3委員会があり、社外取締役の方がいて、会社が何を目指していたのかは、実際に取締役会の議論に参加することによって理解出来ましたが、改革に甘んじてしまったところもあり、コードが制定されることで、それをきっかけにもう一度自分たちのガバナンスのあり方を考え直しました。

3代前の関谷は、アメリカ人を取締役にしたりして、どちらかというとアメリカ型の執行と監督の分離をかなり意識的に進めました。

関谷はアメリカの法人長を7年ぐらいやって、アメリカ型のガバナンスを現地で見聞していた。その後、取締役になってみると、当時の取締役会が割と形だけになっており、あまり議論をすることがないことに問題意識をもったのではないでしょうか。議論する取締役会にするためにだんだんアメリカ型のガバナンスへ移行し、さらに外の視点を入れようとして、社外取締役をお招きすることを始めたのだと思います。

ですから、そういう志を我々も少しずつ想像しながら、それに向けて、当時の人たちが目指した方向にさらに変えていかなきゃいけないと意識した頃に、コードも制定されました。

安田 指名委員会設置会社という機関設計を長く運用されてきた企業でありながら、ガバナンス改革を継続的に進め、昨年モニタリングモデルをさらに強化された経緯を教えていただけますか。 

内山氏

執行への権限委譲が委員会設置会社の強み

内山 もともと当社の取締役会の特徴である指名委員会等設置会社は、委員会を持ち、ガバナンスの特徴としては、モニタリング型です、そうは言うものの、従来はかなりマネージメントを重視した取締役会だったのです。設備投資案件、毎年の執行予算、決算、比較的細々としたところまで取締役会で議論をして決めていました。我々の事業は、典型的なB to B、しかも扱っているものが機械部品、装置とかの要素部品、しかも最終製品に一度組み込まれてしまうと外から見えない。そういう商品の特性、事業の特性があるがゆえに、個々の設備投資のあり方、あるいは年度の予算のあり方も、しっかり社外の方々のチェックを入れていきたいということでスタートしたのだと思います。

ところが、会社の規模が大きくなってきて、グローバルの展開も、特に中国、アジア地域を中心に拡大となってくると、会社の規模に照らして、一つ一つ議論をしてもらう、承認をしてもらう案件が細かくなり、もう少し大所高所から、マクロの視点から社外の方々には見てもらったほうが良いのではないかと考え始めたわけです。

さらには、社内の取締役は、例えば事業に責任を持っている人間は、他の事業に対してなかなか物が言いにくい。

安田 現在の多くの日本企業がそうですね。

内山 機能部門の取締役でも、なかなかはっきりと物が言えない。しかも、ほとんどすべての案件は、一度会社の中の経営会議という会議体で議論をし、承認してから上げるものですから、承認をしておきながら、取締役会でそれに対して否定的な意見は言えないこともあり、どうしても議論が中途半端になってしまう。

それから、12人という決して多い人数ではなかったのですが、議論への参加の度合い、これの濃淡がどうしても出てきてしまう。それが顕在化してきたのは、取締役会の実効性の評価をやり始めてからです。議論に満足しているのか、参加の度合いはどうかを匿名でアンケートをしてもらうと、そこで正直な意見が割と出てくる。議論にあまり参加できないとすると、「私の貢献って何だろう」と迷い始めるとか、社外の人から見れば、「何でこんな細かいことまで議論しなきゃいけないんだ。そんなのはもう執行サイドで決めてくれ」みたいな意見が出てくることが分かってきて、今までの、自分たちは長所だと思っていた、やり方の限界っていうのが、その実効性調査を通じて分かってきました。

ですから、もう少しマネージメントでなくてモニタリングモデルへ、モニタリングだけでは、私はあまり満足できないので、そこにストラテジックなディスカッションを加えたいと思い、細かな1件1件の設備投資の案件ではなくて、NSKの事業、20年後、30年後、あるいは50年後にどうしていくのか、ベアリングという商品そのものがなかなかなくならないところがあるものですから、それだけの危機意識が生まれてこないのですが、そうは言うものの世の中がカーボンニュートラルに進む、電気自動車の時代になるので、50年後、その時にNSKの強みっていうのは何なのか、マーケットがどう変化していくと見ていくのか、技術がどう変化していくのか、そこへ持ってきて、我々もR&Dの強みだとか、ものづくりの強みだとか、どこを生かしていけるのか、そういう議論をしたほうがいいだろうと、モニタリングだけではちょっと物足りない部分があるので、戦略討議を加えていきたいなと思いました。

