上場会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向けた東証の取組み 第3回

2023年6月15日

青克美(株式会社東京証券取引所 取締役常務執行役員)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.12 - 2023年4月号 掲載 ]

市場区分再編の実効性向上に向けた対応

本連載では、「健全な企業家精神の発揮による持続的な成長と中長期的な企業価値向上」という目標に向けた上場会社各社の取組みを後押しするための、東証における制度整備の取組みやそれを受けての上場会社の動向を紹介してきた。全3回の最終回となる本稿では、市場区分再編の実効性向上に向けて、有識者会議で行われてきたこれまでの議論や、今後の東証の対応について述べていきたい。


1.はじめに

2022年4月に東京証券取引所(以下「東証」という)が実施した市場区分再編の目的は、上場会社に対して、「プライム市場」、「スタンダード市場」及び「グロース市場」という3つの新たな市場区分の特性を活かして、各市場区分において企業価値向上に取り組んでいただく環境を整備することにある。(1)

東証は、この目的の実現に向けて、市場区分再編の実効性向上を図る観点から、「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」(以下「フォローアップ会議」という)を設置し、2022年7月から議論を重ねてきた。

最終回となる本稿では、本年1月に公表したフォローアップ会議におけるこれまでの議論の論点整理、また、今後、東証において進めていく対応の内容について述べることとする。

2 市場区分再編の実効性向上に向けた対応方針

フォローアップ会議では、今後の日本経済の持続的な発展に向けては、産業・社会における新陳代謝やイノベーションを推進し、経済全体における生産性向上に寄与していくことが肝要であること、また、NISAの抜本的な拡充・恒久化が決まり、家計の資産を貯蓄から投資へと積極的に振り向ける素地ができあがった中で、リスクマネーの供給先の一つである上場会社の企業価値向上に向けた取組みが、これまでに増して強く期待されているとの指摘がなされた。そのうえで、今般の市場区分再編を真に変革の機会とするために、今後も東証がスピード感をもって改革に取り組むことが必要不可欠という認識のもと、市場区分再編の実効性向上に向けた議論が進められてきた。

こうした議論を踏まえ、東証では、上場維持基準に関する経過措置の終了時期を直ちに明確化するとともに、上場維持基準への抵触の懸念のない上場会社に対しても、まずは、プライム市場とスタンダード市場を中心に、資本コストを意識した経営の推進など、中長期的な企業価値向上に向けた自律的な取組みの動機付けとなる枠組みづくりを迅速に進めていくこととしている。

3 経過措置の終了時期の明確化

〈フォローアップ会議の論点整理〉

フォローアップ会議では、上場維持基準に関する経過措置が設けられていることで、企業価値向上に向けた取組みの促進や健全な新陳代謝が適切に機能していないといった指摘がなされたうえで、健全な新陳代謝を機能させる観点から、各社における取組みの成果が出るまでのリードタイムも考慮しつつ、可能な限り速やかに経過措置を終了させるべきとの整理が行われた。

なお、具体的な終了時期については、中期経営計画などの経営計画の達成に必要とされる一般的なリードタイムが3年であることや、先述のとおり上場維持基準に適合していない会社が開示している適合計画における計画期間も3年以内が過半であることなどを踏まえ、上場会社が取組みを行う期間として3年程度確保すべきというのが一致した見解であった。一方で、経過措置の終了後に本来の上場維持基準に適合しなかった場合には、さらに1年間の改善期間が設けられることも踏まえ、経過措置自体は2022年4月の市場区分以降から2年となる2024年3月に終了すべきという意見と、3年となる2025年33月に終了すべきという意見の両論があった。前者の2024年3月に終了すべきという意見については、迅速に市場改革を進めるという前向きなメッセージがより伝わること、後者の2025年3月に終了すべきという意見については、もともと「当分の間」と期限を定めていなかった制度に関して、事後的に期限を定めるプロセスであることを考慮すると、2024年3月、公表から1年程度(上場廃止ルール上の改善期間を含めても、2年程度)しか残っておらず、周知期間として不十分であることが理由として挙げられた。

また、経過措置の終了時期よりも長い計画期間の適合計画を既に開示している上場会社については、経過措置の期限の定めがない中で市場区分を選択し、計画を策定していることや、計画に基づき取組みが着実に進捗している上場会社もあることを踏まえた設計が必要と整理された。

