2023年9月10日
小島啓二(株式会社日立製作所 取締役 代表執行役 執行役社長兼CEO)
太子堂厚子(森・濱田松本法律事務所 パートナー 弁護士)
企業経営の改革に取り組むトップランナーに、企業経営のあり方をうかがうインタビューシリーズ。今回のゲストは日立製作所の小島啓二社長兼CEO(最高経営責任者)です。日本取締役協会が主催する「コーポレート・ガバナンス・オブ・ザ・イヤー2022」でグランプリを獲得した日立は、日本を代表する大手総合電機企業でありながら継続的に事業の構造改革に取り組み、世界でも有数の先進企業に変貌を遂げて多くの注目を集めています。小島さんはインタビューの中で、「大企業ゆえに変わりにくいため、ガバナンスをフルに活かして会社を変える必要があった」と振り返りました。
太子堂 日本取締役協会主催のコーポレート・ガバナンス・オブ・ザ・イヤー2022にてグランドプライズを受賞され、本当におめでとうございます。
御社は日本を代表する歴史ある企業ですが、先進的かつグローバル水準のガバナンス体制を構築しておられます。ガバナンス推進の理念や背景をお聞かせください。
小島 弊社はリーマンショックの後に大変大きな赤字を出して、経営危機に陥りました。根本的に会社を変えなくてはならないという強い思いで、ガバナンスの改革も同時に始めました。日本を代表する歴史ある企業とは大変光栄なお言葉ですが、半面、変わりにくいと言われているようにも思います。
亡くなった中西宏明さんがよく言っていたのは、大企業と中小企業というのはまったく意味のない分類で、成長する・しない企業、良い・良くない企業に意味がある、したがって我々は成長する良い企業にならなくてはいけない。
大企業は変わろうと思ったとき、リスクのほうが大きいですよね。本当にグローバルにならなくてはいけないときに、例えば日本人中心の経営にこだわってしまうと、これはもう逆にリスクになります。変わりにくい会社を変える方法は何かと考えたときに、それがガバナンス改革だったのです。大企業であるがゆえに変わりにくいので、思い切りガバナンスをフルに活かして変わる必要があったと、そういうふうに私は思っています。
太子堂 リーマンショック後の危機感が原動力になったのですね。
小島 もう一つは、元々日立のDNAには、何か一つに固定してずっとやっていくより、変わりながら成長していくモデルがあります。
「この木なんの木、気になる木」という歌がありますでしょう。あれは何を言っているかというと、どういう木になるかをあらかじめ規定して、これはこういう木だというのではなくて、常に新しい枝を伸ばし、あるときは枝を刈り、いろいろな花や新しい芽を付けて、変わりながら成長してきたことを述べています。
ある期間安定して成長してくると、ついそれにこだわり、成長するというDNAが弱くなります。そういうことを払いのけつつ、大きくなるには、外からの目やガバナンスが極めて重要なのです。
「この木 なんの木」が
日立のDNA
太子堂 「この木なんの木、気になる木」の歌が、変化を表す象徴だとは初めてお聞きしました。
小島 ある意味分かりにくい、「何の会社か」と思うところが常にあります。変わりながら成長するのが重要で、それが途切れると、弊社は必ず危機に陥ると、私は思います。
太子堂 なるほど。変化をドライブしていくための仕組みとして、ガバナンスを重視しておられるのですね。
太子堂 日立グループといえば、大胆な選択と集中による徹底的な構造改革により、上場子会社22社をゼロにされました。これだけの改革をやり切るには、執行側に相当の胆力が求められると思いますが、改革を貫徹するうえでの歴代経営トップの関与と取締役会の関係についてお聞かせ下さい。
小島 事業ポートフォリオの改革についてのポリシーや方向性は、取締役会と執行サイドで完全に共有しています。始まりは川村隆さんが経営危機から立て直しをやられた。引き継いだ中西さんは日立の形を根本的に変えようとしました。平たくいうと事業ポートフォリオ改革です。それまでは22の上場子会社が典型的なコングロマリットを形成し、日立化成や日立金属等の会社がおのおののパーパスで運営していました。中西さんは、まず単一のパーパス、「社会イノベーション」を定義付けました。お客さまと共に社会課題を解決するというワンパーパスでいこう、それに完全にフィットする会社は100%取り込むし、そうでないパーパスで大きくなったほうがいい会社はグループから外れ、成長してもらうことにしました。