安田氏

社外取締役には企業経営の経験を期待

安田 取締役会のモニタリング機能に加え、企業価値の向上に向けた戦略討議を開始されたわけですね。

内山 まだまだストラテジックボードと胸を張って言えるほどの高度なレベルの議論ができているわけではないと思いますので、特に昨年からそう言い始めて、やり始めたところがあるのですが、コロナの制約も結構あるので、これからですかね。さらにテーマの設定、それからそこにどういう社内の執行役、取締役だけではなくて、それこそ事業の責任者、機能の責任者、R&Dの責任者も入って将来の姿を議論したいので、その実効性を上げていくのはまだまだこれから先の課題だと思っています。

安田 そうすると、そのモニタリングボードを、さらにストラテジックボードにし、恐らく企業価値の増大に資するような取締役会の議論を可能とするための社外取締役が必要になってくると思われます。今回コードの設定で、スキルマトリックス等を用いて取締役会の構成を高度化すること等が推奨されています。個々の取締役の経験値・スキル領域も大切ではありますが、社外取締役の質にきちっと向き合うことが、今回のコードの改訂の一つの肝だと思います。御社は従来、社外取締役には経営者の方を多く招聘されているのですが、社外取締役の貢献はどのようにお考えですか。もしくは、そのストラテジックボードを目指すにふさわしい陣容を揃えられているのかどうか。

内山 それにふさわしい人にお願いをするしかないのかなと思いますが、今言われているスキルマトリックスは、どうも私はなじめません。何となく、社外取締役をスキルマトリックスにしてしまうと、何か矮小化してしまうようなところがあって、そのスキルだけを求めるであれば、その専門家を連れてくればいいわけです。我々が欲しいのは、ばらつきはあるかもしれませんけれども、経営者としての経験と考え方と言いますか、特に会社経営というのは一から十まですべてわかって決断をするのはなくて、ある限られた時間の中で明らかになること、わかることはそんなにすべてではないわけです。不確実な中で決断をしていかなければいけない。そういう不確実な中で決断をしてきて、会社を運営されてきたこと自体に価値があるのだろうというふうに思うのです。

ですから、いずれの会社の経営者の方をとっても、我々が学ぶべきものというのは多く持っていらっしゃると思います。

安田 おそらく社外取締役としては、企業の経営者、ご自身で困難で複雑な経営判断を行ったことがあるのが重要かと思います。ところで、最近内山さんが笑顔になったのは、市井社長にバトンタッチをしたからではないかと私自身は思っているのですが、4月に新社長にバトンタッチをされて、ガバナンスの一番のバックボーンである後継者育成計画(サクセッションプラン)を遂行されたと思うのですが、ここに関してはどうお考えでいらっしゃいますか。

内山氏

コード改訂がガバナンスのあり方を見直す契機に

内山 このサクセッションプランも、手探りですね。私が社長を引き継いだときには、前任者からは「指名委員会の委員長は絶対手放すな」と言われていました。ところが、そのもう一つ前任者は、今どき指名委員長が社長というのはありえないだろうということで、二人まったく意見が違って、結局私が社長になって社外取締役の方に指名委員長をお願いして、そこからサクセッションプランを作り始めたということです。

そのときも、サクセッションプランとは言いながらも、私としては「後継者は自分が決めるんだな」とそういう覚悟ではいましたし、それを社外の取締役に委ねてしまうつもりはありませんでした。むしろ、私が決めたい、私が選びたい、社内から選ぶ中で、その選考に対しての納得性、透明性に説得力を持たせる、それをサクセッションプランの中で実現していかなければいけないと思ったのです。ですから、当社の社長としての要件と言いますか、リクワイヤメント、コンディション、どういうものがあるのだろうかといろいろと要素として抜き出してみたのですが、その中で一番に来るのは、ものづくりの精神と言いますか、その考え方をしっかり共有できる人間、ものづくりにこだわってくれる人間、ものづくりだけでもいけないが、それを大事にしたい。