加えて、経過措置を終了し、厳格化された上場維持基準を適用する場合には、投資者の換金機会を十分に確保する必要があり、その方法としては、整理銘柄の枠組みを利用することが適当との整理が行われた。

〈東証の対応〉

東証では、フォローアップ会議の議論を踏まえ、本年1月に上場維持基準に関する経過措置の見直しに関する制度要綱を公表し、2025年3月以後に到来する基準日より、経過措置を終了し、本来の上場維持基準を適用することとした。前述の〈論点整理〉で述べた議論も踏まえつつ、東証として、2025年3月であれば、一定のスピード感を確保しつつ、上場会社の企業価値向上に向けた自律的な取組を促すという観点から、前向きに取り組んでいる企業の計画を相当数カバーすることができること、また、もともと「当分の間」と期限を定めていなかった制度に関して、事後的に期限を設定していくという観点からすると、少なくとも3年までは短くしてもよいという点では、会議のメンバーからのコンセンサスは得られていると考えられることを踏まえて決定したものである。

よって、2025年3月以後に到来する基準日において上場維持基準に適合せず、その後、1年の改善期間内に改善されなかった場合には、監理銘柄及び整理銘柄への指定を経て、上場廃止となる。

一方で、本改正の施行日の前日において、2026年3月以後最初に到来する基準日を超える計画期限の適合計画を既に開示している会社については、計画期限までは、監理銘柄への指定を継続することとするほか、プライム市場の上場会社については、終了時期の明確化に伴い、施行日(2023年4月1日予定)から6カ月間に限って、改めてスタンダード市場を選択する機会(市場変更審査は要しない)を設けることとした。

また、既存株主の換金機会を確保するため、上場維持基準に適合せず、上場廃止が決定した銘柄については、現在1カ月としている整理銘柄指定期間を延長する旨を公表している。

4 企業価値向上に向けた取組みの動機付け

ここまで経過措置の扱いについて述べてきたが、資本市場、ひいては日本経済の活性化に向けては、上場維持基準への抵触の懸念のない上場会社においても、中長期的な企業価値向上に向けて、積極的な取組みが進められていくことが肝要である。フォローアップ会議においては、こうした取組みの動機付けとなる枠組みを整備していくことが、もう一つの大きな論点となっている。

以下では、(1)資本コストや株価に対する意識改革・リテラシー向上、(2)コーポレートガバナンスの質の向上、(3)英文開示の更なる拡充、(4)投資者との対話の実効性向上の4つの取組みについて、それぞれフォローアップ会議における整理と今後の東証の対応を紹介したい。

(1)資本コストや株価に対する意識改革・リテラシー向上
〈フォローアップ会議の論点整理〉
フォローアップ会議では、プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場会社においてPBRが1倍割れというファクトを踏まえ、そもそも、我が国においては、経営者が資本コストや株価(市場評価)への意識や対応が十分ではないケースが依然として多いのではないかとの認識のもと、まずは、経営者の意識改革やリテラシー向上によって、自律的な経営の見直しを促進していくことが必要との整理が行われた。

具体的には、経営者に対して、自社の資本コストや資本収益性を的確に把握し、その状況や株価・時価総額の評価を行ったうえで、必要に応じて、改善に向けた方針や具体的な取組みなどを開示することを促していくことにより、それをきっかけとした投資者との建設的な対話の促進や、経営者のリテラシー向上を図っていくことが考えられると整理されている。とりわけ、継続的にPBRが1倍を割れている会社に対しては、改善に向けた方針や具体的な取組み、進捗状況などの開示を求めていくべきとされた。

そのほかにも、東証では、上場会社に証券市場の構成員としての責任ある行動を求めるため、2007年に企業行動規範を制定しているが、その後のコーポレートガバナンス等に関する進展を踏まえつつ、資本コストへの意識なども含めて、あらためて上場会社の責務を明確化するとともに、実効性確保などの観点から企業行動規範の全体的な点検を行い、必要な見直しを実施していくべきとの整理が行われた。

また、経営者の意識付けとなるよう、資本市場やコーポレートガバナンスに係るリテラシー向上のための研修機会の提供なども東証として積極的に行っていくべき旨が整理されている。