これは東原敏昭会長の言葉ですが、社会イノベーション事業のグローバルリーダーをめざしてひたすらグローバルなワンパーパスの企業群を作ろうとやってきました。そういう方向性に関しては、取締役会との間に齟齬はありません。
太子堂 企業・事業の売買には、取締役会はどのように関与されるのですか。
小島 売買のディールの際には、取締役会が3段階で真価を発揮します。まずは、企業の売買の時です。買収により企業価値を上げられるか、投資回収できるか、シナジー効果を生めるか等を厳しくチェックします。常にクールな目で判断・レビューして、違う視点を提供します。取締役会の実効性を発揮する上で極めて重要だと思っています。取締役会で厳しい議論になりますが、そこにまさに価値があります。
次に、買収後の統合時(PMI)です。GlobalLogicという会社を約1兆円で買収しましたが、日立のほとんど全ての事業とシナジーがありそれをいかに発揮するか、1兆円の買収価格を正当化できるか否かが論点でした。大変重要な事項なため、取締役会に小さな統合のアドバイザリーボードをつくり、デジタルに詳しい社外取締役4人と執行サイドが加わり、PMIの進捗を徹底的にモニターして助言してもらいました。こういう仕掛けは効果があることを体感しています。
最後は、投融資モニタリングです。数年前のディールの結果を常にモニタリングして、取締役会よりいろいろなアドバイスや厳しいコメントをもらいます。こういう3段階の仕掛けになっています。
太子堂 M&Aなど重要な意思決定について、事後的な振り返りが足りないことが課題になる会社は多いですが、取締役会の3段階の検証が確立しているのは、素晴らしいですね。
小島 結果としてトランスペアレンシーが出てきます。取締役会に対して、何がどういう状況になっているかを見せることが非常に重要となります。そしてアカウンタビリティ。うまくいかなかった投融資も当然出てきますが、誰が責任者で、その人をどう処遇するかも含めての責任です。「君たちは優しいね」と、この点はまだ弱いと指摘されます。そういう意味で、決して楽な取締役会ではないです。その緊張感が、企業の価値を生んでいると思います。
太子堂 御社では2012年から社外取締役が過半数となっています。執行側の強力なリーダーシップに対して、独立性の高い取締役会が緊張感と牽制を与えながら、改革を推進してこられたものと理解しました。
小島 取締役会をうまく活かしつつ、リーダーシップを発揮することがCEOに求められ、それだけのCEOが今までバトンをつないできたのだと思います。
太子堂 小島社長は2021年に指名委員会の社長指名を受けられました。経営者の指名は取締役会の監督機能の中核であるといえますが、我が国では、社外取締役が過半数の会議体に指名の主導権を与えることには、いまだ抵抗感や恐怖に近い感覚を持つ会社も多いです。社外取締役を中心とした指名プロセスを実行するうえで、何か秘訣等はございますか。
小島 弊社の場合は、完全に指名委員会が指名します。執行サイドは情報を提供する立場で、人を育てて候補者をたくさん作り、その情報を指名委員会に伝え、透明性を高めます。その情報の下で人を選ぶのが指名委員会です。昔と違うのは、日立という会社がどう変わる必要があり、そのためにどういう人を次のCEOに選ぶのか、極めて徹底している点です。日立を大きく変えられる人として、一番適したスキル・経験・マインドセットを持つ人を指名することを徹底します。
太子堂 今の環境下で誰がトップになるべきかを、徹底的に指名委員会が議論するということですね。
小島 その通りです。例えば、私のバックグラウンドは、R&D、Lumada、デジタルです。日立はまだトランスフォーメーションモードで、ITやデジタルというテック領域にもっと入っていきたいと考えています。技術の変化は早いため、テクノロジーがよくわかり、かつ日立をこう変えるという強い考えを持つ人を探していました。単にそれが私だったと思っています。
太子堂 経営者を適切に評価するためには社外取締役にも相当のコミットメントが求められますが、適切な知見と強いコミットメントがあれば、社外取締役に指名の決定を委ねても支障はないということでしょうか。
小島 十分な情報を渡していますし、候補者を何回も見せています。例えば私のケースでも、もし私がCEOになったら何をやるかとか、幾度となく議論をしました。さらには東原会長が指名委員会に入っており、執行サイドの考えもインプットされています。躊躇する必要もなく、十分にこれで機能すると思っています。豊富に選ぶ対象がいて、かつその人たちの情報が十分にあれば、間違いなく選べる指名委員会になります。