それから、まあ人望があるというのですか。八方美人という意味ではないのですが、部下、若い世代から慕われる、相談しやすい人間ということもありましたし、そしてもう一つは、できれば、他流試合を経験してもらいたい。他流試合とは、いろいろな場で他の会社のトップの方と会話、対話をすることで自分に足りないもの、あるいは自分の強みとなりうるものを相対化する、そこで再認識する。ただ、社内の中だけにいて、タコツボ的にその中でお山の大将ではなく、外の人間からも敬意を持って接してもらえるような人になってもらいたいなということがありました。

まずは条件みたいなものを設定した上で、あとはそこに説得力を持たせる、なぜこの人間か、他の人間も交えて一度我々の将来の社長候補の集団を評価してもらう、社内に対しての納得性と言いますか、単にある日突然選ばれるのではなくて、その世代の人間、その世代の執行役にとっては自分たちもそういうプロセスの中に入っていたのだと、そのプロセスを経た上であの人間が、彼が選ばれたというように納得できるようなことで、それがまた、社外の取締役の方々にもNSKが持っている経営人材はこういう人間がいて、ポテンシャルとしてはこうで、この人間を選んでいきたいというようなことですね。それを18、19年やってきたわけで、最後の段階では先ほど言った他流試合をしっかりとやりたかったところがあり、それがコロナで、できなくなってしまったのが残念ではありました。

安田氏

社内と社外の知見をつなぐ取締役会議長

安田 2015年のコード改訂により、監査等委員会設置会社という、ある意味中間の形に移った会社が1000社以上ある中で、思ったほど指名委員会等設置会社には移行していません。また、東芝や銀行の不祥事により、指名委員会等設置会社になったところでけっこう不祥事があるじゃないかと言われることもあります。その一方で、ソニーや日立といったグローバルに戦う企業は指名委員会設置会社として、着実に企業価値を上げてきている。また、私の肌感覚ですが、複数の業界をリードするような企業が、現在、真剣に指名委員会等設置会社への移行の検討を開始しております。今回のコードもそれを意識したコード改訂になっていることから、このあたりの機関設計の変化の潮流は興味深いものがあります。御社は、2004年から指名委員会等設置会社を機関設計として受け入れてこられたわけですが、その担い手である経営者として、この機関設計に関して、良かった部分、もしくは、やりにくかった部分は何かありますか。

内山 指名委員会等設置会社だと執行サイドにかなり権限を移譲できるので、その執行の自由度や柔軟性、スピードは上がってしかるべきです。そうは言うものの、それだけ権限を多く委譲してもらっているからこそ、それに対しての説明責任が、また大きいのだろうと思います。権限と責任のバランスだと思うのですが、それがあるゆえに我々は緊張感を持って運営できているのだろうと思います。

同時に社外取締役で入った方から「監査役設置会社での経験しかないので、指名委員会設置会社はどんな会社かなと思って来たら、あんまり変わらないじゃないか」と言われるので、もう少し違いを出していっても良いなと思います。それは監督と執行の分離の部分で、もう少しその権限をはっきりさせる、権限の移譲をはっきりさせる。今まで、例えば設備投資についても10億円という上申の閾値があったものをもう少し上げる、さらに我々の権限を増やしてもらって、その分報告、説明の責任を上げていくこと。さっき申しあげた、戦略的、中長期的な議論に時間を費やせるようにしていくことですか。

安田 今期から、内山会長は、執行から分離された議長に集中されるわけですが、まさにその戦略ボード、戦略的な議論するボードとして、これから議長としての役割に関し、もし何かあれば、最後におうかがいしたいと思います。