〈東証の対応〉

東証では、フォローアップ会議の議論を踏まえ、2023年春に、プライム市場・スタンダード市場の全社に対して、資本コストや株価を意識した経営の促進に向けた要請を行うこととした。

具体的には、資本コストや株価を意識した経営を促進していただく観点から、まずは各社で現状分析を行い、改善に向けた取組みを検討したうえで、その内容を投資者に開示し、その後も投資者と対話の中で取組みをアップデートしていく、といった一連のサイクルを継続的に回していただくことを想定している。

その際、どのような指標を参照するかについては、各社の状況を踏まえてご検討いただくことを想定しているが、十分な収益力が重要であるということに加えて、中長期的な成長性も意識していただくことが重要であるため、「投資者の目線を意識していただきたい」という意味を込めて、PBRを例に挙げている。

当然ながら、PBRは絶対的な指標ではなく、業種によっても傾向があるものであるが、特に、PBR1倍割れという状況は、投資者が期待するリターンを達成できていない、達成できていても投資者から成長性が十分に期待されていない、ということで、自社の状況を分析し、必要な改善を図っていただき、投資者と対話を行っていただきたい一つの目安としてご提示している。

そのほか、企業行動規範について、2023年度中に全体的な点検を行い、必要な見直しを行うことが想定されるほか、経営者の意識づけに資するための研修コンテンツのアップデートや事例の公表なども、2023年春から順次実施していくこととしたい。

(2)コーポレートガバナンスの質の向上
〈フォローアップ会議の論点整理〉

フォローアップ会議では、コーポレートガバナンス・コード(以下「コード」という)。の策定以降、上場会社のガバナンス向上に向けた取組みには進展がみられるとしつつ、二極化の傾向も顕著になってきており、依然として、自らの経営力を高度化するための気づきを得ようとする意識が低い企業も相当程度存在するとの指摘がなされた。(2)

こうした観点から、これまで形式論に傾いてきたコーポレートガバナンスについて、今後は質の向上にも注力していくべきとの整理が行われている。

具体的には、単に「検討中」というエクスプレインのまま、数年間も放置している事例があるなど、コンプライ・オア・エクスプレインが形骸化している上場会社も見られることから、東証として、コンプライ・オア・エクスプレインの趣旨を改めて周知するとともに、エクスプレインの好事例や不十分な事例等を明示し、適切にコンプライ・オア・エクスプレインを実施していない企業に対しては、必要に応じて改善を促していくべきとの整理が行われている。

また、指名委員会・報酬委員会については、任意で設置する会社が増加しているものの、その役割・機能が明確ではないケースも多く見られるとの指摘がなされたうえで、こうした委員会の活動状況に関する開示の充実を引き続き促していくとともに、役割・機能や活動状況の実態把握を進めるべきとの整理が行われている。

〈東証の対応〉

東証では、フォローアップ会議の議論を踏まえ、2023年春に、コンプライ・オア・エクスプレインの趣旨を改めて周知するとともに、エクスプレインの好事例や不十分な事例を明示し、上場会社における自主的な点検を促進するなど、改善を働きかけていくこととした。

また、2023年秋には、指名委員会・報酬委員会の機能発揮に向けて、その役割・機能や活動状況に関する実態調査を行ったうえで、その実態や事例を取りまとめ、公表する想定である。

(3)英文開示の更なる拡充
〈フォローアップ会議の論点整理〉

プライム市場の上場会社は、改訂コードにおいて、開示書類のうち必要とされる情報について英語での開示・提供が求められており、何らかの形で英文開示に取り組む会社の割合は、2022年12月末時点で97%に達している。一方で、資料別の実施状況を見ると、決算短信以外の適時開示資料、コーポレートガバナンス報告書、有価証券報告書などは、相対的に実施率が低い傾向にあり、英文開示を行うタイミングについてもよりスピーディーな対応を求める海外投資家の声は多く、さらなる改善が期待されるところである。

こうした状況も踏まえ、フォローアップ会議では、プライム市場の上場会社における英文開示について、企業負担や投資家の利用状況等も踏まえつつ、より一層の対象書類の拡充や、日本語開示とのタイムラグの解消を促していくとともに、将来的に義務化を行うことが考えられるとの整理が行われている。