太子堂 次代の経営リーダー候補となるグローバルでの人財プールの選抜や育成も、体系的にやっておられるとお聞きします。
小島 取締役の方々にも時間をかけて、メンタリングをやってもらっており、執行サイドと取締役会の両方で、一生懸命人を育てています。特に事業ポートフォリオでは相当に出し入れをやり、大きな買収もしました。そうすると新しい大きな人財プールが加わります。ここからいかに有望な候補者を取り込んでいくかが重要です。大きな資金を使って一番得られるのは、人財ですからね。
太子堂 取締役会には、適任な社外取締役の方を継続的に選んでいくことも必要となりますね。
小島 継続的に選ばなくてはいけません。弊社の場合は業容が多様なので、会社を理解するまでの時間がかかります。したがって理解をしていただいた方は極めて貴重です。取締役会としての一貫性を保つことには相当気をつけて、指名委員会も選んでいると思います。
太子堂 任期が長くなれば会社に精通する一方で、独立性が弱まることもあり、知見の蓄積や全体の継続性を見ながら、社外取締役の構成を決定する必要があります。
小島 トランスフォームし続けることが必要で、経緯も方向性も知っていて、サポートしてくれるのが取締役会です。急にメンバーが変わって揺れてしまうと、極めてシリアスな影響があります。
太子堂 社外取締役の人選プロセスも、執行側から切り離されているとお聞きしています。
小島 切り離され、指名委員会が中心です。議論内容は共有してもらいますが、私が積極的に関与することはないです。蓄積したリストから指名委員会メンバーが実際に候補者と会い、「この人は日立の企業価値を上げるために役に立ってくれるだろうか」という視点で相当議論して、入ってきていただきます。
太子堂 CEOがほとんど関与しないとは、徹底した独立性を確保しているのですね。
小島 そこに口を出すと変なことになると思います。CEOはお友達が欲しいわけではないですから。全然違う理由から、違うことを言ってくれる、厳しいことを言ってくれる人が必要なのです。
太子堂 御社の取締役会議長は社外取締役ですが、アジェンダセッティングは議長が主導されるのですか。
小島 弊社の場合ちょっと面白いのですが、取締役会室が行います。執行サイドに属さない独立機関です。取締役側から「こういうこともチェックしたい」という要求が入り、執行サイドからは「これを早めに説明しておきたい」と提案します。それを取締役会室で突き合わせて議題設定を行います。したがって、取締役会室は、ものすごく難しい立場です。監督と執行の両方のバランスを取って、一番建設的かつ実効性が高い取締役会になるように、優先度をしっかりつけて議題を設定します。その過程で、取締役会議長と執行サイドの私で、相当議論して決めます。取締役会室による議題設定は、弊社のガバナンスの極めて中核となる部分の一つになっています。取締役会室の機能、独立性や中立性は、受賞の評価ポイントの一つであると理解しています。
取締役会の緊張感が
企業価値を生む
太子堂 取締役会室が執行側から独立性をもった専任組織になっていて、アジェンダセッティングを主導するというのは、とても先進的な取組みですね。
太子堂 昨年出された中期経営計画では高い目標を掲げられ、達成には「チャレンジ・攻め」の必要があると拝察します。CEOにとっての取締役会は、挑戦を後押しする存在ですか。
小島 今の取締役会で、私がすごく良いと思っているのは、両方のビュー・意見が必ずあることです。例えば、今回私が策定した2024中期経営計画も、何回も取締役会で議論をしています。より高い目標にチャレンジすべきだという意見と、約束は小さく達成は大きくという意見の両方出ます。そのような多様な意見がぶつかるところが最大のポイントだと思います。その中で平均より少しアグレッシブな方向で、進めるように私はしています。このバランスを取るのは、CEOとして必要なことだと思っています。
太子堂 多彩な意見が出る取締役会の議論を通じて、戦略が磨かれているのですね。
小島 取締役会での議論なしには、中期経営計画も今ある形にまとまっていってないと思います。私にとっては、テニスでの壁打ちの相手のようなものです。どこに打っても何か返ってくる。壁打ちを重ねるとまとまっていく。中期経営計画みたいなものは特にそうです。
太子堂 成長を下支えする「守り」のガバナンスの観点で、どのようにグローバルなリスク管理体制を構築されていますか。