内山 社外の方の知見と、うちの社内の人間が持っている知見は、分野、範囲、奥行きが異なりますから、どうやって議論がかみ合うような形にしていくかだと思うのです。社内の人間には社外の人たちが聞きたがっているのは、こういうことだと説明しないと分からないし、社外の方々には社内の論理である部分、社内では常識になっている部分は、実はこういうものがあると、お互いをそばに近く、近づけるということの役割が必要と思います。そうしないとお互いがフラストレーション、不満足になってしまうと思いますから、これまでずっと執行で来ましたので、だいたい陥りやすい社内の常識、そういったものも分かるし、その社内の常識で、社外の人に分かりづらい部分も分かってきましたので、その行司役はできるのではないのかなと思います。

内山氏と安田氏

安田 取締役会の中では、名議長だとうかがっております。

内山 いえいえ。けっこうはらはらすることもあるのですよ。どこの取締役会もそうなのかな。はらはらすることがないと、逆に面白くないですよね。

安田 まさに、はらはらするって、それは健全なのだと思います。執行と取締役会の分離があり、株主からの委託を受けた厳しい社外取締役が執行に対して厳然たる監督を行う、執行の経営陣は常に緊張感をもって取締役会に対峙することこそ、取締役会の実効性の真髄があるように私は感じました。

内山 取締役会の、せいぜいうちだと2時間、3時間の、しかも月1回弱の時間の中で、緊張感、追及、そういう場面もなかなか期待できない。意味があるなと思っているのは、自分の経験からそう思うのは、むしろ社外の取締役の方々にうちの事務局、あるいは事務局を担当している役員が事前に個別に説明するとき、そのときのほうが社外の取締役は率直な意見を言ってくれるのです。

9人というふうに人数を絞ってきましたけれども、9人の取締役会であっても、ぎりぎりと執行、社長をつるし上げるっていうのは難しいですよね。多少その部分は遠慮が働いていると思いますよ。事前説明の部分ではそんな遠慮がないので、「何でお宅はこんな情けないことしかできないのか」みたいなね。そうすると、社内の人間からすると、「そうなの?社内の論理だと常識なのだけれど、それって世の中の非常識なのだな」と、そこで初めて分かる。だから、サクセッションプランにも、できれば対象となる候補者、複数の人間をそういうところに放り込んでいきたいと思います。なかなか今の状況だと、経営企画系だと、事前説明をやりやすいのですが、そこにいきなりR&Dの人間に事前説明やれと言っても、ちょっとこれは難しいなと。

安田 そうですよ。だから、どの取締役会もそうですが、コーポレート系の役員が多くなってしまうとか、それはどの会社でも悩んでいますね。

内山 うちも本当に今はコーポレートの人間だけになっちゃったわけですよ。バックグラウンドは私も、社長も副社長も、みんな営業系でコーポレートをやって、社長なり副社長なりという立場。4人の社内の取締役のうち3人がそれですからね。そこはこれから先の課題です、一番の。そのためには技術の人間、その機能系の人間、事業の人間にどうコーポレートのことを分からせるのか、少し前の段階でコーポレート系の部門に配属をしていくというのか、経験させるというのは必要なのだろうなと思います。

内山俊弘氏

内山俊弘 日本精工 株式会社 取締役会長
1981年日本精工入社、海外本部に配属。10年以上になる米国での駐在(米州副総支配人など)を経て、2010年執行役常務経営企画本部長、2012年取締役、2013年代表執行役専務、2015年代表執行役社長、2017年代表執行役社長・CEO、2021年4月より現職。

安田結子氏

安田結子 株式会社 ボードアドバイザーズ シニアパートナー
1985年、日本IBMに入社、システム・エンジニアとして情報システム部に所属。1991年よりブーズ・アレン・ハミルトン(現PwC Strategy&)にて主にテクノロジー・セクターのクライアントプロジェクトに従事。1993年にラッセル・レイノルズへの入社後、テクノロジー・セクターにおけるアジアパシフィックの責任者、日本支社長、本社エグゼクティブコミッティーメンバーを歴任。2020年7月より現職。SCSK、昭和シェル、出光興産、村田製作所(現任)、 日本水産(現任)等の社外取締役に就任。社団法人経済同友会幹事。

撮影:淺野豊親