また、将来の成長の実現に向けて資金需要がある企業であれば、海外投資家も念頭において英文開示を進めることが適当であると考えられることから、スタンダード市場やグロース市場においても、任意での開示が進んでいくよう働きかけていく必要があるとの整理も行われた。

〈東証の対応〉

東証では、フォローアップ会議の議論を踏まえ、プライム市場において、経過措置の終了にあわせて英文開示を義務化することを念頭に、個別の働きかけや情報周知等の取組みを継続的に実施していくこと、また、2023年秋を目途に義務化の内容について、決定・公表することを想定している。また、スタンダード市場やグロース市場においても、任意での英文開示を促進するため、2023年秋を目途に参考となる事例を紹介するなど、働きかけを実施していく所存である。

(4)投資者との対話の実効性向上
〈フォローアップ会議の論点整理〉

フォローアップ会議では、中長期的な企業価値向上の実現に向けては、投資者を含めたステークホルダーとの対話を通じて自らの経営力を高度化するための気づきを得ることが重要であるが、企業側では依然として対話に消極的な姿勢がみられるとの指摘がなされた。

そのうえで、特にプライム市場の上場会社について、建設的な対話を中心に据えて企業価値向上に取り組むことが期待される市場であることも踏まえ、投資者との建設的な対話を促す観点から、経営陣と投資者の対話の実施状況やその内容を明らかにするよう求めていく必要があるとの整理が行われた。

また、投資者との対話については、基本的にはCEOなどの経営陣が中心となり対応することが想定されるが、社外取締役についても、株主からの付託を受けて経営を監督する立場として、投資者からの求めがあれば積極的に対話に応じることが期待される。一方で、そうした役割を十分に認識していない社外取締役も見られることから、適切に理解してもらうための啓発活動が必要との整理も行われた。

また、投資者側についても、一連のインベストメント・チェーンのなかで、最上流に位置づけられる企業年金などのアセットオーナーが、その役割・機能を十分に発揮していくため、企業との対話への意識・関心を高めてもらうよう促していくことが重要と整理されている。

〈東証の対応〉

東証では、フォローアップ会議の議論を踏まえ、2023年春に、プライム市場の上場会社に対して、経営陣と投資者の対話の実施状況やその内容等をコーポレートガバナンス報告書に記載することを要請することとした。また、2023年春に、社外取締役に対して、期待される役割の理解を促すための啓発活動を進めていくことを想定している。

加えて、投資者の側についても、企業年金などのアセットオーナーが、企業との対話といったスチュワードシップ活動により意識や関心を向けていくよう、関係者と連携しながら具体的な取組みの検討を行っていく所存である。

5 おわりに

最後になるが、繰り返し述べてきたとおり、市場区分見直しの根底にあるのは、上場会社各社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上をいかに支えていくかという思いである。個々の上場会社における持続的な成長と中長期的な企業価値向上が、金融資本市場、ひいては我が国の経済の活性化に結び付き、それがグローバルな市場からのさらなる投資を生み、その投資をもとにさらに企業価値向上に取り組む、という好循環をもたらすと考えている。

こうした好循環は一朝一夕に実現するものではないことから、東証としても、引き続き、新市場区分移行後の状況をフォローアップしていくとともに、今回追加的な対応として言及した取組み等についても、継続的な評価を行いながら、更なる改善を図っていく所存である。

また、市場区分見直しの目的・概要や、各社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上への取組みといった日本の株式市場の変化を国内・海外の投資者に対して強くアピールしていくことで、こうした好循環に貢献していきたいと考えている。

NOTE 

  1. 東証の市場区分再編の詳細については、本連載の第1回『市場区分再編の概要と上場会社の動向』「コーポレートガバナンス」VOL.10 2022年8月号)をご参照いただきたい
  2. 改訂コードへの上場会社の対応状況については、本連載の第2回『改訂コーポレートガバナンス・コードへの対応状況』「コーポレートガバナンス」VOL.11 2022年12月号)をご参照いただきたい。
青克美氏

青克美 Katsumi Ao
株式会社東京証券取引所 取締役常務執行役員
東京証券取引所入所後、上場制度、開示制度、コーポレートガバナンス等を担当。法制審議会会社法制部会 委員、金融庁・東京証券取引所「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」事務局、経済産業省コーポレート・ガバナンス・システム研究会委員などを歴任。

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