小島 率直に申し上げて、本格的に始めたのは割と最近です。従来は日本中心のリスクマネジメントで海外地域も見ることで、比較的上手く回っていました。しかし大きなM&Aで海外に大きなアセットを持つようになると、それだけではボトムラインが安定せず、急に大きな損失を出したりすることが起きます。体系的なグローバルリスクマネジメントシステムを構築して運用すべきであると取締役会で指摘をされました。テストを21年度から始め、本格運用を22年度から開始しました。
ABBのパワーグリッドビジネスを買収したり、GlobalLogicを買収したりで、海外のアセットが大きくなったことが背景にあります。特に今は地域が重要な議論の対象で、最近立て続けにそれが大活躍する事例が出てきています。直近ではウクライナです。GlobalLogicの社員が7000人以上、ウクライナにおり、リスクマネジメントシステムを立ち上げておいて、良かったと感じています。
太子堂 具体的にはどのような内容になりますか。
小島 執行サイドにある経営会議の中に、3つの会議を新設して22年度から運用しています。リスクマネジメント会議、成長戦略会議と人財戦略会議です。その3会議でまず議論して、それから取締役会で議論する。いきなり「今度ここを買収します」「こんなリスクが起きました」というと、取締役会でも十分な準備ができません。3会議の議論推移や、何が近く取締役会で議論される可能性があるかということを、CEOレポートとして私が取締役会に先に伝えておきます。
太子堂 御社はこの10年で最も変貌を遂げた日本企業の一つだといわれます。表彰式でも「ガバナンスをしっかり作って、この先10年、20年、トランスフォーメーションを続ける企業でありたい」といったお話をされていました。今後、ガバナンスを活用してどのような変革に取り組みたいか、お聞かせ下さい。
小島 今までいろいろな上場子会社や大きなジョイントベンチャーがありましたが、それらを次々と改革し、22年度に上場子会社が0になりました。ずっとやってきた事業ポートフォリオ改革が、一区切りつきます。トランスフォーメーションジャーニーは、構造改革モードから、サステナブル成長モードに切り替わります。
次にやらねばならないことは、今持っているアセットを最大限活用して、トップライン、ボトムラインを伸ばしていくことです。サステナブルに成長しようというのは原理的には簡単です。しっかりキャッシュを創出し、より効率的に投資して複利で増やしていくことです。サステナブルな成長を着実に進めるには、人財もカーボンニュートラルも、例えばLumadaのような事業モデルも常に進化させていかなくてはなりません。サステナブルな成長を実現するためのトランスフォーメーションを、この先10年やらねばいけないと思っています。
取締役会をフルに活用して、いかにCEOがバトンをつなぎながら走り続けていくか、駅伝みたいなものですよね。たすきをCEOが渡し続けて走っていく。箱根駅伝でよく伴走車が並走し、車の中から監督が頑張れとか早すぎるとか、いろいろ檄を飛ばしますが、弊社の取締役会はあのような感じです。監督がレースに参加して代わりに走るわけではありませんが、取締役から応援を受け、いろいろ助言をもらいます。
まだまだマインドセットも変えていかなければなりませんので、取締役会をフルに使わせてもらいたいと思っています
小島啓二
株式会社日立製作所 取締役 代表執行役 執行役社長兼CEO
1982年日立製作所入社。2008年中央研究所長、2011年日立研究所長、2012年執行役常務 日立研究所長、2014年執行役常務 CTO兼研究開発グループ長、2016年執行役専務 サービス&プラットフォームビジネスユニットCEO、2018年執行役副社長 社長補佐、2021年6月取締役 執行役社長兼COO、2022年4月より現職。京都大学大学院理学研究科修了、大阪大学大学院博士課程(情報科学)修了
太子堂厚子
森・濱田松本法律事務所 パートナー 弁護士
1999年東京大学法学部卒業、2001年弁護士登録、森綜合法律事務所(現・森・濱田松本法律事務所)入所。会社法、コーポレートガバナンス、紛争解決等専門。主な著作として、『株主提案と委任状勧誘〔第3版〕』(株式会社商事法務、共著、2023)、『Q&A監査等委員会設置会社の実務〔第2版〕』(株式会社商事法務、2021)ほか多数。JCOM株式会社社外監査役、ピジョン株式会社社外監査役、T&Dホールディングス社外監査等委員。
撮影:淺野豊親